まあるい世界のつくり方
雷藤和太郎
第1話 片足の少年は銀狼に助けられた
「いたぞ!追え!」
桃色がかった肌をした大柄の男たちが大通りを駆け抜けた。
腹の突き出た男たちは、その体躯に似合わないほどに速い。猪突猛進、通りを往来するあらゆるものを弾き飛ばすようにして、彼らから逃げ出す一人の男の子を追いかけていた。
少年だった。
ボサボサの黒髪を振り乱し、しかし往来の隙間を最短距離で縫うように逃げる。魚屋の担ぐたらいをいなし、二頭立ての馬車が突っ込んでくるのを寸でのところで避け、自分の二倍はあろうかという男の股をくぐるようにして突き進む。
少年は隻脚だった。
片足であることを両手で器用にカバーして、まるで四足獣のように走り抜ける。
「はッ、はぁっ……んぐッ……はァッ」
食いしばる顎に、一本の木の枝が咥えられていた。
表面は滑らかで、姿形は木製の小太刀を思わせる。片方の先端には突起に赤い宝石がはめ込まれており、もう片方は彫られた溝が模様を描いていた。
乱れた呼吸に口の端からよだれが垂れる。薄汚れた前腕で拭いながら、少年は走り続けた。
「この町から出すなッ!」
「ミキサーに投げ込んでやるッ!」
追跡劇に周囲の者たちが視線を送る。ある者は振り返り、またある者は大柄の男に突き飛ばされて尻もちをつきながら、その様子を見つめている。
徐々に距離は縮まっていく。
少年がどれほど必死に逃げようとも、隻脚な上、口に物を咥えた状態で走り続けるのは不自然に過ぎた。腹の突き出た大柄な男たちの周囲を顧みぬ走り方もあって、彼我の距離はジリジリと狭まる。むしろよくその距離を保っていると周囲の者が感心するほどだ。
走り続ける少年が追いかける大柄の男たちとの距離を確認しようと後方を振り返ったその刹那、大通りに面した生花店の花壇に足をとられてしまった。
「――ッ!?」
言葉にならない呻き声を発しながら、少年は前のめりに転ぶ。勢い余って前転し、両腕で受け身をとるも失速は免れず、そのわずかな一瞬で男たちとの距離は一気に縮まった。
猛然と迫る大男たち。
後ろを振り返った少年は後ずさるように立ち上がろうとしたものの、片足だけでは即座に立ち上がることもできなかった。あれほど器用に片足と両腕で大通りを走り抜けていたにも関わらずそれができなかったのは、一つには恐怖の感情に囚われたこともあっただろう。
もう一つは、少年が立ち上がろうとするその時に、首根っこを掴まれてグイと引き投げられたからでもある。
「うぐえっ!」
驚きの声は、掴み引かれた服の首回りで絞められて、潰されてしまった。
それでも、口に咥えた木製の小太刀を離すことはなかった。
尻もちをつきながら見上げる少年の前に現れた、追跡者との間に割って入るように立った者。
「何だァ、テメェ!?」
先駆けを務める大柄の男が、少年をかばうように立ちふさがった者に拳を振り上げる。
振り下ろす。
猛進の勢いも、振り下ろす拳の勢いも全て殺して、その者はなお悠然と彼我の間に割って立っていた。
「大丈夫か、少年」
その声は、清らかな泉のように、澄んでいた。
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