第78話 ムヌーグは、きょとんとした顔で言った
「メリヤスさん?メリヤスさん!!」
あたふたと小走りで駆けまわって、どこかに羊の亜人が倒れていないかと健気に探し回る人間の少女の姿を横目に、ムヌーグが自分の拳がきちんと動くのを確認しながらニコに問うた。
「なあニコ、メリヤスは……」
「多分、飲み込まれた」
問い自体は曖昧だったにも関わらず、その答えはあまりに明け透けだった。
メリヤスは、エレベータに置き去りにされてしまったのだ。
「一緒に出てこられないと、多分もう一生会えないんだ」
「どういうことだ」
「仕組みは分からない。でも通ってみて分かったはずだよ、あの空間は普通じゃないって」
「先に説明してくれればよかっただろう」
「説明できなかったんだ」
「なぜ」
「それじゃあ、ムヌーグはエレベータについて何を覚えているの?」
「それは……っ?」
エレベータは、人間を冥府に誘い留めさせる力のある空間だ。簡潔にそう説明しようとしたムヌーグだったが、それを思考し言葉に出そうとした瞬間に、脳内にあったはずの説明は泡ぶくのように消えてしまった。
「えっ、あれっ……」
子どものような動揺を見せるムヌーグを、ニコは笑わなかった。中指の背でコツンコツンと頭を叩くムヌーグは、先ほどまで覚えていたことを必死に思い出そうとしている。しかしニコは、それがほぼ永久に思い出せないことを分かっていた。
「分かった?」
「もう少しで思い出せそうだから、待って」
「ムヌーグ、それはもうダメなんだよ。思い出そうとしても思い出せない。三日前に見た夢の出来事のように、エレベータのことはすっかり忘れてしまうんだ。それが、あのエレベータについて語れる数少ないことの一つなんだ」
そんな都合の良い記憶などあるはずがない。
ムヌーグは必死に思い出そうとする。その中がどうなっていたのか、あるいはその中で何をするとはぐれてしまうのか。
「ねえ、ニコ……」
肩を落としてエミが戻ってきた。ボロボロの衣服の裾をギュッと握りしめて、口元は何かをこらえるように引き絞られている。
しかしそれも内側から零れる衝動によって無理矢理開かされた。
「メリヤスは、どこに行ったの?」
「メリヤスは……」
はぐれてしまった。いなくなってしまった。どのような言葉で説明しようかと考えては言葉が泡ぶくとなって消えていく。
そんなふわふわとした思考を打ち消すように、ムヌーグがきょとんとした顔で言った。
「メリヤス……?誰だそれは」
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