オーガ戦1

 さて、「ハード」に挑戦する前に、ボクたちは一度セカンディアの宿屋にチェックインした。


 遠くから手を振ってくる人たちに、軽く手を振返したりもしたりして。

 ちょっとした有名人気分だね。


 職人さんたちには一応「ハード」を観戦するかどうか聞いたが、満場一致で「作業場に篭もる」と、良い笑顔で言われてしまった。

 ボクたちの行動は配信でも見れるから問題ないらしい。

 まあその通りなのだが、一応、配信している身としては、招待しているのに断られるのはちょっと悲しい。

 後ろからついてくる人がいる程度には、ボクたち気にされていると思うんだけどな?

 自意識過剰かな?


 とはいえ、彼らはセカンディアに足を踏み入れた時点で、浮足立ってハァハァ言い始めていた。

 全員靴先が同じ方向を向いていたくらいだ。

 なにが、この人達をこうまで突き動かすのだろうか。

 モミジですら、「もっと強いやつと戦わせろ!!」みたいな禁断症状は起こさない。

 いや、奴の場合自分で欲求を満たすか……?


 少し前にも考えたが、この人達トップ生産組を抱え込もうと、少しでも計画したクランの人たちは気が狂……いや、頭がおか……いやいや、器がでかいなってボクは思う。

 ボクには無理だね!!


 まあ、生産組とはここでお別れだ。

 一応、武器の耐久値を回復してもらう。

 本日メインの仕事がスムーズに終わって何よりだと思おう。


 ちなみに、このゲームでは、耐久値が0になっても武器が完全に壊れてなくなるということはない。

 強制的に装備が外れてインベントリに入るだけだ。耐久値を回復すれば、また使える。

 例外として、投擲系武器や消耗品は耐久値0で消滅する。矢とかスローイングナイフとかがそうだね。ブーメランも、戻ってくるけれど壊れたら消えるらしい。

 モミジのあれは、一応投擲武器の属性を持ってるので、バカみたいに高いわりに、壊れたら消えるだろう。

 怖くて値段は聞いてない。

 たとえ過去のボクが聞いてたとしても、今のボクのログには残ってない。

 いいね?

 

 装備関係には耐久値はついていない。代わりに、状態異常のような形で一時的に装備のステータスを無効化してくるモンスターがいるらしい。

 ヘルプには乗ってるが、まだボクたちは見たことがない。


 そんなこんなで、折り返してきて20分程度、すぐにエリアボスの広場に到着。

 ちょっと小走りで走ったらすぐに到着だ。


「ここでちょっと作戦タイムとウォーミングアップをするよ」


『緊張してきた』

『俺ハード一瞬で死んだわ』

『第二陣だけど何もせずにすぐさま配信開いちゃったぜ』

『俺も』


「あら、第二陣さんもいるんだね。よろしく。一応パーティーのリーダーみたいなものをしているルイだよ。今日の予定は画面右の予定メモを見てね」


 ひらひらとカメラに手を振ってやる。


 ボクはぺたっと地面に体育座りをして、地面に【デバッグ】の表示域を広げてカメラに見せた。


『見え』

『見えた』

『見える』


 一体何を見ようとしているんですかねえ。

 というか、一応ズボンなんだが。とても短いのは認めるが。

 流石に、騒がれると恥ずかしいもので。正座を崩した座り方に変える。

 悲鳴が流れるが、無視である。

 慈悲はない。


「とりあえず、ボクたちは事前情報を一切見ずに、ハードに挑戦するよ。先にハードに挑戦した人たちはコメントを控えてくれると助かるよ。ボクたちのスキルレベルでは絶対に無理って判断した場合は、ギブアップする予定ではあるけれど、ある程度いけそうなら何回か挑戦してみる感じ。おーけー?」


『おけまる』

『おけ』

『攻略情報一切見ないのか』


「情報としては『イージー』での体験情報のみとなるよ。基本的にはモミジが耐えられるか、魔法職にオーガが意識、ヘイト? を向けないかが鍵。多分ボクかシオンが攻撃をうけると一撃で死んでお陀仏だね」


