過保護と調合師さん

 明けて翌日。

 訓練場もそこそこに畑に顔を出す。

 運動は畑でも出来るからね。


「やあ、話は通しておいたよ」

「ありがとうございます」


 マップに印がつく。ここが調合師の場所なのだろう。


 ともあれ、今は畑。草をむしり、耕す。

 <農耕>がぐんぐん上がる。

 ここまでの経験から、その道のプロが隣にいると、スキルの上がりがとても良いことがわかっている。

 おそらく経験値が無駄なく入るのだろう。

 面白いのは、草むしりも<農耕>扱いってこと。

 作業がとてもスムーズ!

 これは今日の<調合>と<錬金術>も期待できるぞ。


 4人とも<農耕>スキル持ちのため、スムーズに作業が進み、あっという間に全ての畑の整備が完了した。


「おそらく大丈夫だろうが、明日まで様子を見ようかね。最初の2つの畑には薬草を植え始められそうだよ」

「わかりました」


 この世界では魔力量がとても重要になる。

 リアル以上に雑草には気を使う。

 薬草に集まるはずの魔力が、雑草に吸われすぎて品質や生産量に影響が出るそうだ。


 今日はおじいちゃんが見ている畑2面の薬草が収穫できる。

 手伝いながら品質を見るが「普」だ。

 ただ、量がかなり取れる。

 通常よりも量が多いし、それに加えて、<採取>が適応される。

 これはかなり嬉しい。

 <農耕>や<採取>のレベルが上がるほど、一度に採取できる量が増えそうだ。

 草原や森を歩き回るのと、畑で一気に収穫するの、どちらが良いのかと言われれば、薬草で考えると微妙なところか。

 どっちにもメリットデメリットがあるからね。

 とはいえ、これは薬草で見る場合だ。今後、貴重な素材は取るのも大変だろうから、そうすれば畑の意味も出るだろう。


「これを持っていきなさい」

「えっ、納品するのでは?」


  種まきの手伝いまで終わって、今日の作業は終わりだ、と畑を後にしようとすると、おじいちゃんは薬草の山を指差す。


「どうせポーションになるんだ。キミたちの練習に使いなさい。少ない報酬しか渡せないのも心苦しいし、これを報酬にさせてもらうよ」


 給金は国から出てるし、楽させてもらったし気にするな、とまで言われてしまう。ここはありがたく頂くとしよう。

 結果としてポーションになるのだから、ボクたちが貰っても問題ないということか。

 どっさりの薬草山をインベントリに。5スタックも貯まる。これでどれだけのポーションが出来るのだろう。


「ありがとうございます」

「がんばってこいよ」


 ペコリと頭を下げて畑を後にする。


「さて、全員で行ってもしょうがないだろうね」

「で、あれば別れるか」

「私<調合>興味ある」


 ウヅキが無表情ながら、どこか目をキラキラさせて手をあげる。ウヅキは基本的に一人でウロチョロするタイプの人間だ。

 生産に向いている性格ではない。

 また、自分のしたいことはきちんと主張する。

 それが興味あるというのだから、本心だろう。


「ボクは<錬金術>が面白そうだと思う。シオンは?」

「うーん、ルイと一緒に行きたいけれど、正直私は、そこまで熱中できそうもないかな」


 困ったように眉を下げる。


「俺は<料理>を習うとしよう」


 モミジは前にいってたしな、これは問題ないだろう。


「だとシオンが一人になるかあ。<裁縫>に興味があるんだよね?」

「ええ、あとは<細工>とか。道具屋に一通りあると思うし、一人でもどうにかできるかな」


 うーん、トラブったばかりだし、正直心配だ。しかし、いつまでもボクがそばにいないとダメ、というのもおかしな話だろう。


「何かあったらすぐにフレンドコールするんだぞ?」

「わかったわ。モミジを呼びつける」


 ふんす、と両手を握るシオン。モミジは露骨に迷惑そうな顔をしている。パーティーを組んでいる状態なら、誰がどこにいるのかもすぐわかる。

 モミジの機動力なら、街を最短距離で駆け抜けられるだろう。


 前の騒ぎは多数に見られてたし、今ならまだ話題も冷めていないだろう。下手に手を出す人もいないと思える。

 つまり、逆に問題がないとも言える?

