生産バカから見た世界
「ふうむ、あいつは化けるぜ・・・」
俺、ドワーフの中のドワーフになる事を目指して、このゲームを始めたばかりの「ドッ」は、お友達のところへと歩いて行くルイの背中を見る。
貯めていた息を吐き出すように体の緊張を解す。
そうして、体全体のちからを抜きながら、視界の片隅でピロピロうるさいコールに応答する。
「おいー!! 私のコール無視すんなよー!!」
「ははは、わりいわりい」
俺はベータテストからの付き合いのフレンドへと、おざなりな謝罪をする。
そうしつつも、色々なやつにフレンドメールを飛ばす。
正式サービスもよろしく頼むぜって挨拶だ。
俺はベータテストの時点から積極的に活動していた。一応結構、名が通っていると自負もしている。人気者は辛いぜ。
知り合い達の動向は気になる。今回も生産やんのか、どの順番でなにを頑張るのか。そんなところさ。
「で、私との話を途中で切ったあげくに無視し続けた理由は?」
「ああ、【専属】第一号とちょっとな」
「へぇ……」
不機嫌だった声は、俺の言葉で興味深いものに変わる。
つか後ろでガリガリ言ってんの聞こえてるぞ。
おい、あいつもう木工所にでも飛び込みやがったな? スキル上げの途中だろお前。糞っ!
俺は飛び上がるようにベンチから離れ、工房へと向かう。
勝手知ったるってやつだ。目を閉じても転がり込める自信があるぜ!
コーナーを内角で攻め、体を駆動させる。
ちくしょう! ドワーフはやっぱ足が短くていけねえな!?
生産職たちは横のつながりが広い。そりゃもうどこまでも広い。
友達の友達の友達は友達だった、って感じで蜘蛛の巣みたいに広がりどこかしらで互いにつながってる。
その理由が、生産職の作業感あるスキル上げだ。
同じ作業をしていると、どうしても退屈する。俺たち生産職、いや、生産バカたちが命をかけて生産に取り組んでいたとしても、だ。
まあ、そういう苦痛さも含めて愛しているっていうのかな。へへ。
つまりは、そういうときにおしゃべりする相手がほしいわけだ。
今つながってる奴は木を削りながらだし、農家は畑を耕しながら、茶をブレンドしている奴だったら優雅にテイスティングしながら、互いにチャットと洒落込むわけだな。
まあ、これが楽しいわけよ。
楽しいおしゃべりをしながらスキルも上がる!
良いことしかねえよな?
聞けば、戦闘メインの奴らは、一人で篭もる時は黙々と敵を倒し続けるらしいじゃねえか?
そんなしゃべくりの中で、各所の情報があがってくる。
やれ物価が、やれポーションが。
そういうのを聞きながら、皆で作るものをなんとなく変える。
互いにライバルだが、喧嘩してたら共倒れる。あいつが茶をブレンドするんだったら、そのための茶葉を育てようか、あいつがそろそろランクアップしそうだったら、こっちも切る木のランクもあげとくか。そんな感じだ。
あとどこどこのクランが態度わりぃってなったら……。
ま、全員で一斉にブラックリストに放り込むわけだ。
なかなか痛快だぜ。
PKクランになった所もあったとか。俺らはそれを「闇堕ち」とか言ってたりする。
誰が最初に言ったか知らねえが、シャレが聞いてると思うぜ。
やれ新しい金属ができたら、それを皆に配ってみる。
やれ新しい野菜ができたら料理人をあたってみる。
その波に乗れねえやつはお陀仏だ。……たまに一人ですげぇもん作ってくる、化物みたいなやつもいるがそれはそれ。
と、話がそれたな。
「喋っただけだが、すげえ奴だと俺の勘がいってるぜ」
「あなたの勘がどれだけ信頼できるのかはわからないけれど、どういう奴なの? ベータのトッププレイヤー?」
いやいや、と俺は前置いて、ルイの話をする。
最初は魂が抜け落ちるほどに無表情なヤツだと思ったもんだ。
人形みたいな奴だと。てっきりアバターをモデリングでいじったのかと勘ぐっちまった。そんなこと、できねえってのに。
このゲームでは、リアルでの姿が結構反映される。
種族によって修正される程度、後は髪型とか、まあ、その程度だ。
透き通るってか、なまっちろい肌に髪も肩近くまであるから最初は女だとすら思ったね。
そいつが突然ウィンドウを開きまくる。
