≪お母さん、私があなたの息子です≫ 【SIDE♀】
「寝みい…」
昨日、結局あれから身体が戻る事もなく、俺たちはひとまず眠る事にしたのだが俺はアマハルが何か良からぬ事をしないか心配になってなかなか眠れなかったのだ。
一応、俺はロフトに布団を敷いて、アマハルがソファで眠る事にしたのだが、すぐ下にスケベ根性の塊のような男がいると言うのはなかなかに気持ちが悪い。
「寝不足は美容の敵だぞ」
目を擦る俺にそんな気の抜けた事を言う。
「うるせえ!誰のせいだと思ってるんだ!」
朝、アマハルに「一度家に戻って親父と話すしかない」と言われ、俺は悔しいが他に方法がない事を認めた。親父に勘当される勢いで家から追い出されたのに、親父の力を頼りにしなくちゃならないとは、情けなくて涙が出そうだ。
それからしばらく俺たちは特に話をする事もなく、黒鉄がさっき淹れてくれた紅茶を緊張を誤魔化すように口にした。不服だが、美味しい。
ガチャ…、ギイイイイイ。
重い扉が開いて、黒い紋付袴姿の不機嫌な顔の男が腕を組んだまま傲慢な歩き方で俺たちの前まで来ると、これまた傲慢な所作でどっかりと向かいのソファに沈んだ。何を考えているのか、目をつむっている。
親父はでっぷりとした瞼をギョロリと開くとまずアマハルを見て、それから俺を見た。
女になったせいか、その威圧的な目つきがいつも以上に重い。俺はたまらず目を逸らした。
「何をしに帰ってきた」
親父は、アマハルに視線を戻すと口をゆっくり開いた。
「おいおい。久しぶりに家に帰ってきた息子に随分な事を言ってくれるもんだな」
「何をしに来たと、聞いている」
言葉の音が重い。話しかけられているのはアマハルだが、そのプレッシャーは俺にも伝わる。当事者のアマハルは親父のプレッシャーで内心穏やかじゃないだろうが、客観的な立場に立った俺から見たら、親父と自分が話している姿は奇妙に新鮮だった。
「じゃあ、単刀直入に話す。あまりにも信じられない話だから、どこから話したら良いか俺も解らんが」
「さっさと話せ。俺は、お前に失望している。1年前に自分の力で生きてやると大見得を切って家を飛び出し、1年もたたず家に顔を出すお前の浅ましさにだ。どうせろくな事でもないのだろう。さっさと言え」
親父の言葉は、痛烈だ。もし俺がアマハルの立場だったら、反骨心を刺激されて怒りと度胸も湧いてきただろうが、今の俺はそれを外から見る事で、自分自身が親父に比べて小さく見える。
「わかった。つまり…」
「そして、隣に学友がいるにも拘らず、俺に紹介の一つもしてやれない思慮の薄さにもあきれている」
親父の言葉は重い。そして鋭い。どんどん、アマハルが小さく見える。
俺はもうこの場からいなくなってしまいたくて仕方がなかった。
「とにかく、聞いてくれ。そこにいるのは、俺なんだ。分裂して女体化した俺なんだ」
アマハルの言葉を聞いて親父は驚きもせず、笑いもせず、表情を崩さぬままアマハルと俺をジロリと見比べるようにして見た。まるで、檻に入れられた野犬を観察するかのような目だった。
「………。まさか、そんな面白くもない冗談を聞かせに来たのか?今すぐ帰れ。俺も暇じゃない」
「冗談じゃない!親父みてえなユーモアの欠落者相手ににこんなクソみたいな冗談を言いに帰ってくるもんかよ!見たくもねえ
「言葉を慎め小僧。小物にしか思えんぞ」
「親父がそういう態度なら、この話はお終いだ。俺がバカだった」
「態度だと?何か勘違いしているな。お前は下。俺は上。それは年齢の差ではない。人間としての差だ。格下相手に目線を合わせるほど俺は出来た人間でない」
認めたくはないし、親父を認めるつもりはないが…、ダメだよアマハル。
今の俺じゃ、親父と対等に話せない。
なんとか虚勢を張って目に力を入れているけど、その姿は熊の目の前の子鼠だ。
「もうやめよう。帰ろう」そう言いたかった。
親父が先に口を開いた。きっと、大人だから。
「………ふむ。嘘を、言っている目ではないようだな。さすると、ついに気が触れたか、それとも…。まさかな」