 本人は反省したばかりだし、気合も入っている様子だ。これは絶好の機会だとかもしれない。


「うーん、けどなあ。心配だなあ」

「ううー。大丈夫よお」


 あの時はボクとシオン二人だったから起きたトラブルでもあったわけだし。


「わかった。けどモニタリングはさせてもらうね」

「わかったわ」


 ボクは外部メールを起動、山本先生にシオンが単独行動するので脳波のモニタリングを行うよう依頼。これでシオンを監視している医療AIが異常を認めるとボクにメールが届くだろう。


 さらに【デバッグ】を使い、シオンにリンク。どの程度の距離までデバッグが使えるかはわからないけれど、良い機会なので実験しよう。


 ボクたちは基本的にトラブルメーカーなのだ。

 ボク自身は基本的に貧弱さと見た目で絡まれやすいだろう。そこはウヅキやモミジがいるから牽制できている。

 ウヅキやモミジ自身は何かあっても単独で離脱できるし、ねじ伏せられると思う。

 で、シオンだ。この見た目は勿論、感情が振り切れたときの言動で話が大きくなりがちなのがこの娘だ。心配するなというのが無理な話だろう。

 過保護だろうか?


「うーん、何かあったら本当、すぐに言ってよ?」

「うう、信用がない。いいえ、わかってはいるのだけれど」

「ははは! 弱いのがいけないな」

「黙りなさい」

「ムゴゴ」

「このまま餓死するまで見ていてあげてもいいのよ?」

「ムゴ―!!」


 モミジの口が引き結ばれる。<傀儡術>だろう。すさまじい速度と練度だと言える。詠唱のエフェクトも一瞬だった。

 順調に育っているようだ。距離が近いほど効力も強いのかな?

 モミジがどうにかしようと藻掻くが、口が開く様子は一切ない。

 奴は物理面を鍛えている分、魔法的な耐性が弱い。<傀儡術>で部分だけを対象にしているというのもあって、相当強力に作用しているようだ。


 とはいえ、モミジが藻掻くほどシオンのMPもガクンガクンと削れている。


「これは良い訓練になるかもな?」

「ええ、私も今そう思ったわ。モミジ、今度からちょくちょく遊んでちょうだいね?」

「フモー!!」


 シオンは<傀儡術>の練習ができて、モミジは魔法への耐性の訓練になる。<魔法耐性>とか<物理耐性>ってスキルあったりするのかな?


 ちなみにウヅキは巻き込まれないように気配を消している。

 要領の良い子だと思う。



「あなた達があいつの言っていた子たちだね」

「よろしくおねがいします」

「おねがいします」


 ボクとウヅキは薬剤師の家に来ていた。年季が入っていて、路地裏にひっそりとあるので、教えてもらえなければ分からないだろう。

 中は様々な物が所狭しと並んでいる。ビーカーや様々な草や根。薬剤師本人も魔女みたいな見た目で、こりゃもう魔女の家って感じ。


 ウヅキがキョロキョロと落ち着かない感じなので、手を引いて薬剤師さんについていく。


「私はモーリア。薬を作ってギルドに納品しているただのババァさ」

「ボクはルイです。こっちはウヅキ」

「はいよ。では早速いくかね。あんたら旅人が来てから私ら調合師はてんてこまいさ」

「らしいですね。なのでお手伝いに来ました」

「ありがたいね。あいつらは時間関係なくポーションを『出せ出せ』煩いんだ。まったく、こっちを殺す気かってんだ。調合で忙しくって店しめちまったよ」

「え、大丈夫なんですか?」

「どうだろうね。あたしゃ困らないがね。街の奴らは私の家知っているから、直接取りに来るし」


 話を聞けば、もともとポーション類はそれぞれの調合師が自分の店で売っていたが、あまりにも需要がありすぎて、調合が間に合わず、店まで手が回らないらしい。

 現在はギルドに納品してギルド直営の道具屋で一元管理している状況だとか。

 とはいえ、材料の供給も少なくなってきていて、作れる量もだんだん減ってきている。さらに調合師たちは、自身を含めて街の住民の健康管理も大切な仕事だ。プレイヤーへ回す薬も減る。