てきとうな操作じゃねえ。目まぐるしく移ろう画面。中身はプライベートだから見ることは出来ないが、しっかり操作していることは理解できた。
最後は10個近くのウィンドウが広がり、それらがグリグリっと同時に動く。
まさに魔法みたいだ。ああ、あれこそ魔法だと思ったね。普通のやつじゃそうはいかねえ。
異なるウインドウの画面を見て、同時に操作なんてのは、脳が何個あるんだって話だ。
「で、思わず声かけちまったら、これが完全に初心者でよ」
「へぇ、女の子に勘違いするほどの男の子ね。かわいかった?」
「そっちかよ! うーん、男と言われれば男だし、女と言われれば女って感じだ。ほら、小さい奴ってどっちかわからんやついるだろ? あんな感じだ。こういっちゃなんだが、美少女とか美少年ってわけでもない。ただ、目を惹くな。あいつはなんかやるぜ」
「ふうん、それで、【専属】の対象にするのね?」
「ま、もっとあとだろうがな」
「違いないわね」
【専属】ってのはただの
ルイのやつは、絶対言葉の意味を理解できてねえだろうが、立派なアーツだ。
生産職用のアーツ【専属】は、これぞ!!って決めた奴を対象に発動させる。
そうすると、【専属】の期間が長ければ長いだけ、そいつのための武器や、防具に付与がついたり、強化成功率や品質へのボーナスが付与される破格のスキルだ。
だからこそ考えなくちゃならねえ。
他のやつが専属になることもできねえ。言葉はきたねえが、マーキングでもある。
こいつは俺んだ、っていう。
それだけに恩恵はくそでけぇ!!
トップの、いわゆる攻略組は、どれだけ腕の良い職人の【専属】になれるかも大事だ。
だから自然と、トップの奴らは良いやつばかりだ。ありがたいことだぜ。
生産職の機嫌を損ねれば、そこではい、さようならだ。逆に生産職が絶対有利ってわけでもねえ。
専属対象がいい結果を出せれば、素材がどこにいてもおこぼれみたいにチョロチョロ入ってくるんだ。
俺達は「定期便」とかって言ってる。
もちろん、皆、専属の職人に優先して良い素材を渡すわな。それこそ市場になんか絶対に流れねえ。レイド素材なんか、そのクラン内か専属職人に全部流れちまう。
あとはもう、言わなくてもわかるわな。専属職人はいい素材に酔って、レベルの高い武器防具が作れてスキルレベルが上がる。
そうするともっといい武器が作れる! 互いに支え合う。循環さ。
いいバランスだと思うぜ。
「お前できるか? 会話しながら、外部ウィンドウ開いてメール打って、ヘルプを3つ開いて平行に読むんだ」
「んー出来なくは――」
「まったくの同時だぞ? おれは無理だね。 あいつが図書館にでも行ってみろ。多分一ヶ月も立たずに本をすべて読みきって基本的な言語と魔法技能すべてマスターしやがるに違いねえ」
「はぁ?」
「いや、<集中>や<読書>を獲得すれば一週間とか――」
「ちょちょちょちょっと!」
あいつ、ルイは俺が喋ってる間、気になるワードがあったら瞬時にヘルプを開いて確認していた。しかも、どこに何があるのか把握しているみたいだった。
いや、みたい、じゃねえな。把握してるな。ざっと概要だけを覚えていて、気になったらすぐに移動できるんだ。
その証拠に、一瞬だけ瞳が動いたと思ったらすぐにこっちを見やがった。確認が終わったってことだ。理解力も良い。
思わず俺は、ベータからやってるっていうのも隠しちまった。
ちっぽけなプライドみたいなもんだ。こいつにゃ負けねえっていう。
まあ。それでよかったとも思う。
あいつには、あいつのペースで色々手探りでこのゲームを楽しんでほしいっていう、そんなガキみたいな思いもたしかにあるんだ。
俺はこのゲームが好きだ。底が知れねえ。
俺程度の知識なんかこの世界の、多分、砂の1粒みたいなもんだ。
俺は想像する。
あいつが図書館に入り、適当な棚。そうだな、一番左の棚の、一番上からちょうど10冊とって、机に広げる。
それをすげー勢いでめくるんだ。できるだろうか? いや、できるね。
これをまあ、3分くらいしたら本を閉じて、本棚へ。
これを繰り返す。するとどうなる。
……はは、やべえ!!
