俺(♂)の部屋に俺(♀)がいる。

≪はじめてのブラ≫【SIDE♀】

「………これ、俺が着るのか？」

　今、俺たちの目の前には床に広げられた女の物の服と下着がある。

　アマハルが買ってきた服は、それはもう悲惨の一言だった。ダサいし、ダサい。なんだこの、妙ちきりんな色のワンピースは。なんだこの気の抜けたネコが描かれたTシャツは。俺自身、今まで服に気を使った事がないからもしかしてこうなるんじゃないかと思っていたが、予想を上回ってダサすぎる！

「文句言うなよな。自分で買いにいかないで、人に買いにいかせたんだからよ。相当キツかったぞ。あの女店員の俺を見るめときたら…。絶対女装少年だと思われてるぜ。もうあの店行けねえよ、俺」

　俺が靴擦れするのが嫌だからって買ってきてくれたアマハルに感謝しないといけないのは解るが、それにしたってヒドい！その癖、下着も大分ケチったのか、全部白だ。いや、この際下着の色なんかどうでもいい。問題は、当然ながらその下着が女性用のブラとちっさいパンツだという事だ。

「この、なんだ。ちっちぇえパンツと、ブラを着けるの？俺が？」

「ほかに誰が着るんだよ」

　俺には、言うまでもなく女装癖はない。ちくしょう。もし女装マニアがこんな状況になったらルンルン気分だろうが、俺は女装マニアじゃない。まさか俺が女の下着を着けなきゃならんとは。……くそったれ。

　下着は、まあ仕方ない。が、このワンピースはなんだ！？

「なんかさあ。もっとこう、せめてボーイッシュな奴とかさ、なかったの？」

　妙にフリフリが付いたお嬢様ドレスみたいなワンピースを手に取って、内側を見てみると500円という値札が確認できた。いくらなんでもあんまりだ。

「安かったんだよ。それが」

　悪びれもせずアマハルが言う。

「だろうな。だって、妙に安っぽいもん。色とか、触り心地が」

　他は無駄にやる気のないネコのイラストや、アルファベットでLOVEなんて書いてるようなTシャツが数枚、無難な黒いパーカー、白い無地のカーディガン、水色のスカート、デニムっぽいスカート。全部５００円均一だ。あと、下着が7着。すぐにベコベコになりそうなゴムっぽい靴を１足１０００円。低予算も低予算なラインナップに驚いた。

　それもあるが、せめて一着くらいは気の利いたジーンズでもなかったのだろうか？

「ジーンズとかあったろ！？スカートばっかじゃねえか！！」

「女なんだからスカートでいいだろうが！ジーンズはサイズがわかんねんだよ！」

　それは一理ある。俺が逆の立場でもそうした。

「しかし、それにしたってこれはヒドイ！男の俺の目から見てもダサいぞ！」

「今は女だろうが！」

　それはそうだが…、もっとなんとかならなかったのか？

　俺たちはしばらくにらみ合った後、同じタイミングで深いため息をついた。

「よそう。自分同士で争っても意味がない」

「よそう。自分同士で争っても意味がない」

　また言葉が被った。やはり、アマハルは俺なのだ。アマハルなんだから俺で当たり前だが…。

「とにかく、着てみろよ」

「い、今か？」

「サイズ合わなかったら困るだろ」

「そ、そうだな」

　俺ははしばらくワンピースと下着を交互に見つめた。

　俺が、着る？キル？コレヲ…？

「ブラ……、ブラジャーもするのか？」

「俺に聞かれても困る。ただ、そういうの着けないから乳首浮きまくりの胸ユッサユッサの痴女チジョしさ１００パーセントになるんじゃねえのか？」

「うぐ、そうかもしれない…」

　遅かれ早かれブラは着けなけりゃならんだろーが、これ、どうやって着ければいいんだ？なんとなく、後ろのホック？を止めて紐を調節して、タンクトップを着る要領でいいのだろうか？それと、パンツ。これって、女物じゃなくてもいいんじゃねーのか？

「パンツは俺のボクサーでいいよな。だって、俺のパンツまだあるだろ？」

「ハルのじゃない。俺のだ。いくつかは貸してもいいけど、俺はそっちのパンツは履けねえんだからな。とにかくいいからブラ着けてみろよ。最悪返品しなきゃなんねーんだから」

　そりゃ確かに、男の物のパンツは俺(アマハル)のぶんしか買ってないもんな…。しかも1枚は………。あまり思い出したくない。

「くそ……、まさかこんな形で母さん以外のブラを手にするなんて屈辱だ…」

　そして実は、さっきから気になっている事がある。アマハルが、こっちを見ているのだ。

「………おい、いつまで見てるんだよ」

「……あ、ああ。スマン。ただ、どうやって着けるんだろうかなって」

　この野郎。チ●コ、勃ってるじゃねえか！！

　つーか、さっきからもう勃起しっぱなしじゃねえか！！

　わかるよ？だって、健全な童貞非モテ健康オタク男子高校生だもんな！そりゃ、目の前に女が薄着でいたら勃起するよ！だからって、自分で勃起するか普通！？いや、そりゃすんでしょうけども！！

