第79話 世界樹は急激に生長し、その姿を現した
エミは目を見開いて銀髪の女狼の顔を見つめ、それとは真逆に、ニコは顔を背けて視線を地面に落とした。
「え……あの……」
小首を傾げるムヌーグに、ボロをまとう少女の心はかき乱された。胸の辺りに開いた穴を必死に塞ぐように両手をあてがうエミの姿を見て、ニコはそっと近づいてそのわずかに震える肩に手を置いた。
目元をわずかに緩ませて、首を横にふる。
「そんな」
「僕は覚えてる。エミも覚えてる。でも、ムヌーグは覚えてない」
エミは、ムヌーグがメリヤスのことをすっかり忘れてしまった風であることに動揺していたが、ニコがメリヤスのことを覚えていることにも、同じように動揺を隠せずにいた。
エミ一人だけが覚えていれば、まだしも幻覚か偽りの記憶と己を納得させることもできただろう。しかしニコが覚えているということは、メリヤスがいたことが紛れもない現実であり、危難を何度となく庇護してくれた者の喪失がその小さな体にのしかかってくることを意味している。
ポロ、と涙が一つ零れる少女を目の当たりにして、ムヌーグがそっと少女をその身に抱き寄せた。
温もりがエミを包み込む。
その温もりすらも、メリヤスの毛織物のように温かい庇護を思い出させて、エミはムヌーグの腕の中でボロボロと涙をこぼした。
――ドォォン……
一際大きな音がこだまとなって町の方から聞こえてきた。
それからややあって、地響きが始まる。地響きは大きくはないものの留まることを知らず、ニコとムヌーグは互いに視線を合わせて、白煙のたなびく町の方を見やった。
「悲鳴が聞こえる」
ムヌーグが、短く言った。
抱き寄せた少女がなぜ泣いているのか、ニコが何かを隠しているような、なぜ今自分はこんな場所にいるのか、そういった様々な疑問をとりあえず一旦脇に追いやって、今は現実に起こっている出来事に集中するしかなかった。
「町は、崩壊しているのか」
「多分そう」
町の姿は見えるが、その姿は周囲に巡らされたビル状の建物のせいで内部まで俯瞰することはできない。平野の向こうに林立するビルの向こうから白煙と悲鳴が届くばかりだった。
地響きは轟音の直後に比べればいくらか収まってはいたが、しかし絶えず地面を揺らしている。
「世界樹の鍵を開けたから、一気に生長するよ。この辺りも根っこが盛り上がってくるかも」
ニコの言葉に呼応するように、林立するビルの合間から、触手のようなものが急速に天に向かって何本も伸び始めた。その一本一本がうねり、渦巻き、互いの幹に巻きつくようにして青空に向かって伸びていく。
そのうちのどれか一本が世界樹と呼ばれる巨木になるのではなく、それらが一本の糸を作るように捩じり合わさって、巨木へと生長していくのである。目まぐるしく成長する世界樹の姿は、ある種のスペクタクルだった。
林立するビル群は、オーインクの居住区を隠すくらいには高かったはずだが、天に向かって伸び征く世界樹の姿はそんなビルを蹴散らして、あっという間に町一つを飲み込むような大樹になった。
生長する世界樹の圧倒的な力強さを前に、ニコとムヌーグはその場を一歩も動けなかった。気がつけば、地響きは鳴りやみ、町のあった場所からの悲鳴も、あるいはそこにあったはずの亜人や人間の息遣いすらも、全く聞こえなくなっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます