第7話 ムヌーグはニコの首筋を切り裂いた
金棒を肩にかけていたオーインクのリーダーが、再びその身体に殺気を宿す。
周囲のオーインクたちもまたそれぞれに構えて、命令一つでいつでも動けるよう姿勢を整える。
「ニコ、そこを動くなよ」
ムヌーグの意識がニコに向けられたそのほんの一瞬の隙を、オーインクは見逃さなかった。
「やっちまえ!」
リーダーが金棒を振り下ろす。
その先端が、ニコの鼻先をかすめる。空圧がニコをよろめかす。
「オアアッ!」
鯨波を上げて武器を持った二人のオーインクがムヌーグへとその金棒を振り下ろす。
地面に打ちつけられた金棒は、ムヌーグのいた地面をえぐって、斜めに突き刺さった。
獣化したムヌーグは、四足の低い姿勢でその場を回避する。その初速はオーインクの振り下ろす金棒の先端よりも早く、彼女の起こす土煙は常にその軌道を通り過ぎた遥か後に舞い上がる。
オーインクは回避されるのも織り込み済みで、斜めに突き刺さった金棒をさらに深く突き刺すと、片方は強引にそれを持ち上げて地面を掘り起こした。
辺りには踏み固められたはずの道路の砂礫が巻き上がり、土煙は煙幕となって視界をシャットダウンする。
もう一つの金棒は、振り上げられた金棒によって掘り起こされてオーインクの手に戻り、ムヌーグの背中へと再び振り下ろされる。
避ける。
金棒が、オーインクの手を離れる。
飛んだ金棒は、リーダーのオーインクの下へ縦回転で向かっていく。
リーダーはそれをいとも簡単に打ち返し、ムヌーグへと迫る。
それも、避ける。
避けられた金棒は別のオーインクが手にし、回転する速度を保ったまま、再びムヌーグへと襲いかかる。
避ける、避ける。
襲いかかる砂礫、金棒、オーインクの拳、巨体。
ムヌーグはその全てを防ぐことすらせずに避けきった。彼女の軌道が尻尾と髪の毛によって銀色に描かれる。その複雑な模様は、オーインクの攻撃の多彩さの証明でもある。
彼らは、彼女に一撃でも加えようと躍起になっていた。
殺気はあっても、取り乱してはいない。統率の取れた動きは、訓練のたまもののように感じられる。複雑な思考を嫌うオーインクの、あまりに見事な高機動戦闘に、さすがのムヌーグも冷や汗を禁じ得ない。
「ひゅウッ!」
賛嘆のような息を一つ吐いて、ムヌーグがギアをさらに上げた。もはや前脚とでも呼ぶべき両腕は、彼女の理想の動きを体現するよう洗練され、それまで地面から地面へと跳ぶように移動していた軌跡は、道路を囲む建物の壁を使った立体的な軌道を描く。
その軌道はすでにオーインクの包囲網から抜け出していたものの、まだ中にはニコが残っている。彼女がギアを上げたのは、彼をその場から再び助け出すためだ。
「ベータ!」
オーインクのリーダーが叫ぶと同時に、両手足で壁に貼りついたムヌーグめがけて無手のオーインクが二人、勢いよく飛びかかってきた。
直線的な加速では、明らかにムヌーグに分がある。苦し紛れかと避けたムヌーグは、しかしその身体を強張らせた。
避けようとしたその直線上に、金棒が投げ込まれていたのだ。
飛びかかってきた無手のオーインクはフェイクであり、また目くらましでもあった。土煙の中から投げられた金棒を寸でのところで避けられたのは、ムヌーグの嗅覚と戦闘経験によって培われた勘の賜物だ。
「っぶな!」
金棒に対応すれば今度はフェイクだった二人のオーインクが目と鼻の先に迫ってくる。本当に、よく連携の取られた小隊だと感心するが、だからと言って簡単にやられるほどムヌーグは弱くもなかった。
銀色の髪と尻尾をたなびかせて、疾風、ムヌーグは土煙の中にあるニコの匂いへと一直線に突き進んだ。
――シュカッ
前に伸ばしたムヌーグの左手、その爪先に何かが当たった。
「なっ、何してんだテメエ!?」
狼狽を起こしたのは、オーインクのリーダーだ。
わずかの沈黙。まるで時が止まったかのように静まりかえる周囲。戦闘で起こった土煙が、その枝道を通り抜ける風で洗われる。
ニコの首筋から、鮮血が噴き出ていた。
その場にいたオーインクの誰もが、ニコの首筋から噴き出る鮮血に言葉を失い、微動だにすることができなかった。
「じゃあな」
その動揺を見逃さず、ムヌーグはニコを連れてその場を飛んだ。
鮮血が、道路に滴る。血の臭いが、辺りに漂う。
「あ……あの犬コロ、人間を傷つけやがった……」
動揺するオーインクたちの中で、いの一番に我を取り戻したリーダーがうわ言のように呟いた。
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