シオン、頑張る

 ごきげんよう。ルイの愛の奴隷志望、シオンです。ライバルの無口女と筋肉達磨は強敵ですが、負けない心が大切かと。


 さて、私は今、愛しのルイと別れて街を歩いています。

 最近べったりが過ぎて、暴走していた自覚はあります。

 たまにはお互い離れて、そばにいない寂しさに身悶える……もとい、頭を冷やすのも大切でしょう。


 他の人がルイの側にいるだけでも発狂しそうですが、これもまた試練と割り切るのです、シオン。

 何の試練かですって? 


 愛の試練に決まっていますでしょう。


 ここは、ルイが誰の元へいったとしても、最終的に私の元へ戻ってくるから大丈夫よ、なんて自信があれば良いのですが……。残念ながら私はそこまで自分に自信が持てる性分ではありません。

 我ながら面倒くさい女である自覚はあります。

 だからこそ受け入れてくれる人は大切です。


「あれ、シオンさん一人なんですか?」

「あら、ライズさん。ええ、一人ですよ」


 ふらふら道具屋へと歩いているとライズさんと遭遇しました。

 なんだかんだ初日からお付き合いがある方です。

 彼はキョロキョロと周囲を見回します。


「あの、大丈夫ですか?」

「言いたいことはなんとなくわかりますが、今のところ大丈夫ですよ」


 随分な言われようです。

 とはいえ、なんのことかしら、なんて無自覚な阿呆でもないつもりです。

 今のところ、視線は頻繁に注がれていますが絡まれたりといったことはありません。

 ライズさんは親切と好奇心が足をつけて歩いているような方です。あと正直です。最初の頃は私の顔や胸を結構、遠慮なく見てましたからね。

 下手に下心を隠してこられるよりも、これくらいあけすけだと逆に安心できるものです。

 とはいえ、今は心配の色の方が濃いですか。

 ルイも言っていましたが、お人好しですよね。損な性格とか言われませんかね?

 一人だからこそ声をかけたのでしょう。ルイと一緒にいる時は会釈だけですれ違う程度ですからね。気遣いができるお方だと思いますよ。


「<裁縫>を習いに行こうかと思ってまして。とりあえず道具屋に行こうかと」

「なるほど。えーっとちょっと待って下さいね」


 ライズさんは心当たりがあるのか、フレンドコールをし始めます。


「――うん。俺の知り合いの生産職が手ほどきしても良いって言ってるんだけど、どうします?」

「あら、そうなんですか? お邪魔では?」

「むしろ是非って言ってるんだが」


 ふむ、ライズさんはある程度信頼できると思いますし、ルイも折を見ては「縁を大切にしろ」と言っています。ここは私の苦手意識を克服するチャンスだと見ました。


「よろしくお願いします」

「はい。ではギルド横に共同作業場がありますので、そこに行きましょう。<鍛冶>以外は、そこで住人のアドバイスを受けながら生産できるんです。ルイくんの方にも連絡しておきます」

「お願いします」


 聞けば素材や道具の購入も、そこでまとめてできるのだとか。ふうむ、便利ですね。


「ギルドとしても、素材がすぐ製品になって納入されますので、効率が良いみたいですね。快適すぎて外に出られないと、生産職のプレイヤーたちはよく言っていますよ」

「それはそれは、恐ろしいところですね」

「俺には理解できませんがね」


 先導してくれるライズさんについていきます。

 とてもスマートですね。

 誰かの後ろを歩いていると、思わず手を取ってしましそうになってしまいます。

 こういう、リードしてくれる状況に弱いんですよね私。思考を全部投げ出してしまいたくなってしまいます。


 しばらく歩き、ギルドにつきます。

 今回はその横の大きな建物へ。ここが共同生産場ですか。

 受付さんに挨拶して、二階へと向かいます。一階は個室型の作業スペースが連なり、二階は共同で作業ができる広いスペースをレンタルできるようです。


「お、こっちこっちー」


 ホールで手を振る方がいるのでそちらに向かいます。


「君が噂の『白髪さん』だね。よろしく。私はアルにゃんちゃんだよ!」

「どう噂かはあえて聞きませんが、よろしくお願いします。シオンと申します」


 アルにゃんさんは快活を絵に描いたような方ですね。オレンジの髮をツインテールにしていて、小さめな身長もあってぴょぴょことはねます。

 猫耳と尻尾……獣人というやつですね。


「およ、もしかして冗談とか茶化されるのとか嫌いなほう? だったら抑えるようにするよ」

「とくには。ただ、自分でも感情を制御できない事があるので」

「あー、地雷が多いタイプ? 踏んじゃったらごめんね?」

「いえ、嫌な時は嫌だと言うようにしますので、そこで抑えてもらえたら」

「んー、おっけー」

「どんな会話だ」


 軽くライズさんが引いています。


「えー、ゲームなんだから、人間関係の構築で気を使ったり使われたりに、いちいち時間をかけて暇はないんだよ? 最初からNGな事を確認しあってた方が楽じゃん。気に入らない奴はズバっと縁きっちゃえばさ」

