第四話
翌日ウェイン教授のところを訪れると、例の陶器製の球体は二つに増えていた。
だが、一つはひどく小さい。ダベンポートが預けたものの半分くらいの大きさだ。両方とも赤い紙で封が施されている。
「やあダベンポート君」
茶色いツイードに身を包んだウェイン教授が椅子を回して立ち上がる。
「ちょっと、散歩にでも行くかね?」
「はい」
ウェイン教授はテーブルに置かれた丸い陶器の小さい方をポケットに入れるとダベンポートの先に立って歩き出した。
…………
魔法院の敷地は広い。中には小川が流れ、池もある。
ウェイン教授は池のほとりに作られたベンチに座るとダベンポートに隣に座るように促した。
「うちにちょうどいい小瓶があったのでね、試作してみたよ。体積は八分の一だから破壊力も約八分の一になるはずだ」
赤い封が施された小瓶をダベンポートの手のひらに載せる。
ダベンポートはまじまじとその小瓶を眺めてみた。どうやら中には液体が入っているらしい。揺れると微かに音がする。
「なに、単なる水だ。気にする事はない」
ウェイン教授がダベンポートに言う。
見たところ、単なる小瓶だ。東洋風の赤い紙が瓶の口に貼り付けられているが、他にはこれといった特徴はない。
「いやしかし、これは面白い爆弾だねえ。水を爆薬に使った爆弾は初めて見たよ」
「水を、爆薬に?」
ダベンポートが聞き返す。
「君、水蒸気爆発って知っているだろう?」
ウェイン教授の方がダベンポートよりも背が低い。ウェイン教授は丸眼鏡を反射させながらダベンポートの顔を覗き込んだ。
「火山などが爆発的に噴火する、あれですか?」
「うむ。この爆弾はその水蒸気爆発を利用しているようだよ」
ウェイン教授はダベンポートの手のひらの上の小瓶を指差した。
「東洋にはね、詠唱時間短縮の技術があるんだ。ほら、君がたまに使っている高速圧縮詠唱と同じ理屈だ」
「詠唱時間短縮……」
ウェイン教授の説明はあちこちに話が飛ぶので判りにくい。
「その爆弾はね、詠唱時間を圧縮して、一瞬でその瓶を超高温にするんだよ」
「超高温……」
そんなものを手のひらに載せていて大丈夫なのか?
「我々の使っている言語は基本的には話す音を写し取る。これに対して東洋の言語は意味を写し取るんだ。そのため、一つの単語に込めることができる内容は我々の言語の比ではない」
ウェイン教授はポケットからパイプを取り出すとボウルに刻みタバコを詰め始めた。
「起動も変わっていてね……。我々の魔法が起動式を使うのに対し、彼らは術に使うエレメントそのものを使う。例えば爆轟呪文だったら火を使うとか、ね」
「エレメントそのものを起動に使う……」
どうやら魔法体系が根本的に違うようだ。
「まあ、使うマナは変わらない。そこらへんに漂っているマナを魔力として使うことについては我々の技術と同じだ。もっとも、彼らはマナのことを
教授はパイプにマッチで火を点けると、二、三回大きく吸って火を安定させた。
「……まあ、やって見せようかね。ダベンポート君、ちょっとそれを貸してくれたまえ」
「はい」
ウェイン教授が重さを確かめるように何回か手のひらで小瓶を弾ませる。
つと、教授はパイプの火を小瓶の底に押し付けた。
「これで、起動」
すぐさま目の前の池の中に小瓶を投げ込む。
「そして爆発」
ドゥンッ
衝撃音と共に池の中に小さな水柱が立つ。
舞い上がった水が辺りに霧のように立ち込め、ダベンポートの黒い制服を微かに濡らす。
水中を走る衝撃波に池の鯉が失神して腹を見せる。
「これで、八分の一……」
「まあ、水中での話だよ」
ウェイン教授は微笑んだ。
「水圧があるからこれだけの音になるんだ。これは戦場では使えんわな。地上ではせいぜいが飛び散った陶器の破片で怪我をする程度だ。殺傷力は期待できん。君の言う通り、この爆弾はどうやら出来損ないのようだ」
…………
(殺傷力は期待できない、か)
魔法院からの帰り道、ダベンポートは教授から受け取った完成品の蒸気爆弾を手で弄びながら考えていた。
(だが、シャーロットがこれで遊んでいたと言う事は、海中には同じものがゴロゴロしているんだろう。誰かがこれを海に撒いているんだ)
考えながら門をくぐり、ドアを開ける。
カラン、カラン……
ドアベルが涼やかな音を立てる。
「おかえりなさいませ、旦那様」
その音を聞きつけ、すぐにリリィがキッチンから上がってくる。
「ただいまリリィ」
ダベンポートは考えを切り替えると、リリィにコートを脱ぐのを手伝ってもらった。
「旦那様、それはどうなさったんですか? この前の陶器が可愛くなってます。やっぱり花瓶だったんですか?」
リリィはダベンポートが手にした蒸気爆弾に目を輝かせる。
「ああ、欲しければあげよう。爆弾だ」
ダベンポートは気軽に蒸気爆弾をリリィに渡した。
「ば、爆弾?!」
リリィが怯えた顔をする。爆弾を渡されてどうしていいのか判らない様子だ。
「底に火を押し当てなければ起爆する事はない。そうだ、暴漢避けに一つ持っておくといい。これで人が死ぬ事はないそうだからちょうどいいかも知れん」
…………
夕食は雷鳥のローストだった。なんでも近所のスコットが狩猟に出かけて雷鳥を仕留めて来たらしい。リリィはそのうちの一羽を貰うと中にフォアグラを詰めたローストに仕上げた。外にはベーコンが巻かれ、塩気と香味もちょうど良い。
「雷鳥とは豪勢だね」
上手にロゼ色に焼かれたローストに舌鼓を打ちながらダベンポートがリリィに言う。
キキも塩気が少ない部分をお裾分けしてもらってご満悦だ。ここまでゴロゴロ喉を鳴らしている声が聞こえる。
「ラッキーでした。ちょうどスコットさんが狩りからお帰りになった時に居合わせたんです」
リリィはおかわりのローストをダベンポートのお皿に乗せながら頰を紅潮させた。
「雷鳥なんて滅多に食べられないから遠慮せずにもらっちゃいました」
「しかし、雷鳥っていうのは思ったよりも大きい鳥なんだね。二人では少し余らせそうだ」
「そうですね。じゃあ明日のランチは雷鳥のサンドウィッチにしましょうか」
「ああ、いい考えだ……待てよ」
とダベンポートは少し考えた。
「そのサンドウィッチを二人分作る事はできるかい? もちろんリリィの分は別にしてだ。明日ちょっとジェームズのところに行こうと思っていてね、お土産にはちょうど良さそうだ」
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