第67話 ニコに応えるように、地殻変動が起こった

「あの……」

 エミは自信をもってかつての出来事を話したわけではなく、ただ、ニコの言う不思議な部屋らしきものに思い当たる節があって話をしたにすぎない。だから、彼女自身がその話を信じてもらいたい訳ではなかった。

 突然現れて、この町の、自分の境遇を救ってくれた言わば恩人に、少しでも貢献できればよいという気持ちであった。

 亜人二人が意気消沈している様子を見て、何か気の利いたことを言わなければならないと思ったエミだったが、しかし何を言おうとも現状がこれ以上ないほど五里霧中であり、その懸念を払拭できるだけのものをエミは持ち合わせてはいなかった。

 頭痛のする思い。

 しかしエミのその頭痛は、まもなく実体を伴って彼女たちの足元を脅かす。

「あっ」

 声を上げるのもつかの間、ムヌーグの狼の耳がピクリと動いた。

「これは」

 次に気づいたのはメリヤスで、亜人二人とエミが何かを察知している中、ひとりニコは取り残されたような気がした。

「何、何か起こっているの?」

「ニコ、しゃがめ」

「何で……ってうわッ!?」

 ドン、と下から何者かに突き上げられたようだった。

 ムヌーグが地面に手をつき、エミが膝をついて後頭部を抱えるように背中を丸める。メリヤスもまた腹を抱えるようにしゃがみ込む中で、ニコだけが無様にその場に倒れ転んでしまった。

「地震!?」

「地殻変動だ」

 初めの大きな振動は、地面から突き上げられるような衝撃だった。揺れはすぐに横揺れに代わり、小麦粉を篩うザルのような細かな横揺れが彼らを襲った。

「まずいですね」

 地面に手をつきながら、メリヤスがつぶやく。

「予兆の微震がないことなんてあったか!?」

「もしニコくんの言うことが本当なら、この地殻変動はニコくんをどこかへと案内するために起こっていると考えてよいでしょうね。しかしこれは……」

 横揺れは際限なく続き、亜人二人と人間二人は立ち上がることもままならない。このままでは地下遺跡に飲み込まれてしまう。

「ムヌーグさん、何とかなりませんか」

「なるわけが無いだろう!」

 満身創痍の体は、この振動に耐えることで精いっぱいだった。地下遺跡は横揺れから今やのたうち回るミミズの体内のように、縦横にのたうつ。その場に留まろうにも、変形する通路は斜面となって彼らの体を一所に留まらせない。

 強い傾斜が彼らを転がらせ、転がった端から別の場所へさらに強制的に移動させられる。

 壁に地面に強か打ちつけられて、ニコとエミがくぐもった声をあげる。それをかばうように亜人二人は何とか人間をその体に引き寄せようとし、のたうち回る地下遺跡を転がり続けた。

「気持ち悪い」

 胸元に引き寄せられたニコの暢気なつぶやきに、ムヌーグは思わずその額にげんこつを一つ落とした。

「痛った!?」

「うるさい、誰のせいだ」

「僕のせいじゃないよ!」

「キミはまだ元気そうですねえ」

 エミを胸元に引き寄せたメリヤスがつぶやく。抱きとめられたエミは、メリヤスの着る燕尾服の内側が妙にもこもこしているのに気づいた。

 それは羊の亜人であるシーピープが持つ防衛本能の一つだったのだが、彼女はまだそれを知る由もなかった。

「ニコ、何とかできないのか」

「やってみたけど無理だった。多分、僕が目的地に着くまで地震は続くと思う」

「早くしてくれないと、身が保たん……」

 転がり移動している間、ニコは杖の先端をそこかしこに差し込んでみた。この遺跡に何らかの形で干渉できるのであれば、その手段は手にするこの杖のみだとニコは思っていたからだが、どこに杖を押しつけてみても、地殻変動が止まる気配は無かった。

 受け身はとっているとはいえ、傷だらけのムヌーグにとっては、ニコをかばいながら次々と壁に叩きつけられるこの状況はオーインクの攻撃を受けるのと同じくらいに厳しかった。

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