第15話 町の大きさにニコは唖然とした

 黄昏時。

 ある者は帰路に着き、ある者は労働の疲れを癒しに食事処へと、あるいは共同浴場へと向かう時間。

 昼と夜の間を揺らめく夕刻は、顔の輪郭を曖昧にする。誰一人として、通りを行く人の顔をまじまじと眺めはしない。まして通りはオーインク用に作られた大路ばかりである。人種によって体型に違いこそあっても、その多様さゆえに誰か特定の者を見つけようなどという酔狂を起こさなかった。

「つまり、こうしてお前を挟んで歩けば、誰もお前がお尋ね者だなどと分かる者もいないってことだな」

 モルーギが紫煙を薫らせながら言った。

 老翁の家は町の端でも割合中央に近い場所にあった。この町は、ロ=ロルやその他オーインクの名家の居住区を中心として放射状に大路が伸びている。外縁に巡らされたコンクリートの壁と名家の居住区の中心までを半径としたとき、モルーギの住まいはちょうどその半径を二等分する辺りにある。

 ニコを挟むようにして、三人が大路を横一列で歩く。

 それでも大路の横幅を占有しないのは、オーインクが四人並んでも大丈夫なほどに横幅が作られているからだ。花屋や雑貨店が露店らしく道にせり出していてもなお余裕があった。

 追いかけられていたときには全く周りを見る余裕がなかったニコだったが、二人の亜人に両脇を守られていると感じると、その町のスケールの大きさに唖然としつつキョロキョロと辺りを見回した。

「ロ=ロルの家なら居住区の反対側だから心配ないぞ。それに今はモルーギ翁もいるからな、もし見つかったとしても言いくるめられる」

「ムヌーグ嬢は昔よりも鼻が鈍くなったか?こいつは今、目に映るものが全てもの珍しいだけだ」

「分かってるよ、翁。ニコののぼせた頭が冷えた後に変な心配が湧き上がる前に言ったんだ」

「それこそ湧き上がってから言えばいいだろ」

 煙をゆっくりと空に向かって吐きながら、モルーギは横目にニコを見た。

 口を半開きにして大路の喧騒に目をやる。オーインクの支配する土地だからと言って、他の亜人が全然いないというわけではない。今の時間帯は特に夜行性の亜人が活発に動き始める時間帯でもあり、往来が激しかった。

 モルーギの薫らせる煙草は道行く人の顔をしかめさせる。薬品のような臭いのするその煙草は、亜人によって好き嫌いが激しい。モルーギがそれをわざわざ吸いながら歩いているのは、ニコの匂いを周囲に勘づかせない目的もあった。

「ねえ、ムヌーグ」

「どうした、ニコ」

 ニコが衣服の袖を引っ張ると、ムヌーグはそれを振り払った。代わりにその華奢な手首を握り返す。

「地下遺跡はどこにあるの?何だか、町の中央の方へ向かっているようだけど」

「ああ、地下遺跡は町の中央、オーインクたちの居住区の下にある」

「えっ!?それじゃあ……」

 ロ=ロルの部下に見つかったらおしまいじゃあないか、と言おうとしたニコの口は、手首を握っていたムヌーグの手に押さえられた。

「とは言っても、遺跡へ続く階段は居住区の一番外側だ。領民館があってな、そこから中に入れる」

「どうやって入るの?」

「そりゃあ、普通に入るに決まってるだろ」

 モルーギ翁があっけらかんと答えた。

「だって、そんなに近い場所ならオーインクの見張りとかがいるんじゃないの?」

「確かに番兵はいるかも知れんがな、まあお前が心配するようなことは起きん。心配するだけ無駄無駄」

「と言う訳だ、ニコ。何も気にせず私たちと一緒に来ればいい」

 二人の歩調に合わせて、ニコは自然と早歩きになってしまう。大路の向こうは、夕闇に黒ずんだ建物と、その建物を飾るような街灯の灯りがポツポツと輝いているのみである。

 夕闇に沈んだ建物の向こうがぼんやりと光っている。きっとそこがオーインクの中でも権力のある者たちの住まう地区なのだろうことはニコにも予想がついた。

 しかし、とニコはふと疑問を抱く。

「……世界樹は、どこにあるんだ?」

「どうした?」

 ニコの口から漏れた言葉は、どうやらムヌーグには聞き取れなかったらしい。尋ねはしたものの、特にそれ以上の詮索はなかった。

 モルーギの煙草の灰が、大路にポトリと落ちただけだった。

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