第20話 町の景色は昼間のように明るかった
三人でいっぱいの荷物を持って領民館へと戻ってくると、外はすっかり夜の帳が降りていた。
「これはまたずいぶんと欲張りましたね」
最後尾のニコが出てくると同時に、小径への扉が閉まる。閉まるのをしっかり見届けた後に小言のように呟いたのは、先ほどのシーピープだった。
壁の梁に灯る燭台の明かりは、黄昏時よりも人の顔をはっきりと映し出す。入る時には判然としなかった姿形も、今は顔の表情さえもきちんと見える。
すべすべの肌と、もこもこと着込んだ衣服。かろうじて輪郭が分かる程度に現れた顔。白と茶色の中間の色をした髪の毛はもじゃもじゃで、見た目は愉快そうに見えるにもかかわらず、その表情には微塵も愉快さが感じられず、アンバランスだ。
「足がついても知りませんよ」
「そりゃあ、お前さんが言わなければ問題のないことだ」
ジトッとした目で、シーピープは三人をねめつけた。モルーギは、彼らシーピープがオーインクに利する発言をしないことを知っている。長年の因縁が彼らのこじれた関係をつくっているのを知っている。
「しかしあなた方は狼の亜人ですからね、秤にかけるもの次第でどちらにも傾くとは考えませんか?」
羊の亜人であるシーピープは、狼の亜人である二人が天敵と言ってよい。オーインクとの対立は長年の因縁であるが、狼の亜人に対しては積年の恨みがあると言っても過言ではない。
「だからさっき条件はつけておいただろう。シーピープは疑い深くていかん。おい、ニコ」
モルーギが荷物を置いて後ろを振り向く。
手招きをされるままにニコが二人の亜人に近づくと、白い箱をシーピープに渡せと目配せをされた。
「確かに」
臭うその白い紙箱の中身が何であるか、シーピープはその臭いと包みによって分かっていたようだ。ニコが手を伸ばして渡そうとしたところをほとんどスリのようにひったくり、ろくに中身を確認することもなくもこもこの上着の襟首に放り込んだ。
おそらくモルーギが交渉の材料としてさっきの物品を報酬としたのだろう。
果たして天秤は狼の亜人に有利に働く。
「それじゃあ、うまく騙くらかしてくれよ」
「人聞きの悪い」
露骨に嫌な顔をすると、ハエでも払うかのようにシーピープは手の甲で三人を外へと掃き出した。
今までどこにあったのか、コンクリートの建物の梁にも、領民館の中と同じように街灯が点っている。それだけでなく、大路の中央を通る白線が地下遺跡の天井と同じようにぼんやりと光っており、上下から往来を淡く照らしだす。
町全体がぼんやりと発光しているかのようだった。周囲は昼間のように明るいにもかかわらず、差すような日射しがないのでむしろ今の方が過ごしやすいようにさえ感じる。
帰り道、狼の亜人二人は荷物をいっぱいに抱えて、ニコを横に挟むように歩いている。行きに比べて荷物があるせいか、その歩調はニコでも楽についていけるほどの速さだ。
「不思議だなあ……」
「どうした、ニコ。何が不思議なんだ?」
つぶやくニコにムヌーグが問う。
「こんな風に、町全体がぼんやり光ってるのがさ。今は夜なんでしょ?それなのにこんなに明るかったら、昼も夜もないみたいだなって」
「何を言ってるんだこいつは。夜は空が暗い、それが普通じゃないか。なあ、ムヌーグ」
「……そうだな。モルーギ翁の言う通りだ」
町全体が光る。
亜人たちがポツリポツリと歩いている。
昼のように明るい街と、星の見えない暗い空。寝静まっているのか、息を潜めているのか、街灯の明かりさえもどこか口を噤んでいるかのよう。
最初につぶやいたニコも、耳が痛くなるような静けさに、どこかバツの悪さを感じたらしい。ムヌーグの言葉を最後に、それ以上何もしゃべらなかった。
三人の足音だけが、どこかよそ事のように鳴っている。
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