「生産バカはこれだから……」

「えー、気遣いはリアルで十分だよ。職人は腕で語り合うのサ」


 色々とさっぱりした方なようですね。私は腹芸が得意なタイプではありません。皮肉を真に受けて叩き潰すタイプです。

 なのでアルにゃんさんとは上手くやっていけそうな気がしますよ。


「まあそんなことはどうでも良いのよ。私達は生産職よ。人間性なんて二の次よ。シオンさんは<裁縫>を学びたいようだけれど、どんなものを作りたいの? 防具? お洋服? あ、私はこれね」


 そう言って出されたのはかわいらしい小さな洋服です。

 人形用でしょうか。

 フリルなどはなく、シャツと簡素なスカートといった塩梅。


 次に出されたのは木で作られたお人形本体。

 木目が目立って、目の部分は空洞になっています。


「<木工><細工><裁縫><刺繍>で、お人形が作れるみたいなの! 今はレベルあげで試行錯誤している段階だけれど、これまた、かなり深そうなのよ」


 手にもってみると、何やら違和感が。

 これは、<傀儡術>で選択できる?

 ……動かせそうですね。


 私は、もうほとんど無意識の脳波操作によって 【傀儡化】を詠唱。

 ふわりと人形が浮かびます。

 自動操縦だと側をふわふわと、手動操作だと……負荷がかかりますが<並行思考>のおかげでまあ問題ないでしょう。


「わお!! 凄い!! それなんってスキルなの!?」

「<傀儡術>ですね。たぶん闇系統の魔法を片っ端からスキルレベルアップすれば覚えるのでは。他には<マリオネット>というスキルもあるようです」

「へー!! やっぱりあるかあ。それね、色々装備仕込んだり魔石込めたりできるのよ。絶対動かすスキルがあるはずだって思ってたんだよね。うんうん」


 聞けばアルにゃんさんは<操糸術>などのスキルを持っているのだとか。名前からして関係ありそうですね。


 手を振らせてみたり、くるくる回してみたり。ふむふむ。


「違和感はないですが、少し動きがぎこちなくなりますね」

「まあ最初の街だしね。多分これ、もっと後に使えるようになるスキルとか技術だよ。正直素材が足りない。スキル補正無視して手作業で無理矢理作ってるしね」


 それでもお人形を作ってるってことは、好きなんでしょうね。お人形。


「布も低品質しか流れてないし、早く次の街開放されないかしら。もう少しだと思うんだけど」

「そうなんですか」

「現状の最高装備をつけたプレイヤーパーティーが出たって話だからね。今日明日にでもって感じじゃないかな。ベータテストの時の攻略組だよ」

「このゲーム、最初のスキルレベル上げで結構足踏みするからな。次の街が開放されたら一気に攻略が加速していくんじゃないかな。さて、じゃあ引き合わせも終わったし、大丈夫そうだから俺はもういくよ」

「ほいほーい」

「わざわざありがとうございました」

「お礼に1日デートでどうです?」


 にかっと笑ってみせるライズさん。


「……返答わかってて、言ってますよね?」

「勿論。身の程知らずじゃないつもりさ。いつもネタを提供してくれているお礼ってことで。困ったことがあったらいつでもどうぞ」

「あ、それじゃあ食べたら胃が溶ける毒物とか知りません? とある筋肉に食べさせようと思うんですが。七転八倒しながら悶え苦しむともっと素敵なのですが。もしくは塗り込むと筋肉が溶ける奴とか。切実に困ってるんです」

「あ、マジトーンだ。いや、心当たりないです。それではこれで、ごきげんよう」

「はい、ごきげんよう」


 そそくさと出ていくライズさんを見送り、私達は共同作業部屋へと入ります。


「いやー、ある意味で一番有名かつ危険人物と二人っきりのこの状況は、冷静に考えるとやばいね!」


 呵呵と笑うアルにゃんさん。全然危険とか思ってませんね?


