第六話

「ジェームズ、君のうちにアームストロング砲はないかね?」

 ハーバーから屋敷に帰る折、ダベンポートはジェームズに訊ねた。

「アームストロング砲ですか?」

 ジェームズが少し考える。

「あるかも知れませんね。そういえば小さな大砲をうまやで見たことがある」

「ちょっと明日の朝、探してみてくれないか? アームストロング砲があると大いに助かる。僕はこれから知り合いに連絡して、その砲を君の船に取り付ける方策を相談してみるよ」

…………


 翌朝ダベンポートがミスティル邸に着いた時にはすでに厩からアームストロング砲が発掘されていた。十二ポンドの野戦砲。船で運用するには手軽なタイプだ。

「ああ、これならちょうどいいな」

 厩の前で埃を落とされたアームストロング砲を見ながらダベンポートが頷く。

「でも、これを僕の船に括りつけるんですか? ちょっと凶暴すぎやしません?」

 ジェームズは少し不安そうな様子だ。

「確かにシュナイダーを装備した時に舵は取ってしまったし、機関室も整理したからスペースがあるといえばあるんですが、でも本当にいいのかなあ?」

「問題ないだろう。自分の漁場で密漁なんてされたらそれこそ死活問題だ。ここは一つ、あの連中の船を沈めてしまおうじゃないか」

「いいのかなあ……」

「フフ、ジェームズ君、君は少々育ちが良すぎるね。こういう時は徹底的に相手を叩き潰すのが戦争の定石だよ」

 ダベンポートはそう言うと、何かに耳を澄ますかのように首を傾けた。

「……ああ、来てくれたようだ。時間通りだ」

 プップー……

 屋敷に繋がる斜面の下から蒸気自動車のクラクションが鳴る。

 坂道を登ってきたのは濃緑色の蒸気自動車を運転するクレール男爵夫人バロネス・クレールとメイド長のミセス・クラレンツァだった。

「奥様、あー、奥様!」

 カーブを曲がる度に自動車にしがみつくミセス・クラレンツァが悲鳴を上げる。

「イヴリン、楽しくなくて?」

 クレール夫人は笑い声を上げていた。

「奥様、私は死んでしまいます!」

 黒いメイド服のミセス・クラレンツァが再び悲鳴を上げる。その顔は蒼白で本当に死んでしまいそうだ。

 クレール夫人は最後のコーナーを華麗に曲がると、緑色の蒸気自動車をダベンポートとジェームズの前に停めた。

「ジェームズ様、お初にお目にかかります。クレール男爵夫人です」

 豪奢なワインレッドのドレスのスカートの両側を摘み、膝を曲げてお辞儀をする。正式なカーテシーの挨拶だ。

「ダベンポート様もお久しぶりですわ」

 クレール夫人は優雅な仕草でダベンポートと握手を交わした。

「こちらはミセス・クラレンツァ。当家の婦長メイド長兼私のお目付役ですの」

 扇子で口元を隠しながらほほほと笑う。

「で、何ですの? 私にお願いしたいことって。何やらとっても面白いプロジェクトだと伺っているのですけど。なんでも船を改造したいとか」

「実はですね、そのアームストロング砲をジェームズさんの船に据え付けたいんですよ。できれば引き出し式にしていつもは目立たないように」

 ダベンポートはぽかんとしているジェームズに説明してやった。

「こちらのクレール夫人は高名な発明家でおられる。魔法への造形も深いし、きっと良い仕事をしてくれると思うよ」

「大丈夫、お船の外観は最大限尊重しますわ。見た所改造が施されたことなどわからないように仕上げます……そうとなればこんな格好はしていられませんわね。ではちょっと失礼して」

 持ってきたトランクからカバーオールの茶色い作業服を取り出す。

「奥様、ダメです、ここで脱がれては!」

 さっさとドレスを脱ごうとするクレール夫人をミセス・クラレンツァは慌てて押しとどめた。

「あら、男の方には後ろを向いていていただけば良いじゃない?」

「そう言う問題でございません。奥様は少々自由すぎます。ジェームズ様、どこかお着替えに使えるお部屋をお借りできないでしょうか?」

「それならそこの厩の奥に居室がある。少し古い部屋だが問題はないと思いますよ。本当は屋敷にお上げしたいところですが、生憎今日は父が外出しておりまして」

 ジェームズは申し訳なさそうに厩の奥を指差した。

「問題ありません。さあ参りましょう奥様」

 ミセス・クラレンツァがクレール夫人の背中を押す。

「イヴリン、私は別に……」

 いつもどこかおおらかなクレール夫人はマダム・クラレンツァに押されながらバタバタと厩の中に入って行った。


 賑やかな二人がいなくなると急に周囲が静かになる。

 二人のドタバタを呆然と眺めていたジェームズは急に我に返るとダベンポートに言った。

「しかし、漁船が火砲を装備するなんて前代未聞じゃないですか?」

「いやあ、東の方で暴れている貿易会社の外輪船はもっと重武装だよ。それに比べたらこんなもの可愛いものさ」

「良いのかなあ……」


 クレール夫人の着替えが終わったのち、アームストロング砲を牽引するクレール夫人の車に乗って四人はマリー・アントワネット号の停泊しているハーバーに向かった。

「まあ、可愛い船ね!」

 クレール夫人が歓声を上げる。

「あの船尾は遊んでいるみたいだから、そこにアームストロング砲を押し込みましょう。ジェームズさん、この船の図面をお見せいただけますか?」

 四人はぞろぞろとキャビンに上がると、広げたマリー・アントワネット号の図面を調べ始めた。

「あら、素敵。この船には電気がきているのね。それだったら改造は楽だわ。ここに書き込んでも?」

「ええ、構いませんよ。それは写しコピーですから」

「ここに電気で可動するハッチをつけましょう。アームストロング砲はその下ね。ハッチが開いたら砲がせり出してくる機構が良さそう。その機構を使えば射撃仰角の調整にも使えそうだし」

「クレール夫人、爆炎避けブラスト・ディフューザーは?」

「確かに船内に硝煙が吹き込むのは感心しないわね。上に逃がしましょう……」

 ジェームズにはダベンポートとクレール夫人の話していることは半分くらいしか判らない。だが、明らかに禍々しい改造が行われようとされていることだけはわかった。

「ジェームズ様、この船は三日ほどドックに入れなければいけません。人力でアームストロング砲を持ち上げるのは不可能ですから。私はすぐに一度帰って可動式の砲架を工房に作らせます。三日後に部品を持ち寄って組み立てると言う算段でいかがですか?」

 いつもぽやっとしているのに、こう言う時だけクレール夫人は手回しが良かった。喋りながらもう後部ハッチの設計を始めている。

「はい、それで結構です」

 ジェームズは頷いた。

「うわー、ワクワクする。武装漁船なんて女のロマンだわ〜」

 クレール夫人は頰を紅潮させると、まるで少女のように両手を組んで宙を見上げた。

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