第74話 ニコは、その球体に杖を当てた
「そう。……この町に着くほんの少し前に、こことは別の世界樹に入ったんだ」
そこも、地下にある根から不思議な部屋――世界樹の制御室――に入ることが出来、そしてニコはそこに入ったことがあるのだと説明する。
「それじゃあ」
ニコはこの町に来る前に誰かと一緒にいたはずだ。そのことを指摘しようと口を開いたメリヤスの顔を、ムヌーグが強引に塞ぐ。
「それで、ニコ。お前はこれをどうするんだ?」
不思議な部屋の天井付近にあるミラーボールのような球体。それが何かしらの鍵であることはムヌーグにも理解できた。しかしこの節の足場から球体へは結構な距離がある。もし、そこまで跳躍しろと言われれば、出来なくは無いだろうが骨が折れそうだ。
「これまでと同じだよ。世界樹の杖をあの制御球に差し込めば、世界樹は起きる」
「しかしあの球体に手を届かせるにはどうしますか?ワタシとムヌーグさんとで肩車でもしましょうか?」
「はッ、そんなのは御免被りたいね」
メリヤスの提案にムヌーグは鼻で笑う。ニコが冗談でもそれをいい提案だと言うのならば、その場でニコを球体に向けて投げ飛ばしてやろうという心持ちであった。
「そんなことしなくても、杖に反応してすぐに降りて……ほら、降りてきたよ」
言うが早いかミラーボールは杖の赤い宝石が明滅するのに引き寄せられるかのようにゆっくりと四人に向かって降りてくる。
遠くに見えていた球体がゆっくりと近づいてくるにつれて、その大きさに亜人二人と人間二人は気圧された。
「おお……ずいぶんと、大きいのですね」
身を引きすぎてほとんどその毛むくじゃらな身体にその身を埋めたエミを抱き寄せながら、メリヤスが感嘆の声をあげる。
「潰されるのかと思ったよ」
手を伸ばせば触れられるほどの距離までやってきたミラーボール状の球体は、今や彼らの視界いっぱいに迫っており、不思議な部屋の様子全体は隠れてしまっていた。
「……なるほど、この模様か」
ムヌーグが光を乱反射さえる球体の、鱗のような一区画にそっと指先を触れる。そこには確かに、先ほどエミが見つけた穴にあった模様と同じような模様が刻まれていた。
ニコがその球体に杖の先端をコツンと音を立てて当てる。
すると、ミラーボール状の球体は一瞬だけ鱗のような表皮の隙間から光を漏れ出して、それから何事もなかったかのように再び上方へと上っていく。
「……もう終わりか?」
あまりにあっけない終わり方に、おもわずムヌーグが問うた。
「うん。あ、気をつけてね」
あっけらかんと答えるニコの言葉の直後、再び上空へと戻った球体がうなりを上げてその場で回転し始めた。
――キュルルルル
耳をつんざく回転音。乱反射する鱗のような表面が剥げ落ちてしまうのではないかと思うほどの回転数。
その音に、亜人二人が思わず耳を塞ぐ。エミは少し驚いただけで、亜人二人ほどの反応は示さない。メリヤスの体に埋まっていたのが良かったのだろう。
「凄い音ですねえ」
「うん。さあ、みんな、ここを脱出するよ」
顔を歪ませながら、メリヤスとムヌーグがニコの顔をみて頷いた。こんなところには一秒も長くいたくないという思いがあったが、次の言葉を聞いてそれとは別の危機が迫っているのを否でも思い知らされる。
「早くしないと、地下遺跡が崩れちゃう」
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