 メモにイージーでのオーガの行動を列挙。


「警戒するのはストンプかな。今度は空中にも判定があると思う。最悪はエリア全体スタン。これが来たらどうしようもない。対策スキルか装備が見つかるまでお預けって感じ。でもさすがにそこまで理不尽はないと思う」


 あとは棍棒への注意くらい。オーガは肉弾戦系の敵だ。魔法系の攻撃はしてこないと予想。

 あるとすれば、取り巻き召喚。

 むしろ、取り巻き召喚をしてくれたら当たり・・・だ。

 それよりも、オーガ本体がヘイト無視の行動や、防御力を無視して攻撃を貫通させて来た方が怖い。


「こうして列挙すると、結構、綱渡りだね?」


 ボクが周りを見回すと、モミジは腕を組んで自分の行動を頭のなかで組み立てつつ、ウヅキはこくこくと頷いて理解したことを示してくれる。


「私としては、どれだけ私の魔法が通用するのか、が死活問題だね」


 シオンは少し不安そうだ。


「それも、取り巻き召喚が来てくれる事を祈ろう」

「うん。まあ、そのための準備をしてきたし、私もお飾りではない所を見せましょう」


 ローブの裾を摘んでゆらゆらと揺らす。


「期待しているよ」


 それでは、満を持しての「ハード」だ!!



