第32話 閑話:胸騒ぎ
結局、ムヌーグは出て行ったきり帰ってくることはなかった。
「俺もちょっと出てくる。すぐに戻ってくるから、一人で外に出るなよ?」
それだけ言い残すと、顎髭を撫でつけながらモルーギも出て行ってしまった。一人取り残されたニコは、何をするでもなく、ぼんやりと窓から見える外の景色を眺めながら、ジッとその機を伺っていた。
町全体が淡く光っている夜の景色。
空はすっかり暗闇に閉ざされているというのに、この町だけどこか現実味がない。淡く発光する地面が、この町だけは安全だと言っているかのようだ。
暗闇に閉ざされた世界の中に、こんな優しく光る場所があったなら、誰だってそこを目指すだろう。その町に入ってしまうだろう。
しかしそこはオーインクの住処である。
彼らにとっての楽園であり、それら以外の人間、亜人にとってはさながら虫を誘引するための光と化している。
そっと窓に手を触れてみる。
ひんやりとした感触が手のひらにじわりと広がる。触れた手の周辺がぼんやりと曇って、淡光が余計ににじむ。窓から手を離して、その手のひらをジッと見つめる。
冷えて白くなった手のひら。
開いたり閉じたりを繰り返すと、血色を取り戻して、熱が戻っていくのが分かる。
「策って、何だろう……」
真っ黒い空は、全てを飲み込むかのようだった。
淡い光に彩られる外の町と、それを飲み込もうとする真っ黒な空との間で、ニコは妙な胸騒ぎを覚える。眠ろうにも眠れず、だからと言って何か自分にできることもなく、網に捕らえられた虫のように、ただその場にいることしかできなかった。
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