内心緊張しながら送ったフレンド登録依頼がさくっと承認された時は、心の中でガッツポーズしたね。
渾身のウイニングランだ。
でけえ商談1つをやりきった気分だった。
俺の人間力が世界に認められたと錯覚したね。
あいつがトッププレイヤーになるかはわからねえ。
ゲームの腕ってやつはまた別の能力だし、まあ、そんなことはどうでもいい。
ゲームの進行速度なんか遅いか早いかでしかねえ。
結局皆、上へ行くんだ。
昨日までの難攻不落の敵が、次の日には周回対象にされちまう。
それがゲームの世界ってもんだ。
だが、それ以外の何か。未知。
そう、未知だ。
なにかやってくれる。
そのためなら【専属】1枠割いたって安いもんよ。
最序盤のフレンドは記憶に残る。俺自身がそうだからだ。
ずっと消えねえでフレンドリストの一番上に居座ってる初めてのフレンドの名前。
それは特別な、ゲーム内称号とはまた違う、勲章みてえなもんだ。
俺があいつの何番目か知らねえが、逃さねえぜ!! お前の武器を俺に作らせろよ!
きっと楽しいぜ!!
いっちゃなんだが、これは恋みたいなもんだ。
何がなんでも気を引いてやるぜって、俺の心が叫んでやがる。
こんな興奮はなかなかねえ。生産職は馬鹿ばっかだ。
自分の武器を一番うまく使えるやつにメロメロだ。
すべての技術と物をつぎ込んですかんぴんになっても後悔はねえ。
そんな変態どもの集まりだ。
「はあ、『変形鍛冶師』に目をつけられるとか」
「おう、その二つ名みたいなのやめろ『ファンシーメイカー』」
「ああ?」
「おおん!?」
俺はスキップするみたいな軽い足取りで工房へと突入して、そこにいる住人に軽やかに挨拶。
ドワーフで鍛冶に興味が云々って回る舌で交渉しつつ転がり込み、そこで先に作業してた奴らに機嫌よく、これまた挨拶だ。
挨拶は生産職の武器だ。
おっすオラ鍛冶師、ちょっくらお前の武器みしちくれ! ひゃーひっでぇな!! ちょっとオラの武器つかってみてくれ!
そうしたらもう、こっちのもんよ。
お、お前今度は小人族やんの? いいじゃんいいじゃん。
おーお前は獣人で爪専門だって? <四足拳>用の武具専門だって? なんだそれ! え? まじであんの? いやいやいや。はぁ? クランも? それにしたって専門はないだろ! えー需要あんの? まじかよー。
おいお前、水の温度ちゃんと見てんのか? おいおいーちゃんと親方の話聞いとけ―。おーい親方さんよー!
筋金入りの生産職は、さっさとスキルレベル上げたくて街の外にも出ずに引きこもりだ。
ラビッド? ワーム? ウルフ? そいつら叩けば鉄になるのか?
俺なんて初期スキル<冶金><鍛冶><筋力強化><器用強化>にあとは種族固定スキルだぜ。
武器スキル? トイレにでも流しとけ。そんなの取ってる暇はねえんだ。
鉄叩いてたら勝手に<ハンマー>でもぶりっと覚えるだろ。ははは。
ここにいる奴らは気合の入りがちげぇ。ゲーム初めて10分かそこらで工房に転がり込む奴らだ。
周りに転がってる最低品質の剣の山ですぐわかるわ。
バカだバカ。
実際ほとんど顔見知りだ。
初見の奴とはこの瞬間に知り合い、うまくいってフレンドまで持っていければ、人脈という代え難いリソースになる。
すでに勝負は始まっている。それを知っている奴らはギラギラと、知らないやつも必死でハンマーを振るってアホなアイデアと夢を語るんだ。
今も隣のやつがガンブレード作ってやがる。
お前そもそも銃の機構しってんの? 知らない? カッコイイから良い? それ何時間かけるつもりなの?
……あと3時間?
全財産もう使った?
バカジャネーノ!! はははは!! お前おもしれーな!
フレンド交換しようぜ!!
酒なんざいらねえよな!
あったらもっと最高だがな!!
正式版でもやっぱ、このゲームは最高だぜ!!
頭おかしいぜ!!
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