「あっち向いてろよ！絶対こっち見るなよ！！」

「わかってる。わかってるって」

　まさか襲われる事はないとは思うが、段々と自分に対しての信用が揺らいできた。いや、俺に女を襲う度胸なんてないよ。だって童貞だから。だけど、そんな童貞がしそうな事は全部お見通しだ！！

「いや、絶対覗くつもりだろ！！もういい、トイレでつけてくる！！」

　いくら相手が自分とは言え、着替えを覗かれるのは実際たまらない。というより純粋にキモい！！しかも、勃起している自分に！！なんだこれ！？どんな現実だ！？

　トイレに取りあえず着替えを持ち込んで、俺は遂にブラジャーと初めての対話を試みた。

　しかし、

「おい」

　ブラが、上手く入らない。ブラがというか、オッパイが。入らないというか、収まらない。肩紐をいくら調節しても、ホックがしまらない。

「なんだよ？」

　扉の向こうでアマハルが答えた。

「背中が、閉まらねえんだよ。サイズ、合わねえんじゃないかこれ」

「ほう、そいつは困ったな」

　サイズを確認するとF60と書いてあるが、60ってなんだ？とにかく、サイズがちょっと小さい。

「どうすんだ、これ」

「何回かAVで見ただろ？オッパイ大きい人は、なんかこう、手でグッ、グッってやるんだよ」

　そう言えば、そんなシーンあったような…。あれは、かなで白日ちゃんの奴で、こう収まりきらない部分を中央に寄せて…

「なんなら手伝おうか？」

　アマハルがクソみたいな事を言う。

「死ね！」

　人が苦労している時に、なんて野郎だ！我ながら憎たらしい男だ。だから童貞なんだよ！

　〇●〇

　10分くらい格闘して見て、例のブラはなんとか装着できた。

　若干胸が締め付けられる気がする。ちょっとだけ痛い。

　ただ、やはり下から支えられている安定感もあるし、ノーブラの時は乳首が布とかに擦れるとちょっと気になっていたがそれもなくなった。やはり、ブラは必要らしい。

「おおぉ…、なんと言うか、ダサいな…」

　アマハルは、俺の全身を上から下まで見つめてあまりにも率直な評価をくだした。

「うるせえ！！！お前のセンスだろうが！！！」

　よくもこんな蓮コラみてーなワンピースを見つけてきたな！逆に才能か！？ちなみに、蓮コラと言う言葉を検索してはいけない。

「へぇ。しかしなんだかアレだな。服はアレだけど、やっぱスカート履いてると女子って感じになるな！」

　褒められているのかもしれないが、ちっとも嬉しくない。

「あ、てめえ！今割とワクワクしてるだろ！！」

　俺の事だからわかる。段々この状況が楽しくなってきてるんだろう。くそったれ。

「でも、ちょっと見て見ろよ」

　そういうと、アマハルは鏡を見るよう指さした。

「これが…、俺………」

　服は最悪にダサいが、顔は紛れもなく女のそれだった。この姿になって、ゆっくりとちゃんとした鏡を見るのは初めてだった。ずば抜けてカワイイわけではないが、それでも俺のクラスの中の女子と比べても、いい線いってる気がする。それに、よく見るとやはり男だった時の…、アマハルの面影がある。髪の長さもほぼ同じだし、二人並んだら双子に見えるのじゃないだろうか？自分で見てもデカいと驚く胸を除けば。

「なんと言うか、ダサいな……」

　俺は、素直に自分の容姿を見るのがなんだか照れくさくて、そう言って誤魔化した。その時だった。

　シュパパ！！！

　ニューロンが煌めく。世界の流れがスローモーションに変わる。

　ピンクのフリフリがフワリと宙に浮かび、ゆっくりと空気の揺らめきが太ももをなでた。股の下を、一迅の風が通り抜けた気がした。

　生まれて初めてスカートを捲られた。しかも、自分に。

「なんだよ俺のボクサーパンツじゃねえか」俺はキレた「ブシガバッッッッ!!!」

「死ね！死ね！！死ね！！！」

　暴力である。暴力に任せ、俺はアマハルの顔面に膝を撃ち込んだ。

「自分で自分のスカートを捲るやつがどこにいる！？100回死ね！！いや、1000回死ね！！」

「ちょ、ちょっち待て！！お前も俺の立場になったらヤルだろ！？」

「それは否定しねえが………！！死ね！！！！」

「バガベジッ！！」

　今後の事はわからないが、これから先こいつ自身と一緒に暮らしていく事を考えると俺は泣きたくなった。言うまでもなく今日は厄日だ。くそったれ。