第7話 宵山デートの誘い

翌日の朝、教室に入ると風間天は既に登校していた。


数名の女子生徒が、鞄の中身を机のなかにしまう風間を後ろからうっとりと見つめている。


理恵が自分の席に座り、隣の風間に向かって話しかけようとすると、風間の鋭い眼光に襲われ狼狽えた。


虎が獲物を睨みつけるような恐ろしい眼だった。


『昨日の出来事はやっぱり夢だったんだ。そうそう、そういえば、風間君におぶられていると思ったら、自分の部屋でうたた寝してたし』

理恵は少しがっかりした。


落胆した理恵は鞄の中身を取り出し、机のなかに入れ始めた。


しかし、そんな理恵の心の中に、

『夢ではない。現実だ』

という風間の声が届いた。


理恵が驚いて風間の方を見ると、風間は素知らぬ顔で一限目の古文の教科書に目を通している。


「おはようございます」

担任の小松が教室に入ってきた。


小松は風間の出席を目で確認すると、胸をなでおろし、

「今日で1学期は終わりです」

といった。


陽気な男子学生たちから歓声が上がる。

理恵は隣の風間をちらりと見た。風間は机の上に右肘をつき、右手の拳に顎を乗せ、前方をぼんやりと眺めていた。その風間を女子の半数以上が見つめている。


小松は盛り上がる男子を手で制すると、

「明日は祇園祭の宵山です。楽しむのは構いませんが、あまり羽目を外し過ぎないように気をつけましょう」

と告げた。


祇園祭とは京都を代表する祭であり、5月の葵祭、10月の時代祭とともに京都三大祭の一つに数えられる。


祇園祭というと、巨大な山鉾を京都の街中で引き回す「山鉾巡行」を思い起こす人が多いが、祇園祭は7月いっぱい行われる長期的な祭典であり、複数の歴史ある儀式で構成されている。


その祇園祭でもっとも盛り上がるのは、宵山と呼ばれるイベントだ。宵山とは、本祭、つまり山鉾巡行の前夜を指す。


通りには屋台が並び、23基の山鉾は提灯の明かりで彩られる。そして、地元の子供たちが奏でるコンチキチンという音色の祇園囃子が鳴り響き、お祭りムードを盛り上げる。


さらに銀行、デパート、高級ブティック等が軒を連ねる名実共に京都を代表する通りである四条通りと烏丸通りの一部が歩行者天国になる。


午後6時が近づくと四条通りには人が集まり出す。そして、6時になるとニューイヤーを迎えるタイムズスクエアのように自然にカウントダウンが始まる。


理恵は授業中、風間と宵山にデートするシチュエーションを妄想していた。


浴衣姿で四条通りを歩き、立派な山鉾の前で写真を撮り、1つのかき氷を2人で分け合う。


混雑する四条通りに差し掛かると、突然、風間が理恵の手を握る。


赤面する理恵に向かい、風間が、

「坂本、俺から離れるな」

と声を掛ける。


そのとき、隣で風間が咳払いをした。


そんなことは露知らず、理恵の妄想はエスカレートしていく。


手をつないだ2人は京都タワーに向かい、展望室で京都の夜景を背に唇と唇を重ね合わせて。。。


「風間君、そんな大胆な!」

と叫んだ。


「あれ?」

理恵は周りを見回した。

クラス中の視線が理恵に注がれている。


隣では風間が溜息をついていた。


理恵は全身から血の気が引いていくのを感じた。

『終わった。私の青春は終わった』


全ての授業を終えると、下校の準備を終えた理恵はいち早く教室を出ていこうとした。

その後ろ姿に向かって三島茜が、

「バイバイ、風間君の彼女!」

と大きな声で呼び掛けた。

教室が笑いに包まれる。


理恵は走って教室を出ると、そのまま帰路についた。


理恵は半泣きで賀茂大橋を渡っていた。そのとき、後ろから、

『おい、坂本』

と心の声がきこえてきた。


理恵が振り向くと、風間天が立っていた。


「風間君」

理恵は頬の涙を慌てて手で拭った。

理恵は風間が自分を追いかけてきてくれたことに感動を覚えた。


しかし、

「お前、妄想癖があるのか?」

という風間の心無い一言で再び地獄に突き落とされた気分になった。

「風間君まで、私をバカにするの?」

理恵は風間の涼しい目を睨みつけた。

反撃に遭った風間は思わず視線を逸らした。

「そういうわけじゃないけど。。。あのさ」

風間の声は小さく、何といっているのか分からなかった。

「はっきりいいなさいよ!バカにしたいんでしょ?わざわざ追いかけてきて」

理恵は語気を強めた。

『落ち着け』

風間が心の声を通じて理恵に冷静になるよう呼び掛けた。

『落ち着けるわけないでしょ!私はこれから一生「妄想女」っていわれて苛められるのよ』

『そんなことない。だから、まずは落ち着け。川でも見て、深呼吸しろ』

「そんなことあるわよ」

といいながらも、理恵は欄干に両手をつき、橋下に流れる鴨川をじっと見つめた。


風間も同じように欄干に両手をつき、目の前に見える神秘的なただすの森を眺めた。

『妄想女なんて誰にも呼ばせねえよ。だから、明日予定がないなら、一緒に宵山に行かないか?』




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