落下

 不意の声に驚いて、手元がぶれます。


 あたしの投げたナイフは狙っていた軌道からはずれ、問題の木の実の側面をかすって幹に突き刺さりました。


「オシイ」


 また声がします。


 おそるおそる声のした方に顔を向けると、今朝のピンクのスライムが肩に乗っていました。


「ひやあああ!」


 あたしは思わず手を木から離しました。


 すると、どうなると思いますか?


 そうですね。あたしはバランスを崩して枝の上から足を踏み外しました。あとは、ただ落ちていくだけ。


 あたしの頭の中に色々な思い出が蘇ります。


 無鉄砲に孤児院を飛び出した日のこと、野良猫から食べ物を盗んで飢えをしのいだこと、盗みを教えてくれたいつかの頭領さんの背中、雇われた国から敵国の機密を盗んだり、その情報を敵国に売ったりして恨みを買った日々、砂漠の城の牢に入れられていたあたしのもとに新入りの罪人として勇者さんがやってきた日……。


 ああ、どうせ命を落とすなら、もっと感動的な場面が良かった。身を呈して勇者さんを守ったりして末代まで語りつがれるような最後が良かった。


 まさか、誰も見ていないところで木の実を採ろうとして命を落とすなんて。これじゃ強欲な食いしん坊に当たるバチじゃないですか。


 こんなことなら、瀕死状態から蘇生する力を持っている神官さんを仲間に加えておくべきでした。途中まで旅をした仲間の中にもそんな人材は……。


 居ましたね。神官さんは居ました。あたしたちが強すぎて死にかけることがないせいでパーティーから解雇された彼でしたが、今になって力が必要になるとは。


 そんな後悔ももう遅い、あたしはこのまま地面にドシンと――


 ばいーん。


 効果音をつけるとしたらドシンではなくばいーんでした。


 なぜなら、地面にいた夥しい数のスライムがあたしの下敷きになったからです。


 助かりはしましたが、あたしはスライム池に落ちたショックで気を失いました。




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