第三話

 数日後、ジェームズは再びダベンポートの家を訪れていた。

「シャーロットが海の底から拾ってきたんです」

 そう言いながら陶器と思われる球体をダベンポートに差し出す。

「見た感じ、マジック・アイテムに見えるんです」

「マジック・アイテム? それは穏やかじゃないな」

 ダベンポートは片眉をあげると、受け取った球体を手の中でクルクルと回してみた。

「底の部分を見てください。ほら、そこに魔法陣があるでしょう?」

「ああ、確かに」

 トントントン。

 ノックの音。

「お茶をどうぞ」

 と、リリィがリビングに入ってきた。

「今日はお天気が良いのでオレンジ・ペコーです」

 そう言いながらティーカップとソーサーをジェームズとダベンポートの前に並べる。

「やあ、ありがとうリリィ」

 ふと、リリィはダベンポートが手にした陶器の球体に興味を引かれたようだ。

「まあ、アンティークの花瓶ですか?」

 リリィは両手を口の前で合わせた。

「花瓶?」

「だってほら」──と先端を指差す──「そこに穴が空いています。わたしはてっきり一輪挿しかと」

「いや、リリィ、残念ながらこれはそんなロマンチックなものではなさそうだよ。マジック・アイテムのようだ」

「まあ……でも、何なのですか。形は可愛いですけど」

「どうやらそれを突き止めるのが僕の仕事のようだ」

 意味ありげにジェームズを見る。

「はい、もしお願いできれば」

 ジェームズは頷いた。

「どうやら何個も沈んでいるようなんです。割れたものもあります。シャーロットが興味を持ってしまって、よくそれで遊んでいるんですよ。妙な事にならないうちになんとかしたいと思いまして」

…………


 手のひらほどの大きさの陶器の球体はなるほど奇妙な物体だった。中は中空、形はほぼ真球に近い。魔法陣の描かれた底面の反対側には小指ほどの太さの穴が空いている。

(まあ、確かに花瓶に見えなくもないよな)

 書斎で球体を矯めつ眇めつしながら、ダベンポートは考えていた。

 問題は球の底に描かれた魔法陣だった。

(流石にこれは僕にも読めない……)

 その魔法陣は東洋の言葉で描かれていた。ルーン文字のようにも見えるがもっと複雑な、模様にしか見えない文字。それに、魔法陣の記述法も違いそうだ。

領域リームが妙に複雑だ……)

 ダベンポートはペン立てから細い薬さじを一本取り出すと、瓦斯燈ガスランプの明かりにかざしながら中を掻き取ってみた。

(ふむ、中には何も入っていないのか……)

 ダベンポートは薬さじの先を確かめてからペン立てに戻した。

(こうなると、同じものがもう何個か欲しいな。ジェームズ坊やにお願いしてみるか)

「リリィ?」

 ダベンポートはキッチンにいるリリィに声をかけた。

「はい、旦那様」

 すぐにリリィが上がってくる。キキもリリィと一緒だ。リリィの長いスカートの中から毛ばたきのような尻尾がはみ出ている。

「リリィ、明日朝イチでジェームズ坊やにテレグラムを打ってくれるかい? 文面は『シキュウ。ツイカデ 4ツ キュウタイヲ チョウタツ サレタシ ダベンポート』でいいだろう。これで意味は通じるはずだ』


 追加の球体は翌々日小包で届いた。全部で四つ。気の効く事に破片も二つほど同梱されている。

 どれも白い陶器でできている。さほど高級な陶器ではないようだ。陶器の断面は分厚く、茶色かった。

「ふむ」

 翌日、ダベンポートはそのうちの一つを魔法院に持参した。自席に荷物を置き、その足で教授たちが居並ぶ上層の階へと向かう。

「ウェイン教授?」

 ダベンポートは三階の扉の一つを叩いた。

 この扉だけ周囲の扉と異なり、外には『福』という漢字を逆さまにしたお札が貼り付けらえている。

 魔法院では東洋の魔法の研究も行なっている。ウェイン教授はその東洋の研究の大家だ。単身東洋に渡り、長い事現地で研究を進めていたが、最近王国に帰ってきた。専門は爆轟魔法。趣味なのか、あるいは予算の都合なのか、ウェイン教授は軍事転用可能な技術ばかりを研究している。

「どうぞ」

 すぐに中から返事がする。

「おはようございます」

 ダベンポートは扉を開けた。

「ダベンポート君、これはこれは」

 椅子を回してこちらに向いたウェイン教授は両手を広げて歓迎の意を表した。

「今日はいい日だねえ。天気が良いと胸がすくよ」

 王国は基本的には曇天だ。このように晴天が続くのは確かに稀だ。

「ええ、本当に」

 教授の向かいの小さなスツールに座りながらダベンポートは頷いた。

「だが、君がここに来たって事は胸がすく話ではなさそうだねえ」

 眼鏡の向こうでウェイン教授が目を眇める。

 ウェイン教授に用事があるのは基本的に不吉な用事に限られる。明るい話をダベンポートが持ってきた事はない。

「実は」

 ダベンポートは持ってきた箱を開けて中身をウェイン教授に見せた。

「これの鑑定をお願いしたいのです」

「ふむ?」

 教授が眼鏡の鉉に左手をやりながら箱の中身を覗き込む。

「手に取ってもいいかね?」

「もちろん」

「では」

 教授は箱から球体を取り出した。球体をぐるぐると回し、周囲から観察する。

「……これは、爆弾、かね?」

「判りません」

 ダベンポートは首を振った。

「ただ、底の部分に魔法陣があります。おそらく東洋の魔法陣です。なので、手がかりがあればと思ったのですが」

「ん?」

 ウェイン教授が球体を回して底を見つめる。

「ふむ、『爆了』、とあるね。なるほど、これは爆弾だよ」

 事もなげにウェイン教授はダベンポートに言った。

「しかし、中に火薬のようなものは見当たりませんでした。知り合いから預かったのですが、どうやらこのようなものが海中にはゴロゴロしているようです。もしこれが爆弾だとしたら少々出来損ないですな。不発が多すぎる」

「これの封印はなかったかね? 大概は赤い紙か、布だが」

「少なくとも僕の手元には届いていません」

「ふーむ、火・水・木・金・土、五行の陣が組まれておるな。うむ、面白い。起爆は簡単だが、さて何を爆薬にしているのか」

「お願いしてもいいですか?」

 ダベンポートはウェイン教授に訊ねた。

「ああ。これは面白い。最近は戦争もないからどうにもヒマでね。ちょっと調べてみよう。明日また来なさい。おそらく面白い話ができると思うよ」

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