 もう慣れたもので。エリアの端にボクとシオン、少し離れた所に気配を消したウヅキ、その反対側にオオカミちゃん、中央にモミジ、というポジションでオーガを待ち構える。


 オーガの見た目はイージーと特に変わらない。


 オオカミちゃんはとてもお利口さんなので、ボクたちがイージーで戦っているのを観察させていた。

 ぶっつけ本番でも合わせられると思う。


 というわけで、奴がエリアに入るピッタリの時間に合わせて詠唱を開始、オーガのHPバーが表示される瞬間に巨大な火矢が炸裂する。


「うーん、ダメージは目に見えないね? そして色が違う?」


 オーガのHPゲージは青色であった。普通だと緑なんだけど。


「どう思う?」

「さあ?」

「攻撃するしかないのでは?」

「2回殺さないとだめかも」


 知ってるのかウヅキ。


「こんな敵みたことないから、逆に普通には殺せないと思う」

「おーなるほど」


 とりあえずはウヅキの予測を元に戦略を組み立てる。


「とりあえず最初のイージーと一緒で。敵の行動が一番ぬるいうちに最低限知れることを知っておきたい」

「ん」

「わかった!」

「はい」


 と言いつつ、もう攻撃は始まっている。テンプレート化したウヅキの側面上空からの攻撃に、反対側からオオカミちゃんも加わっている。


「[毒]、<挑発>確認」


 状態異常系は問題なし。


「傀儡化できないわ」


 シオンは今回ちょっと苦しいかもね。


 ボクとシオンは遠くからちまちまっと魔法を撃ち続ける。

 こうしている間にもスキル経験値は入ってきている。


 全員の各種ゲージをにらみつつ、オーガが変な行動をしてこないかどうかに注意を払う。


 イージーでオーガは、わかりやすいテレホン棍棒アタックしかしてこなかった。ハードでは、なんとそこに蹴りと掴みが入ってくる。

 蹴りは問題ない。タイミングをずらしてくるジャブのようなもの。

 棍棒もまた、今のところ問題なし。ダメージ量は高いが、反らしたりパリィできている。


「掴みがやばいな」


『うわ、掴みとか絶対盾とかパリィ効きませんやん』

『盾役強制的に外されるのか。やべえ』


 棍棒を持つ反対側の手で、器用にモミジやウヅキを狙って腕を伸ばしていく。

 致死ではないと思うが、一時的に戦線を離脱することは免れないだろう。

 ボクは、【デバッグ】の指示機能で刺激を送る。

 二人とも慣れたもので、それに合わせて体を動かしてくれる。


 ここまで来ると、「モミジ! 左!!」とか、「ウヅキ、とまれ!!」なんて指示している時間はない。

 手数が増え、全体的な行動速度も上がっていて、一つのミスも出来ないこの状況だ。こちらの指示を「理解してもらう時間」すらも勿体無い。


 指示出しの刺激のみで、彼らの経験則に則ってある程度勝手に行動してもらうしかないのだ。

 刺激の方向と強さ、その2つの情報だけで全てを判断してもらう。


「普通に攻略するなら盾二枚が安定かな?」


 現在はモミジがその盾二枚分の働きをしている。ひたすら<挑発>スキルやそれに類似するアーツでおちょくり、小さくともダメージを蓄積していく。

 それも、ゲームのモンスターに通用するのかわからないが、ひたすら関節部分へと、執拗にだ。

 かなり性格が悪い所業だ。

 ボクたちで例えると、追い払ってもひたすら耳たぶの血を吸い続ける蚊ってところだろうか。どれだけうざったいのか、わかってもらえると思う。

 

 で、下へと意識が向けば、ウヅキが上空から降り立ち、これまた的確に目を刺してくる。


『えげつない』

『イージーの反復でさらに動きが洗練されてて笑う』

『鮮血姫、一回も地面に足つけてなくね?』


「あ、気づいた?」


 ウヅキはひらひらと空を舞い続けている。<疾走>と<アクロバット>効果により、速度があるほど極端にスタミナ消費が減り、<操糸術>でオーガを軸にぐるりと旋回、極めつけは<空中走行>で空中で直角に進行方向を変える。


 現在は情報を出す目的で攻撃しているから、目で追える・・・・・が、本始動すればこんなものではなくなるだろう。


 ちなみに目への攻撃だが、オーガはひとしきり叫んで嫌がるが、すぐに復帰している。弱点ではあるが、視界がなくなったりはしないらしい。


 ボクとシオンは、【ライト】や【ダーク】をオーガの顔元へと威力重視で放ち、これまたひたすら奴を苛つかせる。

 威力重視なので魔法自体は一瞬で消える。ダメージもないが、ひたすらうざったいだろう。

 フラッシュが焚かれたり、暗くなったりを繰り返すのだ。

 これまた煩わしそうにジタバタと動き回り始める。


「おお、苛ついてる」


 AI、頭良いなあ。


『鬼畜の所業』

『かわいそう』

『人間のやることじゃない』

『鬼』

『オーガ』


 ええ……。精一杯頑張ってるんですが。

 一応、魔法使ったり各人ダメージ出そうと色々やってるよ?

 オオカミちゃんなんか、果敢に攻めては全速力離脱ですごい健気だよ


「人ってね、気持ちのいい行動があるんだよ」


『お、なに?』

『おしゃべりする余裕があるの?』

『ルーンのクールダウン管理完璧にしつつおしゃべりできるとか、どんだけだ』


「例えば、魔法使いだと、射程の長い【ファイヤーアロー】からはじめて、【ファイヤーウォール】で一旦足止め、そこに【ファイヤーボール】みたいな」


『あー、あるかも』

『短剣だとアーツでコンボできるよな』

『格闘のワンツーストレートみたいなのか』


「で、それで敵を倒す効率がいいなって思うと、そればっかり使うようになっちゃうわけだね」


『そうな』

『うん』


「じゃあそこに、突然、魔法を打つと反応してビームを打ってくる敵が出てきたとするね。小技を挟むとそのたびにビーム打ってくる。さっきのコンボだと3回もビーム打たれる。君たちはどうするかな?」