「大丈夫ですよ。ルイが絡まなければ基本的に安全だと自分では思っています」

「うん、信じるとしましょう! 私たちは生産物以外には興味ないのだ」


 そこはもっと色々と興味を持つべきだと思いますけれどね? 私がいうのもなんですが。

 この人も大概おかしいですね?


「まずは生産キットだね。あとは椅子とー机とー」


 アルにゃんさんはウィンドウを操作します。何もない部屋に、様々な物体が出てきて整理されます。

 なるほど、作業にあわせて部屋をカスタマイズするのですね。

 これは、便利ですね。


「本格的にがっつりやるなら、もちろん家なり工房なりを自分でもって、上級生産器具をそろえるのだろうけれど、私達にそんな金、今はないわけだよ。というわけで、こうやって生産施設をお借りするわけです」

「それでレンタル料金分も稼ぎつつ篭もるわけですか」

「そゆこと。壁に黒板みたいなのあるっしょ? これで市場機能が見れるよ。素材とかをここで買って、売り物を流すことが出来るんだ」

「なるほど」


 さっそく市場機能を開いてみます。ずらっとアイテムのリストが出てきます。これで売り買いするわけですね。私達が納品していた薬草なども最終的にはここに流されるのでしょうか。


「最近は薬関係の素材が上がり気味だね。逆に皮とか木材系素材がどん底。鉱石関係は爆上がりって感じ。つまり<裁縫>をスキル上げするのは今ってことさ」

「そうやって需要に合わせて、訓練するスキルとかを選んでいくわけですね」

「おうともよ。生産職は横のつながりも大切。定期的にコミュニケーションをとっていかないと、乗り遅れちゃうのさ」

「生産職には生産職の楽しみというのがあるのですね」

「いくざくとりー! とはいえ、シオンちゃんはあんまり気にしなくても良いよ。強いお友達がいるんでしょ? 戦闘と生産両方するなら、自分たちで素材とって自分たちで使えるもんね。需要とか気にしないで好き勝手やりなよ」

「強いかはともかく、矢避けにはなりますね」

「あははは! 辛辣ぅ!! さて、<裁縫>だね。あ、そういえば何を目標にするんだっけ」

「とりあえずお洋服ですね。流石にずっと初期服だとちょっと。おしゃれに興味がないわけでもないので」

「なーる。洋服は大事だねえ。とはいえ、今は洋服に使うような布は市場に流れないんだよね。皆、張り付いてて取り合いさ。皮は持ってる?」

「はい、ウサギのが結構」


 <裁縫>をすると宣言してから、皆が獲得した皮をある程度、確保しています。


「よろしい。今、革製品はかなり需要が下がってて、売っても二束三文。そんな中で皮を買ってたら、流石にお金が足りないからね。持ってるならそれを使うに限るよ」


 皮を出して、生産キットの前へ。


「リアルだとなめし作業が大変なんだけれど、ここはゲームだからね。結構簡略化されてるよ。この器具でこすってね」


 渡された器具、鉄の鉤爪みたいな道具で皮の内側部分を削ります。ゲージが表示されて、それが削りきるまで頑張ります。結構手間ですね。


「スキルが無いと、結構時間かかるよ。スキルを獲得すると、【一括作成】とかのアーツが開放されたりするんだけれど、スキルレベルを上げたり、品質を上げたかったら手作業が一番ね」

「頑張ります」

「がんばれがんばれー」


 アルにゃんさんは手に持った布、ハンカチに刺繍を始めます。


「ゲージが削れたら、それをなめし液につける。これもゲージが出るから、それがなくなったら上げて、乾燥して待つ。と言いたい所なんだけれど、なんと【クリーン】でこの乾燥部分を短縮できちゃいます!! 生活魔法バンザイ!!」

「それはそれは、ルイに感謝しないといけませんね」

「やあ、足を向けて眠れませんなあ」


 生活魔法を開放したのはルイです。

 さすが私のルイ!! 知らない人にも影響を与えるなんて、なんと素晴らしいのでしょう。

 開放できたのは細かな交流の結果です。

 だからでしょう。私も前向きに人と話してみようと考えたりします。

 今だってアルにゃんさんとおしゃべりできています。

 すごくないでしょうか。

 私だって変わるのです。頑張れ私!


 などと考えてる間に削り終わったので、なめし液にどぼん。ゲージが削れるまで、次の皮を削っていきます。そしてまたドボン。ゲージのなくなった皮を取り出し【クリーン】……。

 ふむふむ。カチカチですね?


