第五話

 翌日、ダベンポートはリリィの作ってくれた特製雷鳥サンドウィッチを持ってジェームズのところを訪れた。時間は午後の三時頃。ちょうど漁が終わった時間だ。

 海の向こうからシャーロットの小さい頭と白いマリー・アントワネット号がハーバーに戻ってくるのが見える。

「おーい、ジェームズ君!」

 ダベンポートはハーバーで馬車から降りると船に向かって大きく手を振った。

 船の上でもダベンポートの姿を認めたのか、ジェームズが脱いだハンティングキャップを大きく振る。

…………


 ジェームズは下船してくると、ダベンポートと共に近くのベンチに移動した。シャーロットが遊んでいる姿を見られるようにとジェームズが設置したものだ。

「アウッ、アウッ!」

 ジェームズの他にも観客がいるのが嬉しいのか、シャーロットは意味もなく手を叩いたり身体を左右に大きく振ったりして大騒ぎしている。水に飛び込んでは筏に乗り直し、忙しない事おびただしい。

 バシャバシャと騒がしいシャーロットを見ながら、ダベンポートはジェームズにサンドウィッチを手渡した。

「海から帰ってきて腹が減っただろう。リリィが雷鳥でサンドウィッチを作ってくれたよ」

「雷鳥! それは豪華だ」

 早速、いただきますと言いながら包みを開けるジェームズに、ダベンポートは例の丸い陶器を見せた。

「ところでこれなんだがね、正体がわかったよ」

 丸い陶器を二人の間に置く。

「なんなんです?」

 モグモグしながらジェームズはダベンポートに訊ねた。

「爆弾だ」

「爆弾!」

 驚いたようにジェームズが眉を上げる。

「水中音響爆弾とでも言うのかな、威力は大した事はないらしい。水を爆薬がわりにして爆裂するようだよ」

「でも、水なんかでそんなことできるものなんですか?」

 ジェームズは若干疑わしげだ。

「高速で加熱すればできるね。水蒸気ってのは元の体積の千七百倍にもなるものなんだ。この陶器にはあっという間に超高熱になる東洋の魔法が仕掛けられていた。八分の一のモデルが爆発するのを魔法院で見たんだが、なかなかの見ものだったよ。このサイズだともっと大きな衝撃波を発生させられるだろう」

「でも、そんな物をどうして?」

「さてね」

 とダベンポートはジェームズに言った。

「ともあれ誰かが君の漁場を荒らしている事だけは確かだ。それも夜に。ところでジェームズ君、今晩マリー・アントワネット号を出す事はできないかい?」

「出せますよ。まだ燃料は半分以上ある」

「じゃあここは一つ夜の遊覧と洒落込もうじゃないか。どんな奴らがなんのために爆弾をばら撒いているのか見てみよう」

「それなら屋敷に言って、少し早い夕食を準備させましょう。昨日雷鳥をお食べになったんなら今日は羊のステーキなんていかがですか?」

「やあ、それはいいね。ご馳走になろう」


+ + +


 ミスティル家の料理長シェフの腕は確かだった。マトンのステーキにはバルサミコ酢と粒マスタードのソースが添えられていたのだが、それが羊の香りをうまく引き立たせている。添えられた隣国風の生野菜のサラダも羊に良く合っていた。

(うむ、これはうまい。一つシェフにレシピを書いてもらおう。リリィもきっと喜ぶに違いない……)

「ああ、すまないが……」

「はい」

 ダベンポートは背後のパーラーメイドを呼び寄せると、シェフにレシピを書いてくれるようにと伝言をお願いした。シェフにとってレシピを求められるのは最高の栄誉だ。断られる訳がない。

 周囲のメイド達に見咎められないようにしながら、ダベンポートはポケットから懐中時計を取り出して時間を確かめた。今は九時。今日、リリィには遅くなると言ってある。リリィはおそらくキキと一緒に食事を摂っていることだろう。

「ところでリリィさんはどうしていますか?」

 ナプキンで上品に口を拭いながらジェームズはダベンポートに訊ねた。メイドにそのような気遣いを見せるのはジェームズの父親の世代、ミスティル卿アール・ミスティルの世代から見れば考えられないことだろう。あの世代の貴族達はメイドを什器の一部と考えているフシがある。その点、ジェームズは進歩的でダベンポートから見ると大変に好ましい。

「最近、ひょっとしたことから猫が家族に加わってね」

 ダベンポートはジェームズに微笑んだ。

「キキと言うんだが、歌をうたうんだよ。今日リリィはその猫と留守番だ」

「へえ、猫を」

「長毛の黒い猫なんだけどね、人懐っこくてなかなか可愛い」

「へえ。おクスリを調合したんじゃないですか?」

 ジェームズが悪戯っぽく笑う。

「前の飼い主は少々おクスリを与えていたようだが、今はシラフだよ。それでもたまに窓際で何やら歌っているところを見ると、よほど歌うのが好きらしい。リリィと同じだな」

「へえ、いつか合唱を聞いてみたいものですね」

「ああ。相談してみる……」

 ダベンポートはナプキンを折りたたむと席を立った。

「さて、ジェームズ君、そろそろ行くかね。船を出す頃合いだ」

…………


 ダベンポートはジェームズと一緒にブリッジに上がると、船を南に入江に向かわせるようにお願いした。

 シャーロットはハーバーに作った家の中に閉じ込めてある。一緒に付いてくると危ないかも知れない。

「ジェームズ君、船をいつも漁をしている南の入江に向けてくれ。あと舷灯は消した方がいいな。出来る限り目立たないように接近するんだ」

「半速前進」

「半速前進、アイ」

 カランッ、カランッ、カランッ……

 キャプテンがブリッジの左手に下がった大きなベルを鳴らす。

 マリー・アントワネット号はエンジン音を低くすると、まるで這い寄るように入江へと入って行った。

「…………」

 暗がりの中でダベンポートとジェームズが水面みなもに目を凝らす。


 ズンッ……


 不意に行方に水柱が上がる。

「船を停めろ」

「停船」

 ジェームズは隣のキャプテンに声を掛けた。

「停船、アイ」

 マリー・アントワネット号が音も立てずにシュナイダープロペラの推進を逆転させ、船体をその場に停止させる。

 ダベンポートとジェームズはすぐに大きな双眼鏡を取り出すと周囲を探り始めた。

 月明かりが明るい。

 晴天の空に輝く月に照らされた海面はまるで絵画のようだ。

 その一点に、黒くシミのような船体が見える。黒く塗った、小さな船だ。船体のサイズはおそらくマリー・アントワネット号と同じくらいだろう。

 ドゥンッ……ズンッ、ズンッ

 再び爆音が轟いた。

 黒い船が走り出している。

 船は何かを両舷から散布していた。

「爆弾だ」

 ジェームズが唸る。

「なんて事を……」

 黒い船が走り、その背後に水柱が上がる。すぐに、おびただしい数の銀色の切片が海面に浮き上がる。

「魚だ」

 ジェームズは呻いた。

「あいつら、爆発漁法をしているんだ」

 暗がりからもう二隻、黒い船が現れた。今度の船はマリー・アントワネット号よりもずっと大きい。

「あの船は魚を集めているようだな」

 ダベンポートはジェームズに言った。

 両方の船の間にはどうやら網が張られているらしい。魚を集めるにつれ、船の速度が徐々に遅くなる。

「あんな事をされたら、このあたりの魚が根こそぎにされてしまう」

「ああ」

 ダベンポートは頷いた。

「ジェームズ君、今日のところは引き上げよう。爆弾には爆弾をだ。対策を相談した方がいい」

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