 悪循環だ。

 もうそろそろ、次の街へと移るプレイヤーも出てくるだろうから、この状況も落ち着くとは思うのだが……。


 今のところはどうしようもない話だと思う。ギルドのお姉さんとかも、態度の悪いプレイヤーなどは権利剥奪や直営店の利用禁止を検討していると言っていたし。


「さて、じゃあまずは<調合>からだ。二人とも習うつもりかい?」

「私がやる」

「ボクは<錬金術>の方を習おうかと」

「ふうん、そうかい。役割を分けるのは良いかもね。じゃあ嬢ちゃんこっちにおいで」

「ん」


 モーリアさんはウヅキを調合台の前へ連れていく。


「畑のジジィから聞いてるだろうが、今は質より量さ。手間かけたらポーションは良くなるが、数は作れない。わかるね?」

「うん」

「ポーションの作り方は簡単さ。すりつぶして、煮出して、濾して終わり。見てるからやってみな」


 ウヅキは言われたようにポーションを作り始める。薬草をすり潰して、指示されたタイミングでお湯へ。薬効が溶け出し、いいところで濾してポーション瓶へ。


「薬草2枚でポーション1瓶さ。……うん、大丈夫だね。この調合台では一気にポーション3瓶まで作れる。やってみな」


 今度はウヅキ一人でやってみる。すり潰して、煮出して、濾す。


「……ちょっと失敗だね。すり潰しが足りなかったんだね」


 見た目にはわからないが、失敗というからには回復量が微妙に足りなかったりするのだろう。


「まあ、これでも問題ないから続けな。<調合>スキルを獲得できたら、回復量や品質がわかるようになるだろう」

「はい」

「濾した薬草はまとめて置いてくれ。肥料にでもするよ」

「肥料になるんですか」

「まだ魔力が残っているしね。薬草の汁は虫も嫌うから防虫剤にもなるよ」


 ほおん。

 良いことを聞けた。ゴミが出ないというのも良いね。


「それじゃあ嬢ちゃんは調合を続けな。坊やの番だよ」

「よろしくお願いします」


 ボクはウヅキの隣、錬金台へと誘導される。鉄板があるだけだ。


「これが錬金台さ。<錬金術>は、素材の等級をあげたり、別のものに変換したりといったことを魔力を使って行う技術だ」


 この世界には魔力が有り、物には魔力が備わっている。<錬金術>はそれを利用するらしい。

 小さな魔石をかけ合わせて質を良くしたり、大きなものにするのは勿論、物と物を組み合わせて合成したりする。


「矢や簡単なポーションなど、<錬金術>を使うことで時間をかけず一定の物を作ることができる。しかし、その品質は上がらない。手間を取るか、時間を取るかさ」


 そう言って、モーリアさんは瓶と薬草を並べ、魔力を流す。

 薬草が溶けて、ポーション瓶と合体するように光る。

 次の瞬間にはHPポーションが出来ていた。


「とはいえ、難しいポーションや調整が必要な薬は<調合>でやるのが良いし、私も調合師だからね、納品して一括で売るものだからって手を抜かないよ。<錬金術>はもっぱらポーション瓶を作るのに使ってるよ」

「なるほど」

「ただ、<錬金術>は魔力で物を合成するから面白い動きもする。例えばさっきのポーションは濾して残るはずのカスの部分も入っちまってるから、薬効が若干下がっている。これが品質が一定以上に上がらない理由だ。さて、この矢を見てみな」


 モーリアさんから矢を渡された。普通の矢だ。石の矢じりが木の棒に括らている。

 丁寧な作業で作られているのが素人目にもわかる。


「それは手作業で作られた矢だ。<錬金術>で作るとこうなる」


 モーリアさんは石、木の棒、羽を乗せて、<錬金術>を実行する。パッと光って矢ができる。

 それを手にとって観察する。


「石が木の棒にくっついてる? 融合してる?」


 木から石と羽が生えているような、不思議な見た目だ。これが<錬金術>か。これもまたかなり奥が深そうだ。


「魔力で混ざってんのさ。面白いだろう? どっちが良いとは言えないが、下手な奴が作るよりも頑丈さ」

「とても面白いと思います」

「そうかそうか。<錬金術>は他の生産スキルで必要な中間素材を作るのに役立つことも多い。縁の下の力持ちさ。私は<調合>がメインで<錬金術>はちょっとかじっている程度だが、『セカンディア』で腕の良い錬金術師を知っている。お前さんがそのまま<錬金術>の道を進むなら紹介してやろう」

「ありがとうございます。頑張ります」


 というわけで、早速練習だ。

 砂の山を錬成して、瓶にする。

 これがかなり難しい。

 魔力を通すだけだと、単純にガラスの塊になるだけ。


 うーん?