『なにそのいらつく敵』

『最初に一発でかいの出すかなあ』

『別系統の攻撃をしてみる?』


 色々なコメントがひとしきり出てきたところで、オーガが突然大声を出し、棍棒をデタラメに振り回す。勿論、顔色を伺っていたボクたちはすでに退避済み。


「まあ、そうだよね。ちまちました面倒くさい、わずらわしい・・・・・・小物には、一撃で倒せる大技をってね」


 シオンが後ろからボクの腰に手を回して、抱えこむように体制を整える。そのシオンのローブ襟をモミジがつかむ。……これじゃ猫だ。


「ちょっと、これじゃローブが脱げて下が見えるじゃない。もう少し女の子の扱いは丁寧にできないの?」

「はっ、触られたら触られたで怒り狂うくせに」

「な――」

「喧嘩禁止ね」

「「はい」」


 ボクとシオンが密着している間にモミジの太い腕が入り込む。

 モミジがシオンを抱き、シオンがボクを抱いている状態だ。

 ボクの肩に顎を乗せたシオンは完全にふてくされているが、まあこうなることは織り込み済みだった。

 それでも一言、言わずにはいられなかった、というところだろう。


 茶番をしつつも、魔法を打ち続ける。火玉を当てたり目元で光や闇が瞬いているが、怒り狂ったオーガは気にせずエリア中央へ。

 まあ、そうなるよね、ボクがオーガでもそうする。


『これおっぱい触ってるのでは?』

『事案?』

『もしもしポリスメン』


「こいつに触られるのは数のうちには入りませんよ。装備品の一つみたいなものです」

「言ってろ。むにゅむにゅの脂肪袋を自慢するまえに、ここの肉をもう少し落とせばどうだ?」

「ちょっと!? やめて! お腹を触らないで! あんっ、やっ! これはルイのためのものよ!!」

「はははは」


 耳元で大変うるさいデス。


『緊張感ゼロ』

『えっち』

『やはり事案では?』

『もしもしCIA』

『オーガ氏、顔真っ赤ですよ』


 オーガさんの顔は元から赤いです。


 ちなみにウヅキは反対側でオオカミちゃんと一緒に尻尾を振りながら足に力を貯めている。

 冷静だね。


「まあ、つまり、スカイリアの敵が、ある一定以上に頭が良いのならば。例えば苛ついたり、感情的になったりするのならば。そんな頭の良さ・・・・に漬け込んで、こうやってターゲットを分散させて行動自体に強制的な『隙』を作ることができるとボクは考えたわけ」


 中央についたオーガはすでに力を貯め、大ぶりに棍棒を地面へと叩きつけた。衝撃波がエリア全体を襲う。

 高速で迫ってくる衝撃波だが、それが到着する前に、ボクたちは空へと逃げていた。

 モミジの全力の<跳躍>と<筋力増加>の賜物である。

 飛びつつ、ボクとシオンは魔法を放ち続ける。

 ウヅキも空中で弓を高速で乱射している。


 放物線を描き、地面へとボクたちは降りていく。


「多分本来だと、この技は何らかの小技を挟んで使うコンボの1枠。小技で獲物をひるませてから、さらに隙を作るための技だと思うんだけれど、あまりにも色々な方向から煩わしく攻撃してきたから、使ってしまった・・・・・・・んだね」


 ひとしきり咆哮を上げるオーガ。地面に着地したボクたちを憤怒の表情で睨んでくる。


「そしてまあ、死なないと、もっといらつくよね」


 オーガはジャンプし、こちらへと跳躍。モミジはボクを抱えて疾駆する。


 ウヅキはすでに、もうボクの視界ではどこにいるのかもわからない。


 背後で衝撃。

 ストンプだ。


 動きが止まったのを確認して、モミジに開放してもらう。

 ちょっと、シオン、早く離して。


 オーガが憎々しげにボクを見た。


「やあ、そんなに睨まないでくれたまえ。照れてしまうよ」


 くねっとしなを作ってみせる。

 はっはっは。

 偽物女装オカマ野郎の下手くそな演技はいらつくだろう?


『とってもエッチ』

『もっとやって』

『マイリスト登録しました』

『もっとスリットを見せつけて!!』


 あれー?

 この方向はダメな気がしますね?


 モミジは着地と同時にすでに駆け出していて、奴の足元でウロチョロと走り回り始める。

 ウヅキとオオカミちゃんも上空からの攻撃を再開だ。


 大技を発動したオーガは明らかにペースが乱れている様子だ。

 シオンは威力極振りの【ダーク】を放ちつつ、ボクに再度抱きついて胸を押し付けた後、名残惜しそうに離れていった。


 ……。


「ま、まあ、とりあえず。これである程度、大技をボクたちの方でコントロールする事ができそうだ、ということがわかった。あのオーガがどれくらい忍耐力があるのか。どれだけの思考能力があるのか。どういう性格なのか……。長い話し合い・・・・になりそうだと思わないかい? 諸君」


 奴のHPゲージはまだまだ一割ほど削れたってところ。

 本当、長い話し合いになりそうだよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る