第66話 突然、杖が熱を持ち始めた

「なっ……」

 あまりに衝撃的な言葉に、亜人二人が絶句する。エミはと言えば、その言葉に全く現実味が感じられないので、むしろ亜人二人が言葉を失っていることの方が不思議だった。

「そんな、出来るわけがありません」

 冷静に考えればメリヤスの言う通りだ。

 いくら人間だからと言って、地下遺跡を破壊する権利があるはずがない。

「ううん、多分、僕にはそれが出来る」

 ニコが、手に持った杖を一瞥して言った。

「この杖は、世界のいろんな場所にあるという『世界樹』を起動するための杖なんだ」

「世界樹……?確か、そんなことを前にも言っていたな」

 ムヌーグの記憶の片隅に、確かにニコがどこかで世界樹という言葉を口にしたことがあったのがちらつく。

「そうだ、初めて地下遺跡に行った時、モルーギと一緒に歩いていた時のことだな。何のことだと思っていたが……この地下遺跡がその世界樹とやらと関係があるのか?」

「多分……」

 突然。

 自信なさげなニコの言葉を後押しするように、その手に握られた杖が、急に熱を帯び始めた。

 先端にはめ込まれた赤い宝石がゆっくりと明滅し、やがて強く輝き出す。

「どうしたんです?」

 一同の視線が、その杖に集まる。

「……起動を待っているんだと思う。僕と杖が揃って地下遺跡に入ってきたから、その時が来たって、世界樹が判断したんだ」

「判断!?この地下遺跡には意思があるっていうのか?」

「意思……かどうかは分からない。僕はそこまで教えてもらえなかったから……。でも、こうして世界樹を起動することが、僕の……使命なんだ」


――まぁるい世界をつくりなさい


 ニコの脳裡に、かつてその体をやさしく抱きとめて、頭を撫でてくれた何者かの記憶がよぎる。

 火傷がしそうなほどに熱い世界樹の杖を両腕で抱えるように胸元で抱きしめ、ニコはわずかに顔を伏せた。

「だから、僕はこの地下遺跡を……世界樹の根っこを起動させる。起動したら、多分、この町は壊れる」

「なるほど。キミの言うことが正しければ、この地下遺跡は世界樹の根っこで、それを起動すれば世界樹は何らかの生長を見せる。世界樹が生長すれば、当然その上に築かれた町は破壊される。そういうことですね」

 メリヤスの説明に、ニコが頷く。

「にわかには信じられませんがね」

 話が荒唐無稽すぎて、いくら辻褄を合わせようとしても一向に現実味を帯びない。地下遺跡が世界樹の根っこだという主張も、それをたまたまニコとその手に持つ杖が起動できるという話も、亜人二人には実際にそれを目の当たりにしてもまだ信じられないだろう自信があった。

「だが、ここまで来た以上、ニコの話を信じるしかないだろう」

「しかしムヌーグさん、この話が例え真実だとして、もう片方の、エミの話はどう信じるのです?」

 羊の亜人と狼の亜人は、人間二人のふわふわとした会話に自身の生殺与奪の権を握らせてしまったことに今更ながら後悔するしかなかった。

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