3.

 午後は3時間みっちり勉強し、教室を出た。家に帰ってからはたっぷりと休憩し、あとは翌日の小テストのための勉強に時間を使う。

 帰りの電車の中で、今日の教室での「訝しい目で見られた」出来事について、僕はこんな風なことを連想した。以前観たことのある有名映画、悪魔の憑依をテーマにした作品を思い出した。悪魔が人間に取り付き、取り付かれた人間の容姿を一時的にすごくおぞましいものにしてしまうのだ。

 僕は、先ほどの「訝しい目線」をみて、自分がひょっとしたら今悪魔に取りつかれていて、恐ろしい外見になっているのかと、一瞬本気で疑った。そんなことがあるものか。僕はそんな迷信は信じない。


 家路を進み、家に入り、早速シャツを脱いで洗面器で手洗いをしようと脱衣所に入ったその時だった。脱衣所の鏡に映った自分の姿を見て、凍り付いた。

 「ぎゃー!」

 なんじゃこりゃ。か、か、髪が、ピンク色に。


 すぐに脱衣所を飛び出し、落ち着かない心を落ち着けようと自分の部屋の椅子に座った。とはいえそう簡単に冷静にはなれず、しばらくそこに座ってじっと生気が湧いてくるのを待った。


 彼は、突然に閃いた。体に電気が走ったかのようにぱっと手をあげ、勉強机においてあった電子辞書を掴んだ。

 「あ、これだ。やっぱりそうか。」

 彼は一人で何かに合点し、席を立った。


 電子辞書にて、「ラット」と調べると、その意味は様々であることが分かるが、ト読みの私が特にここでお見せしたいのが、ネズミの一種、裏切り者、髪・かつらという語意だ。主人公が仏壇で願い事をした際、恐らく、

「黒いラットを、ピンク色にしてください」

を、「黒い髪を、ピンク色にしてください」の意にも捉えられたのだろう。

 全く、これこそ言葉通り「願ってもない」できごとである。


 彼はあの後、すぐに美容院を予約し、黒染めをしてもらい、元の彼らしい様態で戻ってきた。ただひどく混乱していたのは確かで、家に帰ってきてもなお、いつもの休憩の時間に彼がしている「楽しいこと」ではなくて、どちらかというと消極的休養に近い、物思いにふける時間を過ごしていた。

 それはそれでまたマインドフルの役割を果たすかぎりでは、情趣があると筆者は考えるが、彼は、以前お世話になっていた病院で知り合った看護師の方に貰った小冊子を眺めていた。読んでいたのではなく、ただただイラストをボーと眺めていたのだろう。

 彼はその小冊子を開くことがたびたびある。そのたびに今回のようにボーとただイラストを眺めるのである。 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る