第16話 ムヌーグはニコの手を握った
放射状の大路は、数分も歩くと環状線に突き当たった。道路に取り囲まれるように作られた居住区の北側には、鐘楼の伸びた建物がある。
ムヌーグが指さしたのも、その鐘楼の伸びた建物だった。
「あそこが領民館だ」
昔は教会として機能していたらしいが、オーインクがこの町を支配し始めてからは宗教というものが放逐されてしまい、抜け殻のように形だけが残っているのだという。
「集会所としては快適だし、毎日通うという意味では立地も良いからな。建て替えるよりもそのまま利用した方が得って訳だ」
「そもそも地下遺跡の上に建てられてるんだから、安易に壊して建て替えるって訳にもいかないんだろうよ」
付け足すようにモルーギが言う。
二人の歩調は相変わらずニコを置いてけぼりにしてしまうほどに速く、小走りと歩きを繰り返しているとニコの額にはじんわりと汗がにじんできた。
「毎日通うって、どういうこと?」
「着けば分かる」
相変わらず、ニコの余計な質問には答えてくれないらしい。二人についていくだけでやっとの体では思考もまともに働かない。そうこうしているうちに領民館の目の前にやって来ると、思っていたよりもずっと大きな建造物が眼前に建っていた。
木製の扉は深い飴色をしており、ニコの三倍はあろうかという高さでアーチを描いている。両開きの扉は片方だけでもニコの力では開けられそうにもなかった。
「自動ドアだよ」
ムヌーグが扉の前に立つと、威容をたたえた木製の大扉は内側へ恭しく開いた。
「うわあ……」
開かれた扉の正面の壁は、一面のステンドグラス。夕暮れの赤色と、外から入り込む街灯の光によってモザイク模様になってなお、その巨大なオブジェはニコの注意力を全て奪うには十分すぎた。
部屋自体も、元が教会であったためだろう、特別広い。環状道路に面する姿からは分からなかったが、その部屋は入口から奥に向かって広い作りのようだった。備え付けの長椅子はオーインクも座れるように前後に十分な幅が設けられている。にも関わらずその長椅子が優に二十以上は並べられているのだ。
「それじゃあ、ちょっと話をつけてくる」
顎髭を撫でながら、モルーギは二人を置いて奥の方にいる人影の方に向かって歩いていった。
暗がりで人影の正体は分からなかったが、オーインクらしい姿形ではないので、別の亜人か、あるいは人間なのだろうとニコは思った。
「ここの管理者だよ。羊の亜人、シーピープだ。この町では珍しい亜人種だな」
「珍しいの?」
「ああ。オーインクとシーピープ、それとビーノタロスはあまり種族間の仲が良くない。だから、オーインクの支配する町には残り二種の亜人はあまり接しない、住まないっていうのが暗黙の了解みたいなところがある」
「変人ってこと?」
「変わってることに間違いはないだろうな」
そんな事を話しているうちに話が済んだのか、モルーギがこちらへ来いと手招きをした。
「どうやら、話はついたようだな」
ムヌーグは自然とニコの手を取って歩く。妙な気恥ずかしさの出たニコがそれを振りほどこうとしても、その手は離れない。
「ああ、一応、人間が逃げないようにするのがルールでな」
「逃げないよ」
「ポーズだけでも取っておかないといけないんだよ、我慢しな」
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