2.
仏壇でお願い事をした、翌日の朝。何とも奇妙な、信じられない事が起きた。もともと僕がお願いしたことなのだから、「願ってもない」という言い方は正しくないが、事実、願ってもないことが起きてしまったのだ。
朝寝ぼけ眼で2階に上がってみると、仰天したことの何の、アダルトの黒い個体、カイトとユウトが真っピンクに衣替えしているではないか。驚いた僕はゲージの前まで駆けていき、間近でもう一度見直してみた。
どうやら見間違えではないらしい。
これで祖母もカイトとユウトをかわいがるようになると、驚きのなかで変な余裕をもちながら、朝ご飯を食べ、いつも通りゲージの掃除に取り掛かった。ゲージの扉を開ける。一目散でワッと外に飛び出す。いつもとなんら変わりのない、アウトドアな気性の彼らだ。特に変わった様子もない。
その日も変わらず、一人家を出て東西線を利用し早稲田駅に向かい、駅から徒歩で5分歩いて、フリースクールのあるアパートの階段に足をかける。教室の扉を開けると、普段通りの先生が笑顔で出迎えてくれた。
が、あれ?なんで先生困った顔してるんだろう?
普段は自分の感情を表にあまり出さず、優しいほほえみで生徒に安心感を与える先生だったが、今は特異的に僕が先生に安心を奪われていた。
しかし先生はまたすぐに元の表情にもどり、何事もなかったかのように明るく僕との会話の切り出しをした。
あれ?いまの表情はいったい何だろう?
席に座り先生との簡単な話し合い兼おしゃべりが始まる。そこでも先生はいつもと変わらず表情をこれっぽちもゆがめなかった。
少しタイムログがあって、もう一人の生徒が入ってきた。
「おはようござい…」
「ます。」
やはり一瞬僕への不審な目を向けるが、特にそのことについて触れもしない。やっべなんか今日僕変かな…。
もう一人の生徒も特に何も見なかったというような顔をして、席に座り、そのまま午前が過ぎた。
お昼休みに入ると、先生はジムにむかう。毎日必ずエンドルフィンを分泌させねば仕事に集中できなくなるらしい。いつもお世話になるカウンセラーに、「睡眠リズムと、睡眠時間、できたら運動。」と言われているので、僕もその先生に感化されそろそろまとまった運動を生活に取り入れようかと思う。
先生が教室を去った後、ご飯をたべて、トイレに向かった。トイレは、毎日必ず掃除しているとのことで、いつもきれいだが、ただ一つの欠点は、鏡がないことだ。髪型を確認したいとき、思うようにチェックができない。
トイレに入って、やっとのことで気がついた。
シャツの腰回りの部分に一つ小さな汚れがあった。茶色い円形の付着物。ラットのフンだ。恐らく、ゲージを朝掃除する際についたのだろう。初めての経験だ。もしかしたら、さっき僕を見て訝しげな表情を表したのは、このフンの汚れのせいかもしれない。そんなに目立つものでもなかったが、確かにそれを見つけたときの気持ちは僕も容易に想像ができる。端的に言って、「気持ち悪い」だ。
トイレの中で、自分のティーシャツに付着した汚れをみて、僕はこんな回想に耽った。
茶色。茶色は、過去の僕を具現化した色だ。というのも過去の僕、まだ学校にきちんと通っていた時期の僕は、寂しさに耐えきれずに、過度なカマッテちゃんになり、学校でずいぶん派手なことをした。
そもそもが正常な精神状態とは言えなかったが、それでも判断能力は保てていた中、人に「迷惑」といっていいほどのこともした。
他人は、あんまり人のことを気にしてない。これは、僕が最近身に染みて感じていることだが、そう思えるようになった今でも、やはりあの時のことは気にしない人はいないだろうなというほどのことだった。
茶色。それは、僕が不安定だった時期に、自分自身に対して表象した色だ。よき面など僕には皆無で、今生きているのはエゴでしかなく、誰にももう近づいてはいけない、そう思っていた。
トイレを出て、席に戻り、なんとなくダラダラしてみる。思い付きで横においてあるお菓子ボックスに手を伸ばし、スナック菓子を口に放り込んだ。
ここは、ここまでアットホームな塾である。
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