第9話 聖なる森へ
それは、風間が理恵のもとを去る数分前のことであった。風間と理恵が四条通りと烏丸通りの交差点を渡ろうとしていたとき、風間は異変を感じていた。
祭の雰囲気には合わない「殺気」が漂っていたのだ。
風間以外の人間は気づいていなかった。
隣で歩く理恵も楽しそうに携帯電話で写真を撮影している。
殺気は徐々に強くなってくる。
つまり、殺気を放つ人間が近づいていることを意味する。
風間は焦りを感じていた。
ここで戦いにでもなれば、大勢の犠牲者がでるだけでなく、天狗族の秘密までもが公になる可能性があるからだ。
そのとき、後ろから、
「30分後に
という声が聞こえてきた。
風間が振り返ると、そこには腕を組んだ松本隆二がいた。松本は漆黒の浴衣に身を包み、下駄をはいていた。
そのとき突然左腕を引っ張られた。
理恵が、こちらを見上げている。
理恵は、
「ねぇ、きいてるの?」
と風間を咎めた。
再び後ろを振り返ると、松本の姿はなかった。
いつの間にか殺気も消えている。
風間は、一瞬理恵に話すべきかどうか迷ったが、理恵を巻き込み、危険に晒したくないという気持ちが勝った。
そこで、風間は適当に理由をつけると、後ろ髪を引かれる思いで、足早にその場を去った。
風間は疑念を抱いていた。
松本隆二は父である。
なぜ松本は今になって風間に接触してきたのだろうか。
風間が松本を憎むのは当然である。
母の死の原因を作った張本人だからだ。
しかし、なぜ風間が松本に敵視されなければならないのだろうか?
どれほど考えても答えは出なかった。
人混みのなかを突き進み、複数の山鉾の横を通り過ぎた。
再び烏丸通りに戻ってきた。
理恵と待ち合わせしたカフェの前で風間は立ち止まった。
「坂本…」
風間は「おいしい」を連発してかき氷を頬張る理恵を思い出し、一瞬表情を緩めた。
そして、瞳を閉じ、集中力を高める。
「これが俺の運命か」
風間はそう呟くと、瞼を開き、移動を再開した。
市営地下鉄の烏丸御池駅の出入り口が視界に入った。
風間は烏丸御池駅で東西線の六地蔵行きに乗り、二つ目の停車駅の三条京阪駅で下車した。
続いて京阪本線の三条駅を目指した。京阪は京都と大阪を結ぶ大手の私鉄である。
風間は三条駅から出町柳行きの準急に乗車した。
終点の出町柳に着くと、改札口を出て、足早に階段を登った。
5番出入り口から鴨川にかかる外宮橋を渡ると、北に小さな公園が見えてくる。
風間はそのまま直進した。
閑静な住宅街を歩くと、すぐに闇夜に浮かび上がる朱色の鳥居が姿を現した。
風間は鳥居に向かって一礼すると、足早に鳥居をくぐった。
さらに進むと鬱蒼とした森が見えてくる。
この原生林は糺の森と呼ばれ、東京ドームの約3倍の面積を持つ。1994年に世界遺産に認定された
そして、宵山を迎えた今夜、天狗族の末裔同士の壮絶な戦いが繰り広げられることになる。
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