セカンディアへ向けて
オオカミちゃんを迎え、ちょっとしたアップデートも終えて数日が過ぎた。
ボクたちは今、第二陣にやってくる新人さんたちのために、ひたすらポーションを作っている最中だ。訓練場や教会をそこそこに、畑の手入れを終えたらモーリアさんの家に篭っている。
ちなみに、アップデートのためのメンテ中、ボクたちは別に用意したVR空間にて過ごしていた。ボクはぷかぷかと、手足のない球体アバターでダラダラしつつ、皆とおしゃべりなどをしていた。
で、今の話だ。
シオンを急遽呼び出し、<錬金術>を覚えてもらってポーションをひたすら作ってもらっている。ボクはポーション瓶だ。
「戻ったぞ。とりあえず薬草を6スタックだ」
「ありがとう」
モミジは枯渇気味な薬草を求め、オオカミちゃんを連れて森に行ってもらっていた。
今もまた森へと向かうために外へ出てく。
ファスティアの森はかなり広く、セカンディア以後の森よりも薬草が多いらしい。
まあ、ゲーム的に考えれば当然の話でもあって、ファスティアで取れるのは植物数種類でも、セカンディア以後ではどんどんその数を増やす。結果、薬草採取ならファスティアの森が良いという話になるわけだ。
セカンディアからの流通が再開され、物流自体も問題なくなった。
言ってみればこれは自己満足の行動にすぎなかったりする。ただ、第二陣のプレイヤーたちに円滑にポーションが渡れば、無用なトラブルも回避できて住人たちもプレイヤーたちも皆ハッピーだ。
今のうちに出来るだけポーションを作りだめしておき、戦力強化のための時間を取りたい。
何故かといえば、ここ数日で様々な事が動いたからだ。
まず、ボクたちが治験プロジェクトの被験者であるという事が周知の事実となった。その影響で、街を歩いていると視線を向けられる事がさらに多くなった。
好奇の目が多いという感じかな。
まあ、わからくもない。
第一陣の人たちについては、ゲーム内のボクたちについて、ある程度知られているので、あからさまに絡まれたりはしない。モミジは毎日、街の広場で対戦しているらしいし、ウヅキはオオカミちゃん共々人気だ。
シオンについてはあの一件以来、触れてはならないものという空気ができつつある。まあ、シオンはそれを気にするタイプでもないので、問題なし。
で、第一陣の人たちが徐々にセカンディアへと移り始めている現在、ボクたちもその流れに乗ろうという話になった。
「治験プロジェクトの被験者であるボクたち」という情報しか知らない第二陣の人たちといきなり触れ合うと、トラブルがおきそうだからだ。いや、まず起きるだろうとボクは思っている。
「お前ら死にかけのモルモットなんだって!?」
「「ぎゃははははは」」
みたいな、よくわからないけれどそういうやつだ。
まあ、そういう前時代的な人たちが本当にこの世に存在しているのかわからないし、モルモットはその通りなので特に思うこともないが。
少なくとも「強いって話のくせにいつまでの最初の街に初期服でいる奴ら」だと認識されるだろう。
舐められうのは構わないが、不必要に絡まれることもない、というわけだね。
ボクたちとしても、騒がれるのを良しとしているわけではないし。
また、ボクたちについての説明を、運営側が「プロゲーマーのようなもの」という説明をした影響で、ボクたちはいわゆる「話題にしても問題ない人達」という扱いになった。ボクたちがどういうプレイをしており、どこで活動しているのか。
追っかけとまではいかないが、方々で語られるようになった、らしい。らしいというのは、ドッさんやライズさんから聞いた話だから。
声をかけられることも多くなった。
それだけなら良いのだが、クラン勧誘がちょっとひどい。
どうにか躱しているのだが、仲間たちの機嫌が悪くなる。
特にシオンの。
当初、ボクたちがこのゲームを遊ぶ上で、運営側は「自由に遊んでくれたら良い」という話でこの治験はスタートしたが、そうも言えなくなったわけだね。
これはボクたちが良くも悪くも目立ってしまったことが大きい。
だとすれば、もう最初から「プロゲーマーでした」とする方が下手なトラブルも起きないだろう。
ボクたちはプライバシー設定を解除し、基本的なマナーを守れば動画やスクリーンショットの撮影許可を出した。
また、定期的に動画実況配信を行うことにした。
実際ボクたちがどれだけ他の人達を面白がらせられるかはわからない。運営の公認許可をもらっているという事実が必要なだけなので、特に問題もない。
