≪初めまして、神遥です≫【SIDE♀】

 洗面所で新しく支給された高校指定の制服を上から下まで着た俺は、鏡を見て絶句した。女子高生がいる。俺の部屋の洗面所に女子高生がいる。髪型こそボーイッシュだが、グリーンのブレザーからでもわかる胸の圧は、まごうことなく女子高生だ。

 それにしてもなんだこのスカートの防御力の心もとなさは。生徒手帳に明記された長さにしているというのに、とてつもなく不安感がある。

 世の女子高生たちはこんなにスッカスカなもん履いて電車に乗ったり階段昇ったり自転車漕いだりしてんのか。世界の狂気だよ、これは。


 洗面所から出ると、感心したような驚き顔でアマハルがスカートに手を出してくる。


「おぉ!なかなか似合ってるぞ!」

「うるせえ!ナチュラルにスカートを捲ろうとするのをヤメナイカ!」


 まったく、ボクサーブリーフを洗濯していおいてよかったぜ。



 〇●〇


 結局、家に帰ってほんの数日で俺は戸籍と高校の生徒証を手に入れた。悔しいが、親父の学校と役所に対する影響力のおかげと認めざるを得ない。

 それなりに面倒くさい手続きと、形だけの学力テストを受けたのちの制服と生徒証が支給された。


 私立天境あまざかい学園 

 普通科第二学年 ヤマネコ組

 氏名 神 遥じんはるか


 これが俺の新しい名前だ。(俺はアマハルの従妹ということになっているらしい)

 生徒手帳にはぎこちない笑顔を浮かべる自分の表情が写っている。関西人のカメラマンに「自分かわええんやからもっと笑顔みせ!女の子は笑顔が一番や!」と煽られてしかたなく作った、そんな笑顔だ。


 そして、今日から俺の新たな高校生活が始まる。

 正直、不安要素しかない。

 女の身体にはまだ慣れないし、学園長が親父に余計な気をまわしたのかなんなのか、アマハルと同じクラスにしてくれたのはいいが、それはそれで不安だ。


 ともかく、このまま不登校児になるわけにもいかない。

 転校初日は色々と説明事があるようで、俺はいつもより早めに家を出た。

 学校までは家からバスを使う。

 黒くてピカピカのローファーが、まだ慣れなくて歩きにくい。

 歩いている時もバスに乗ってからも、露骨にこちらを見てくるオッサンがたまにいて、俺は早くも嫌になった。そうか、オッサンは制服を着ている女子高生がいると無条件に見てくるのか。女子がグループで帰りたがる理由も良くわかる。

 なんとなく、痴漢を警戒してしまう。自意識過剰だろうか?

 なにせ、俺の前で優先席に足を広げて腕を組んで座っているオッサンが俺の胸や足をさっきからタイミングを見計らってチラチラ見ている。

 俺はスマホを持っていないので、つり革を掴んで車内広告を順々に見て気を紛らわすほかない。どうでもいいけど、みすづ学園って、絶対怪しいよな。

 明日からはアマハルと一緒に学校に行ってもらおう。トホホ…。


 〇●〇


 朝の1限目、俺はクラスの他人のキミちゃん先生(紀美野君子、平成ジャンプ確定の27歳独身。教師の癖に酒とタバコでしょっちゅうダメな大人を見せている反面教師の鏡だ)に黒板の前に立たされている。

 転入生紹介と言う、一種の公開羞恥ショーに立たされた気分だ。

 クラスの連中は、新しい学友おもちゃを与えられる事にワクワクしているのか、集められた眼差しが怖い。

 石野や北河などは露骨に俺の胸を見ている。

 そんな視線にオドオドしている俺を見て、アマハルはニヤニヤしている。あいつめ、後で見てろ…。


「それじゃあ、これから一緒に学ぶクラスメイトに挨拶してもらおうか」


 ううう…、なんで俺がこんな目に会わなけりゃならんのだ。男だった時よりも数倍緊張する。


「じ………」


 少し噛んだ。

 口の中が唾液で一杯だ。


「神遥です。これから…、よろしく、お願いします…」


 ワアアアアアアアアアアアアアアア!!


 教室の中が湧いた。

 まるでここだけ地下アイドルのライブ会場だ。

 お前らノリだけはいいよなホント!!


「どこから来たんですか!?」

「もしかして、神君の双子!?似てるよね!?」

「部活!部活とかどうするの!?」

「スリーサイズを黒板に書いていただきたい!!」

「あなた…、二人…?魂が…、ぶれているわ…」

「好きな銃はなんですか!?俺はレミントンM870です!」

「ウフフフフフフフ!!!ついに来たな!!」

「ヤバくない!?マジ転校生!?エモくない!?ヤバタン!!」

「あの、野菜。好きですか?」

「ていうか、胸、デカいですよね!?」

「石野、少し黙ってて。取りあえずチアノーゼ起こすくらいまで」


 来た来た来たぁッ!!!お決まりの公開処刑しつもんタイムが来たぁっ!!!

 今の俺はマスコミに囲まれた悪徳政治家か、醜聞を晒した清純派アイドルだ!!あるいは檻に捕らわれた新種のパンダか!?

 お前らいくらなんでもちょっと落ち着け!こちとら迎撃ミサイルじゃねえんだから一度に答えられるか!?あと石野、お前の質問には答えねえからな!!ちなみに俺の好きな銃はベタだがM92だ。


「はいはいはいはい!!」


 キミちゃん先生がいつも持ち歩いているメガホンで手が付けられなくなったクラスメイトを抑える。一瞬、シンとなる教室。


「お前らハルちゃんが困ってるだろうが!ちょっと落ちつけ!あと石野は後で説教な!!」


 さすがキミちゃん先生。俺が困っていることを察して、クラスメイトの暴走を止めてくれた。さあ、先生。早くホームルームを始めましょう。ほら、色々あるでしょ、その、あれ、課外授業の話し合いとか、あとは、ええと、体育祭のなんかとか。


「質問は一人一問一答形式とする!ホームルームで終わるように時間配分は各々考えろよ!じゃあまずはアタシから。ハルちゃんは彼氏いんの?」


 キミちゃん、そりゃないよ…。



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