第59話 ムヌーグは、勢いニコの隣に立ち現れた
「ニコくん、気を付けてください。その人間からは、ワタクシと同じような臭いがします」
ひきずる動揺をわずかに表情に浮かべつつ、メリヤスが釘をさす。
「キミは確か……そうそう、羊の亜人、シーピープのメリヤスくんでしたね。その、もじゃもじゃ頭、確かに羊っぽい見た目をしている」
頭を左右に揺らしながらその場で足踏みをするキリガミネの姿は、生物というよりもからくり人形か何かのように思われる。
「大丈夫、私は人間解放同盟の一員ではありますが、亜人に危害を加えようという過激派ではアリマセンから」
「そういうことは、そのいやらしい微笑みを消してから言ってみてはどうですか」
メリヤスの、苛立ちを抑えようともしない指摘に、キリガミネは「失敬」とだけ言った。
薄ら笑いの表情は、全く変わらなかった。
「さて、私がここにいる理由は、ニコくん、キミの持つその『世界樹の杖』を渡してもらおうと思って来たのですよ」
「……やっぱり、この杖のことを知っている人がいたんだね」
ニコは、臨戦態勢を解かず、油断なくキリガミネの一挙手一投足を睨みつけていた。体に巡る気力が、皮膚の下に血流の形をとって漲っている。
「ええ、存じておりますよ。そして、キミのその状態が長く続かないこともね」
「ニコ!そいつは時間稼ぎが目的だ!」
モルーギが言うも遅く、ニコの全身に漲っていた活力は、みるみるうちに萎んでいく。先ほどまで、パワーアップしたロ=ノキの膂力をもってしても傷つかなかっただけの力を持っていたニコの体が、年相応、種族相応の肉体へと戻っていくのが見てとれる。
「分かってる」
「何だって!?」
この場で動けるのはニコだけである状況で、時間稼ぎによって戦況は一気にオーインク側に傾いてしまった。それでなくとも、キリガミネという人間解放同盟からの刺客という慮外の人物の出現によって、場はこれ以上なく混沌としている。
思惑と思惑が交錯する中で、子どもであるニコが上手く立ち回れるはずがない。
モルーギの困惑をよそに、ニコはわずかに口角を上げて、ニヤリと笑った。
「たしかに、この『世界樹の杖』が僕自身に使えるのは、ほんの一瞬だけ。でも、キリガミネさん、だっけ?アンタが時間稼ぎをしたかったように、僕だって、時間が欲しかったんだ」
その時、狼狽する老翁の近くに横たわっていた、銀髪の女狼の瞳が、見開かれ、爛と輝いた。
ドン!と合板床に衝撃が走った。その震源地の方を向いたモルーギとメリヤスだったが、そこにあったはずの物は既になかった。代わりに、臨戦態勢を崩さないニコの隣に、ムヌーグが、四脚を地面につけて背をたわませた姿で立ち現れた。
「信じてたよ」
「狼づかいが荒いな」
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