 ポーション瓶の形を出来るだけイメージする。目盛りのついていない試験管だ。けれどもイメージが上手く伝わらず歪な見た目に。


「ふぇっふぇっふぇ。がんばれがんばれ」


 ぐぬぬ、悔しい。


 何度か繰り返し、ようやくコツのようなものを掴み始める。

 イメージし、少しずつ描き出すように魔力を調整するのだ。

 ゆっくり、ゆっくり慎重にだ。

 ボクは人力3Dプリンターだぞっ!


「おや、お前さん<魔力操作>を持ってるね? <魔力操作>も<錬金術>も持ってない奴は、とっかかりに苦労するんだよ」

「なるほど」


 ボクのスキル構成は<錬金術>に相性がいいらしい。

 考えてみたら当然か。魔力を使って物を作るなら、魔力量や魔力の操作が大切になってくる。

 今もジワジワMPを消費している。


 そうしてボクは10分ほどかけてポーション瓶を完成させた。


「ほおー、ようやった。品質も良いの!」

「え、品質良いんですか?」


 <錬金術>は品質が一定なのが特徴ではなかったのだろうか。


「時間を掛けた分、ガラスに必要な要素だけを抜き出せたのだろう。……ふうむ。本来だと中級以降の話ではあるのだが、<魔力操作>によって、<錬金術>の精度をあげ、品質を上げることができる。薬草の薬効成分を抜き出してポーションを作ったりの」

「なるほど、薬草のカス部分を残して錬成すれば、調合したのと同じHPポーションが作れるわけですね」

「その通りだ。とはいえ、まだそこまでいけまいよ。さらに、作業難易度と効率だけを考えたら<調合>の方が良い。<錬金術>で同じことが出来るレベルまで行っているころには、薬草のみのポーションなどもう作る必要もないであろうし」

「釣り合わないわけですか。今のだって、瓶1つに10分もかけてたら、品質がいくら良くても時間効率も最悪だろうし」

「そじゃの。そこが<錬金術>のままならなさと面白い所、らしいぞ。私には正直理解できないがね」

「ははは……」


 雑談をしながらも作業を続ける。モーリアさんも携帯調合台というのを出して、ポーションを作り始める。

 あれなら、どこでも調合作業ができるだろう。

 錬金台もあるのかな? 今度手に入れようと思う。

 <魔力操作>の経験値も入って、大変美味しい作業だ。

 粘土をこねるみたいに物が出来上がっていくのも楽しい。<錬金術>はボクの性に合っている。


――<錬金術>を習得しました。


 日が暮れ始めたころに、錬金術を覚えた。1日でスキルを習得できたのは、おそらく初めてだ。


〜〜〜〜

<錬金術>

魔力を使い、物質の変換と融合をする技術。物質同士の融合、分解、下位互換、品質上昇と、利用できる場所は多い。

スキルレベルが上がるほど対象にできるアイテムの幅と成功率が上昇する。

〜〜〜〜


「スキルを覚えました」

「もうかい? 早いねえ」

「多分<魔力操作>を使っていたからだと」

「ああ、なるほどねえ。本来だと中級の領域だからね。そのまま続けな」

「はい」

「私はまだ……」


 ちょっと落ち込んだ様子のウヅキをなだめつつ、作業を続ける。うん、かなり作業がし易い。

 というかガンガン<錬金術>のスキルレベルが上がっていく。

 一回の作業でアナウンスが5回とか鳴る。


「実はポーション瓶の作成ってかなり難易度が高いのでは?」

「ふぇっふぇっふぇ」


 モーリアさんは楽しそうに笑うだけだ。

 これ、ボクが<魔力操作>使えなかったら、ひたすらガラスくず量産し続けるはめになっていたのでは。

 もしかしなくても、ウヅキのポーション同時3つ作成も高難易度? モーリアさん、実はスパルタか。

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