とはいえ、いつまでも『ファスティア』に留まっても、これもまた格好がつかないわけだ。
そういうわけで、ボクたちの最初の配信は、森の攻略とエリアボス難易度「ハード」攻略にしようという話に落ち着いた。
「はい、ウヅキ、シオン、ポーション瓶」
「ん」
「ありがとー」
で、シオンが何故<錬金術>でポーションを錬成しているのかといえば、<錬金術>が魔法系技能を全体的に利用するかだ。<魔力操作>はもとより、頑張れば<魔力視>も得られるだろう。
いくつかの<錬金術>系の本を読み解いても、この技術は魔法職に非常に親和性が高いことがわかる。
単純な生産職として<錬金術>を見ると、効率の良いのか悪いのかわからない、中途半端な不要技術といった感じだ。
しかし、魔法職からすると魔法に必要な触媒の生成、ポーションの作成、アイテムの解析などなど、痒い所に手が届く、アイテムを触媒にした1つの魔法体系だと考えることができる。
それに、ボクの勘だと、シオンの<傀儡術>には<錬金術>が必要だ。
あの魔法に必要な触媒アイテムを作るのに、<錬金術>は綿密に関わっていると予想しているのだ。もし無駄だとわかっても、返還してしまって<裁縫>の経験値を回してしまえばいい。
今回のアップデートもあって、色々試すのにこの状況は非常に都合が良い。
ボクは少し休息するために、ソファーに座り、本を読み解いている。
魔法系の本を借りてきたのだが、単純な読書するだけではだめで、「本を開いて見ている時間」がゲージで表示されている。これを削る必要があるのだ。
こういう時だけゲームしやがって!!
おかげで、<読書>スキルが増えた。
読もうとしていると、徐々に理解できる文字が浮き出てくるような、不思議な感覚だ。魔法理論を理解している、という演出なのかな、と思う。
ただ、これも戦力増強には良い。
読了するとルーンが獲得できたり、魔法系スキルの経験値を得られたりするのだ。なんともゲーム!
すでに「針」と「付与」のルーンを得た。どちらも中々面白いルーンだ。
おそらく、付与魔法的な魔法はこういった魔法関係の本を読み解くことで、習得できるのだろう。ただスキルを練習するだけではダメ。色々探す必要がある。
こういうのを見つけていくのも、宝探しみたいで楽しい。
身体能力を上げたり、敵を弱めたりといった魔法やルーンはまだないので、ピースが足りていないと思われる。
そろそろ放置している<光魔法>のレベル上げもしていきたい……。いや、オーガを考えると<火魔法>に特化するべきか。
悩ましい。
悩ましいなー!!
どんどんスキル構成が中途半端になっていってる気がする。こんなので大丈夫なのだろうか。
ま、まあ、ボクはゲーム攻略をメインにしているわけじゃないですしぃ?
ちなみに、別系統魔法の習得は保留にしている。
時間が、ない!!!
あと、基本的にボクは「スキルスクロール屋」は使用しない方針だ。できるだけ訓練して身につけたいと思っている。
別に深い理由はない。
そのほうがより身についている実感がある気がするからだ。まあ、プレイスタイルと思ってもらって良い。
ファスティアを離れるといえば畑だ。ここも特に問題はない。
もともと過剰な需要に対応するための一時的な畑だったわけだし。
ボクたちが離れるタイミングで、ボクたちが管理していた分の畑はそのまま一旦休ませるということで、話はついている。
離れる期間はリアル期間で一週間程度、つまりここでは一ヶ月程度の時間なので、そこまで荒れることもないだろうと考えている。
おじいちゃんからも、今まで世話をしてくれたお礼代わりに、もしよければ格安で畑の土地自体を購入できるようにしておくとも言われた。ありがたい話なので、どこかのタイミングで購入させてもらおうと思う。
ボクたちは薬や食べ物など、植物に関係する生産スキル所持者が多い。
畑はどうしても必要になるだろう。
そんなことを考えつつ、ドッさんにフレンドコール。
「おう、予定通り完成しそうだぜ。知り合いにも声かけてるし。
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
知り合いの生産組もセカンディアへと移動予定だ。
ボクたちが引率して、「ファスティアエリアボス撃破ツアー」を敢行する。
現状、大方の生産組はすでにセカンディア入りしていたりする。
しかし、完全に生産しかしていない、本当にまったく戦闘スキルを持っていない、いわゆる「生産バカ」たちは取り残されてしまっているのが今の状況だ。
