第2話 銀狼は踊るように少年を連れ去った

 肩にかかった銀髪は絹のように艶めき、逆光の中、流れるように輝いていた。

 大柄の男が振り下ろした拳を片手で受け止めたその人物の銀髪は、微風をそっと受け止めてさらり流れた。

「何があったか知らないが、大の男が寄って集って子ども一人を追い立てるなんて、正気の沙汰とは思えないね」

 先駆けの大男に追いついて、桃色がかった肌の男たちが次々と集まってきた。

「そこをどけ、女。今なら許してやる」

 先駆けの大男の言葉に呼応して、男たちの数人が回り込むように少年を捕らえようとした。

「ひっ!」

 銀髪の女性の後ろで我を忘れていた少年は、自分の置かれている状況を思い出して、再び立ち上がろうとする。地面をかいて足を屈伸し、尻もちをついたままで後ずさるものの、その歩みとも言えない動きは遅々として鈍い。

「許す?それは私を?それともこの少年を?」

「何言ってんだテメエ?」

 大柄の男たちは煩雑な思考を嫌った。頭を働かせるよりも、暴力に物を言わせて全てを解決してきたような印象である。それは先駆けの大男だけではなく、その後方に追いついてきた者たちも同じようだ。

 銀髪の女性は大男の腕を振り払うと、わずかに後ずさった。少年の側に寄りそい回り込む大男を牽制するつもりだったが、銀髪の女性がジリジリと間合いを確かめている間にすっかり取り囲まれてしまった。

「この状況でまだナマ言えんのか?」

 腕をいなされた先駆けの大男が拳をさすりながら口の端を引き上げた。唇の間から覗く鈍い牙は、乳白色に黄ばんでいる。

「この状況?」

 不敵に笑う大男に対して、銀髪の女性は片眉をわずかに釣り上げるだけだ。

「木偶の坊に取り囲まれるのを危険と感じるほど愚かじゃあない」

 安い挑発だったが、効果はてき面。大男たちは揃ってこめかみに青筋を立てて、その丸太のような腕を一斉に振り上げた。

「だったらそのガキと一緒にくたばれや!」

 木偶の坊と挑発するものの、大柄の男たちの質量はかなりのものだ。

 片足の少年と銀髪の女性を取り囲む大男たちがその輪を狭めて襲いかかる。

「だから木偶の坊だって言ってるんだよ」

 振り上げた拳は鳥かごのように二人を閉じ込める。しかもその鳥かごは鉄柵を勢いつけてひしゃげさせて中の鳥を潰そうとする、殺すための鳥かごだ。普通ならば、逃げられない。

 しかし、銀髪の女性は少年の首を引っ掴んだかと思うと、次の瞬間には蝶のようにひらりとその振り下ろされた拳を躱した。

「なっ、んだと!?」

 少年を掴みながら身を翻して、蝶のように、あるいは霞か湯気のように、次々襲いかかる拳を避けていく。腕に飛び乗り、懐に飛び込み、足元をかいくぐり、まるでダンスを踊るかのよう。

 避けられるはずがない。

 今度は大柄の男たちが己の思考に囚われる番だった。追い詰め、取り囲み、籠の中の鳥同然だった二人を取り逃すなどあるはずがない、あってはならない。

 そんな思考に囚われるほどに大男たちの動きは単調になる。暴力が単純な力に依存する。

「このッ!テメエ!痛ッ!コラ殴るな!!」

 ついには互いの拳で互いを傷つけあう。大男たちは混乱し、その混乱に乗じて銀髪の女性は取り囲む男の一人、その頭を蹴り飛ばして上空に飛びあがった。

 大通りに突き出た露店に張られたタープの柱にふわりと降り立つ。

「逃げんじゃねーよ!」

「降りてこい!女!」

 気づいた大男たちは口々に罵る。

「殴られるために戻るバカがいるかよ。そんなんだから木偶の坊って言ってるんだ」

 女性はそれだけ言うと、少年を小脇に抱えて建物の壁と壁の間を飛び移るように走り去った。

「ちくしょう!追え!追いかけろ!」

 先駆けの大男はそう言っていの一番に駆けだしたが、一度見失ってしまった二人を再び見つけ出すことは叶わなかった。

 飛び去り逃げる女性と少年の後方で何かがカランと落ちた音を、少年だけが上下に揺れる視界の中に聞いていた。

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