第19話 部屋は静かに元の姿へと戻った
「中身を確認してみるか?」
モルーギが言うので、ニコはその箱の中身を共に確かめた。
土色の紙箱を一つ開けると、そこには野菜がいっぱいに入っている。別の箱には魚や肉、乳製品、中にはニコの記憶には無い、何に使うのか分からないようなものも入っている。
「ずいぶん欲張ったね、モルーギ翁」
次々と箱を開けては検分していくモルーギ翁をゆっくり追いかけつつ同じように箱の中身を確認するムヌーグが言う。
「危険な橋を渡るんだ。正当な報酬だよ」
円筒状の箱を軽く振って中身を確認しながら、髭面の翁が振り向いた。
「それに、こいつの持っている権利がそれだけ多かったってことだ。普通は一日でこれだけの権利を行使することなんて出来はしない。ロ=ロルがこいつをわざわざ独房に入れていたのも分かるってもんだ」
「ニコの片足を切ったことを見せられなかったって訳じゃあないのか」
パッケージングされた肉を取り出してためつすがめつしているムヌーグの言葉に、モルーギは呆れたように言う。
「ロ=ロルは人間を傷つけたことを怖れるような奴じゃあないだろう。むしろアイツは自分の所業を嬉々として辺りに誇示するはずだ。やりすぎて殺してしまったのならいざ知らず、片足くらいで人目をはばかるなんてことがあるはずがない」
一通り中身を確認したモルーギが箱を閉じていく。大小さまざまな箱を器用に積み上げると、モルーギはそれをひょいと持ち上げた。
「ムヌーグ、お前も手伝ってくれ」
「だと思ったよ」
一抱えを超えて扉の上枠すれすれまで持ってもなお床にはいくつかの紙箱が残っている。強欲にも限度いっぱいまで権利を行使した老翁に呆れながら、モルーギは残りの紙箱をやすやすと重ねて持ち上げた。
「ニコ」
「なに?」
「その小さな箱はお前が持て。私はこれ以上持てない」
一抱えをもってムヌーグがニコに命じる。顎で指し示したそこには一つの小さな箱があった。他の紙箱とは違い、白くつやつやした表面の、細長い箱だった。
「いいけど……遅くなるよ?」
ただでさえ隻脚のニコだ。荷物を持てばさらに歩は遅くなる。
「そんなに重いものでもないさ。お前でも片手で持てる」
それならムヌーグが持てばいいのに、と思いつつ、ニコはしぶしぶその白い箱を手にした。
スン、と鼻が警告の音をたてる。
「なんか、臭い」
「そうか」
短く切ってそれ以上の質問を受け付けないムヌーグの様子を見てニコは悟った。この荷物はきっとムヌーグの嫌いな臭いなのだろう。ニコ自身もあまり好きな臭いではなかったが、我慢できないというほどでもない。
「何してんだ二人とも、ほら、行くぞ」
モルーギは既に扉の外で荷物を持ちあげたままで待機している。
「だそうだ。行くぞ、ニコ」
「うん」
荷物をいっぱいに抱えた銀髪の女性について部屋を出ると、ニコの後ろで室内がやけに騒がしくなるのが分かった。
振り返ると、上がっていた横壁が天井からスルスルと下り、最奥のパネルは縦にクルリと回転し畳まれて消え、天井のぼんやりとした明かりは徐々にその明度を弱めていく。ひとりでに動くそれらをこれ以上見せまいと、扉が閉まっていった。
「何をしている、早くしないとオーインクが来るかも知れんぞ」
まるで魔法のようだ、とニコが感心していると、既に元来た方へと歩き戻るモルーギが後ろもふり向かずに言うのだった。
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