第77話 目の慣れた人間の少女は、辺りを見回した
それを前世の記憶と言うのならば、あるいは種に刻まれた記憶と言うのならば、エミが助かった理由はまさしくそういう個人のみで持ちえない連綿と続く何物かによる記憶の伝承とでもいうべきものなのだろう。
真っ暗な、隣の人の気配すらも分からないような洞窟。
そこでは何者にも頼ってはいけない。何者にも耳を貸してはいけない。ある伝承においては後ろを振り向けば二度と先に進むことはできず、またある伝承においては誰かの声に誘われて返事をすれば再び現世へ戻ること能わず。
黄泉、その入り口。あるいは出口。
エミは、一度だけその道を通ってきたことがあるように感じた。
それが果たして自分の生まれた記憶なのか、それとも別の、遺伝子に残された前世の記憶なのか、彼女には判別がつかなかった。ただ、その場所がそういう場所だということだけは、瞬時に理解できた。
だからこそ彼女は何もしゃべらず、出来ることならば呼吸も最低限に抑えて、その場をゆっくりと通り過ぎようとしたのだ。
「声を出し続けていないと、どこに誰がいるのか不安になりますねえ」
さきほどまで少女を庇護してくれた、シーピープの声が聞こえる。
「ここでは、何もしゃべってはいけませんよ」
エミは喉から出かかったその言葉を飲み込んで、目の前に輝く星粒のような光に向かって歩いていた。メリヤスの独り言に反応してしまえば、自分がこの真っ暗な洞窟に食い殺されるかも知れない。
(お願い……無事でいて)
一度経験をしたことがあるというニコならば、きっとこの道がどういうものなのかを理解しているはずだった。だとすれば、出口に着いて少女が一人きりになることは無いだろう。
あとは、亜人の二人だ。
彼らがこの真っ暗闇の洞窟にあって、その意味も分からずに普通の空間と勘違いしてしまえば、あるいは……。
祈るような思いで、エミはようやく出口に辿り着いた。
「あっ……」
そして、祈りの届かなかったことを理解した。
真っ暗な洞窟をどこまで突き進んでも周囲の暗闇は晴れなかったのに、突然、閃光が全員の目を焼き尽くしたかと思うと、次の瞬間には地上に放り出されていた。
抜けるような青空には雲一つなく、地上は丘の向こうに石垣にかこまれた町が見えている。噴煙の立つ町からは、絶えず悲鳴とも喧騒ともとれるような怒声が響いてきており、その内部が混沌としているのが、少女の耳にも届いた。
「メリヤス……さん……?」
光に両目が慣れてきた人間の少女は、周囲を見渡してその人影を探した。
少女の隣には共にあの真っ暗闇のエレベータを抜け出てきたニコとムヌーグの姿があった。しかし、少女を庇護したシーピープの姿だけが、どこを探してもなかった。
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