親父は何か思案しているようで、天を仰ぎ見て鼻息を一つついた。
「アマハル。お前は部屋から出ていけ」
「待てよ。話は終わっていない」
「出ていけと、言ったのだ」
親父に睨まれたアマハルがビクリとしたのが、外から見て良く解った。
「わかったよ。ハルの話を聞いてやってくれ。じゃあな」
アマハルが応接室を後にする。
今のアマハルが感じている悔しさや情けなさは、俺にも伝わってきて悲しくなった。
だが、今度は俺が親父と話さなければならない番だ。
アマハルがいないのが、心細かった。
〇●〇
「息子は、あなたが私の息子だと言った。それは、本当ですか?」
親父は、さっきまでの刺々しい喋り方から一転、丁寧な口調で、しかし威圧感を感じさせる声で聞いてきた。
「………そうだよ。俺は、アマハルだ」
正直に言う以外にない。しかし、俺はどういう態度で親父と話せばいいのだろうか。
「…………そうですか。………そうか」
親父はまた腕を組んで目を瞑ったまま天井を見上げた。
「俺は、これでも色んな人間を見てきたつもりだ。正直者も、嘘つきも。平気で嘘をつく詐欺師といった類の人間。心の弱さから嘘をつく人間。他人のために嘘をつくしかなかった人間。嘘を本当だと信じている人間。あなたの目は、その誰とも違う」
俺は黙って親父の話を聞いた。
何の口答えもせず、ただ黙って。
「一人の人間が分裂して、しかも片方が女になる。アマハルはそう言った。そんな荒唐無稽な話を信じるわけにはいかない。だが、俺は今までの経験から、あなたが嘘をついている、あるいは精神を狂わせているとも思えない」
親父は俺の瞳をまっすぐ覗きこんだ。
「確かに、似ている。双子のように見える。そして、身体の癖や目の動かし方、呼吸の仕方、全部がアマハルとそっくりだ」
そこまで、人の事を見ているのか、この人は。
親父はソファから立ち上がると、日が差している窓のほうへ歩いていき、外を見つめている。表情は読めない。
「俺は、あなたとアマハルの言う事を信じるわけにはいかない。それは、大人だからだ。俺は、あなたの言う事を信じない」
外を見つめたままではあるが、穏やかさと厳しさが同居した声で親父は俺に語り掛ける。
「だが、あなたが困っているのなら、俺は一度だけ助けようと思う。何か、困っているのだろう。言いなさい」
その時、俺は知った。
この人にはまだ当分、下手をしたら一生勝てない事を。
●〇●
ガチャ…
外へ出ると、アマハルと母さんが抱き合っている。
そう言えば、抱き着き癖があったな、この人は。
なんだか母さんに1年ぶりに会えたのが妙に心をくすぐって、俺は少し泣きそうになった。
「あら、もしかして、ハル君の彼女?」
久しぶりに聞く母さんの声だ。
「母さん…」
俺は、ついつい母さんを呼んでしまう。
「ほえ?」
しまった。
今、俺は女だった。母さんからしたら、見ず知らずの女だ。
そんな女に母親呼ばわりされたら、そりゃあ「ほえ?」ってなっても仕方ないだろう。
しかし母さんは俺を見つめると、急に真面目な顔になると、義足を力強く踏み出しこちらへ近づいてきた。
「あなた…」
もしかして、母親だからわかるのか!?そうだよな、アマハルは俺と双子みたいに似ているし、母親だからこそ感じる何かテレパシーみたいなものがあってもおかしくないよな!
そうだよ、俺がアマハルだよ!
「あなた………!!!」
ワシッ!!
「は…!?ちょ、え!?」
母さんはいきなり俺に抱き着くと、俺の胸に顔をうずめてフスフスと鼻息を荒くした。臭いをおもっくそ嗅いでいらっしゃる。ついでにワシワシと俺の胸を揉んで、何かを確かめていらっしゃる。それはもうしっかりと揉んでいらっしゃる。
い、いったいどうしたんだこの人は。
「あなた、オッパイが大きいわね!!」
……………………………そりゃないよ、母さん。
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