「あとはハンマーで叩いたり、モミモミしたりしてねー。これもゲージが切れるまで」

「結構な工程があるんですね」

「皮によって変わったりするよ。それを調べたり試したりするのも楽しさだね。冒険してる暇なんてないよね!!」

「はぁー、たしかに。こういった作業をしていると、戦闘している暇は確かにありませんね」


 そういった会話を楽しみつつ、皮を加工していきます。

 ちなみに、ウサギは毛のふさっとした部分も楽しんだりするため基本毛皮のままです。毛を抜いて革に加工したものも一部作ります。


「できたねー。それではこの道具で皮を加工していこう」


 渡されたのはカッターや針みたいな道具。

 生産キットのメニューからバッグの型紙を呼び出し、それの通りに切っていきます。

 力加減が難しく、けっこうイビツになります。スキルが発現するまでは、どうしても不格好になりがちだとか。

 そういうことなら、気にせず進めます。


 針で糸を開けて、糸を通す。

 針で糸を開けて、糸を通す。


「……。思ったんですが、これ<裁縫>なんですか?」

「にゃははは。あんまり細分化するとゲームが停滞するでしょ? 鉄を使う物が<鍛冶>、木を使うものが<木工>、それ以外が<裁縫>って感じで大きくは3つに別れてるのね。というわけで、皮加工は<裁縫>なわけ」

「なるほど、深く考えるなと」

「いえすいえす。実際<裁縫>のスキルレベル上がるしね。よし出来た刺繍ハンカチ完成!。……実際皮の加工は経験値めっちゃ入るんだあ。お洋服はそんなに。多分趣味枠だからだろうね」

「そういうものですか」

「生産の辛い所ね。作りたい物と需要、作りたい物とスキルレベルアップ効率は一致しないことがほとんどよ」


 そのまま作業を続けて、小さなポショットが出来上がります。

 出来はまぁまぁ。

 初めてにしては……良いのでしょうか?

 アルにゃんさんも頷いているので、まあ問題はないのでしょう。


「とりあえず市場に流しちゃって。値段は、まあ特にゲーム的な効果も無いし、市場機能が自動計算してくれる値そのままでいいと思うよ」

「自動で計算してくれるのはいいですね。需要とか、読むの大変ですし」

「うんうん。素材とか手間とかをある程度自動で計算してくれるよん。頭いいよね! けど変なものや、すごそうな物がもし、できちゃったら出す前に教えてね」

「何故です?」

「大騒ぎになるからさ! さっきも言ったとおり、私たち生産職は横のつながりでやってる。仲良しこよしさ。そんな所に爆弾が落とされると、その情報の裏付けで大騒ぎになるんだよね。誰が作ったのかとか、どう作ったのかとか」


 大騒ぎになるだけならまだいい。それがめちゃくちゃ安価で出されちゃうと、割を受けた人が稼げなくなってしまう。

 しかもコンスタントがそれを出し続けられちゃうと、一気に需要が傾いて市場が混乱する。

 最悪、その人がゲームを辞めちゃうかもしれない。

 それはとても悲しいことだと思います。


 生産職はゲーム全体の人口からしてマイノリティ。助け合いも大切なのだとか。


「もちろん、独自技術を開示しろってわけじゃないの。珍しい物が出てきたら、それの値段は相談してくれってこと。私も<傀儡術>について、深く問いただしたり、しなかったでしょ? 私たち生産職には、生産職のプライドがあるの。絶対自分でモノにしてみせるわ! ってね。だけど、先に行った人たちは、後ろにいる人たちにも、ちょっとだけ気を使って欲しいって話なのよ」

「なるほど。気をつけるようにします」

「よろしい! とはいえ、皆が大騒ぎするようなものを作ってみたい! って思っちゃうのが人の性よね。私のお人形ちゃんなんて、作る手間ばっかりかかって、売れないったらないわ。挙句、皆が『ファンシーメイカー』とか私に言うわけ。バカにしてるわ」

「あらまあ、それは。こんなにかわいいのに」

「でしょう!?」

「ええ、目がポッカリしているところが特に」

「ええ? うーん、それは……。というかまだその子は未完成……。まあ好みは人それぞれよね」


 そうですかね? かわいいと思いますが。


 あとは黙々とポシェットを作り続けます。

 良い時間になったところで、アルにゃんさんとフレンド登録してお別れします。しばらく一緒に作業をすることになりました。

 気を使わないで良い方ですし、否はありません。

 頑張ってスキルを獲得したいですね。

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