つまり、ボクの知り合いの生産組はそのバカたちだ。
そんなんで大丈夫なのか。
まあ、本人たちはガハハと笑いながら生産施設に篭っているんだから大丈夫なのだろう。
むしろ独占できてウレピー!! とシオン経由でフレンドになったアルにゃんさんは言っていた。本当にバカばっかだと思う。
生産組からは、前報酬として武器防具一式の手配を約束されている。
それを受け取ったら、ツアー開始となるのだ。
「いやあ、完全に置いてかれちまったからなあ。とはいえ、取引は市場機能でなんとかなるし、新しい素材には興味あるが、まだまだ、やりたいことがあんだよなあ」
「あー、わかりますよ。ボクらも同じですよ」
「ま、どっかで切り上げねえとな。第二陣のためにスペースも開けとかなきゃならねえし、市場もいつまでも居座ってたら、新しい奴が育たねえ」
「色々考えてるんですね」
「おうともよ。しかし坊主たちについていけるとは俺らも運が良いぜ。他のクランたちに依頼するとなると、正直、色々と面倒くせえ」
「そういうもんですか」
プレイヤーが「セカンディア」に抜けるためには、エリアボスを倒さなくてはならない。生産職がこれをクリアするためには、攻略組などのある程度強さを持っている人たちに頼る必要がある。
さすがに、イージーだからといって、戦闘スキルをまったく上げていなければ勝てるものも勝てない。
ただ、そのためにはパーティー枠を開けて、少人数ずつクリアしていく必要がある。一度にクリアできる人数も限られるわけだ。
どうしても手間と時間がかかる――となると、報酬もかかってしまう。
で、今の彼らの状況である。
彼らは自他共に認める生産バカ。最低限の稼ぎが出れば、あとはひたすらハンマーやら針やらを握ってる。つまり、十分なお金がないわけだ。
さらには、彼らは結構な数のクランから勧誘を受ける立場らしい。
クランに所属するのも悪くないが、そうなると自分のための生産時間がなくなってしまう。それは嫌なわけだ。
さすが生産バカ、ぶれない、と関心するべきなのだろうか。
その点、ボクたちは別に攻略を急いでるわけじゃない。時間も基本的にたっぷりある。勧誘もしない。
装備を持ってないというのも都合が良い。
お金ではなく、現物、つまり装備支給で十分、報酬となるのだ。
生産バカたちが利益度外視で作った装備たちだ。
その価値は計り知れないと、ボクでもわかる。
ちなみに、彼らでクランを作るという選択肢はない。
クランマスターが過労死するのが確定だからだ。
需要もなく、金勘定を度外視した生産品たちに埋もれて、破産への螺旋階段中央へとダイブするような所業だ。
……という話を、悪びれもせずあけっぴろげに教えてくれるドッさん。
ボクたちも人のこと言えないが、もう少し身の振り方を考えた方が良いと思う。本当に。
「お前さんがクランを作って、俺らをいれるってのはどうだ? 自分らで言うのもなんだが、上位生産者たちの集団だぞ?」
「絶対やですね。あなた達とモミジあたりを混ぜたら『混ぜるな危険』どころじゃないのが目に見えてます」
「違いない!!」
HAHAHA、いや、笑わないで頂きたい。
こっちは割りと真面目に危機感を持っているんです。
彼らを入れたらどうなるか。
毎日様々な方角へ出向いて、やれドラゴンのウロコが欲しい、やれあそこの鉱山に魔法金属が出る、やれ金がないと、馬車馬のごとく働かされるのが目に見えてる。
絶対にお断りだ。
彼らをクランに入れたいという人たちは、どういう神経をしているのだろう。それほどの資金力を持っているとでも?
つい先日も、売れないと自慢しながら彼が見せてきた多様な武器の数々を思い出す。
当たれば爆発するが一本5万Gもする投げナイフとか、ただ虹色に光るだけで1万Gもする金属矢なんて、誰が買うっていうんだ。
そんな人達を抱え込む勇気、ボクにはない。
軽く目眩がしつつも、参加人数や時間配分などを軽く話し合い、フレンドコールを切る。
「ん―っ……」
軽く背伸びをしてソファーを立つ。
作業を再開することにしよう。
砂の山を盛って、錬成。砂の山を盛って、錬成。砂の山を盛って、錬成。
もう慣れたものですよ。
ここまで続けていると、流石に経験値も微々たるもの。
皆で揃って、黙々とポーションを作り続ける。
忙しなくも、やることが沢山あって、中々充実しているなあ、と我ながら思う今日である。
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