第81話 キリガミネは慇懃に、深々と礼をした
ニコとエミ、そしてモルーギはしばらくその世界樹の周囲を見て回った。町の外周いっぱいに生えた世界樹は、時折その外皮に飲み込んだビルを生やしており、そのビルの中にいた亜人は、重軽傷を負うものの一命をとりとめたものも少なくなかった。
ムヌーグは外周をぐるりと捜索しながら、世界樹の生長から放り出されて痛みに呻く人間と、呻くことすらままならない亜人とを最低限介抱しつつ、周囲の捜索に回っていた。
もちろん、モルーギが生きているかどうかを確認するためである。
ニコとエミは、周囲の元気そうな人間たちについている奴隷の首輪を外すと、世界樹の隆起した根によって作られた洞にちょっとした宿営地を作った。ムヌーグの手助けもあってあっという間に出来たそれの中で腰を下ろすと、少年と少女は疲労困憊ですっかり動けなくなってしまった。
「ごめん、捜索はムヌーグ一人で行ってきてくれる?」
特に疲労の激しそうなのはニコだった。
モルーギを捜索しようというのはムヌーグのわがままでもあったし、それを疲労困憊のニコに強制することはできない。
「私がいなくて、大丈夫か?」
首輪を外した人間が、残酷でないとも限らない。ムヌーグは護衛のために残ろうかと小声で提案したが、ニコはそれを疲れ切った笑みで遮った。
「大丈夫、ここの人たちはそんなに悪い人たちじゃあないよ」
「……そうか」
そうして、ムヌーグはモルーギを捜索し始めたのだった。
世界樹の外周はなだらかなカーブを描き、またどこまで歩いても薄暗く、生き残った亜人は数えるほどしかいない。
半周もするころには放り出された人間たちもすっかり元気を取り戻した様子の者ばかりになり、残してきた人間二人に築いた宿営地のようなものがそこかしこに作られていた。
銀髪の女狼に生える獣特有の耳を一目見て戦慄し宿営地に閉じこもる人間を、ムヌーグは憐れに思いながらしかし手助けが必要なところには無理やりにも介入していく。
そうして世界樹の外周を回っていくうちに、一人の見知った顔が、ふてぶてしく彼女の前に現れた。
「キリガミネ……」
人間解放同盟。
オーインクと手を組み、この世の亜人による支配から武力で抜け出そうという人間集団、その一人。
「やあやあ、銀髪の女狼、ムヌーグさんではありませんか」
顔に笑みをはりつけて慇懃に一礼するその姿。くたびれたスーツ姿に、片足を負傷したのだろう、微妙にズレた重心とが痛々しい。
「我々の勝ち、ですなあ」
深々とした礼から上体を起こすと、無精髭をなでつけてキリガミネは自信満々に告げた。
何が勝ちなものかと激高してみせたかったが、ムヌーグにとってより重要なのはモルーギが生きているかどうか、だ。無視してその場を去ろうとする銀髪の女狼だったが、慇懃なキリガミネの一言が、彼女をそこに留めさせた。
「モルーギ翁は、死にましたよ」
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