≪はじめてのブラ≫【SIDE♂】

「………これ、俺が着るのか?」

 今、俺たちの目の前には床に広げられた女の物の服と下着がある。

 ハルは女の物の服と俺を交互に見て、目を白黒させている。

「文句言うなよな。自分で買いにいかないで、人に買いにいかせたんだからよ。相当キツかったぞ。あの女店員の俺を見るめときたら…。絶対女装少年だと思われてるぜ。もうあの店行けねえよ、俺」

 実際、一人で女物の服を買いに行くというのは相当な勇気を必要とした。家の近くにたまたま服を中古で売っている店があって、そっちのほうは少しの勇気でなんとかなったが、下着の方はキツかった。平日だったから幸い、客の少ないショッピングセンターの小さな下着売り場でおばちゃん店員だけだったから決断できたが、これが若い女性客で固められてる店だったら絶対買えなかった。

「この、なんだ。ちっちぇえパンツと、ブラを着けるの?俺が?」

 ハルはこれから自分が着るであろう、白いブラを見ながら目を白黒させている。

「ほかに誰が着るんだよ」

 俺には、言うまでもなく女装癖はない。という事は、女の身体とは言えハルにも女装癖はないという事になる。かと言って、男物の服を買うわけにもいかない。

 …正直言うと、せっかくだから女っぽい服を着せたほうが面白そうだったし。

「なんかさあ。もっとこう、せめてボーイッシュな奴とかさ、なかったの?」

 ハルは妙にフリフリが付いたお嬢様ドレスみたいなワンピースを手に取ってタグや値札を見ている。正直、買った自分自身そのセンスはどうかと思ったが、安いのだから仕方ない。余計な金を使うわけにはいかない事くらい、ハルだってわかってるはずだ。

「安かったんだよ。それが」

「だろうな。だって、妙に安っぽいもん。色とか、触り心地が」

 他は無駄にやる気のないネコのイラストや、アルファベットでLOVEなんて書いてるようなTシャツが数枚、無難な黒いパーカー、白い無地のカーディガン、水色のスカート、デニムっぽいスカート。全部500円均一だ。下着は7着で700円均一。あと、靴擦れするとか言っていたから誰でも履けそうなゴムっぽい靴を1足1000円。極力安く収めるとそうなった。

「ジーンズとかあったろ!?スカートばっかじゃねえか!!」

「女なんだからスカートでいいだろうが!ジーンズはサイズがわかんねんだよ!」

 実際、男の俺でもがジーンズを買う時も試着しないとサイズが解らないのだ。女のなんてなおさらわかるか。

「しかし、それにしたってこれはヒドイ!男の俺の目から見てもダサいぞ!」

「今は女だろうが!」

 文句があるなら今の痴女ルックそのままで生活すればいいのだ。それはそれで、俺も困るような気もするが。


 俺たちはしばらくにらみ合った後、同じタイミングで深いため息をついた。


「よそう。自分同士で争っても意味がない」

「よそう。自分同士で争っても意味がない」


 また言葉が被った。やはりハルは俺なのだ。姿こそ女の姿だが。


「とにかく、着てみろよ」

「い、今か?」

「サイズ合わなかったら困るだろ」

「そ、そうだな」


 ハルはしばらくワンピースと下着を交互に見つめた。まるで初めて服と言う物を手にした未開人のような反応だ。


「ブラ……、ブラジャーもするのか?」

「俺に聞かれても困る。ただ、そういうの着けないから乳首浮きまくりの胸ユッサユッサの痴女チジョしさ100パーセントになるんじゃねえのか?」

「うぐ、そうかもしれない…」


 ブラのホックや肩ひもをじっと見ている。多分、着け方がわからないんだろう。当然俺だってわからん。AなほうのVの動画で何回か見てはいるのだが。それは画面の中の話だ。





「パンツは俺のボクサーでいいよな。だって、俺のパンツまだあるだろ?」

「ハルのじゃない。俺のだ。いくつかは貸してもいいけど、俺はそっちのパンツは履けねえんだからな。とにかくいいからブラ着けてみろよ。最悪返品しなきゃなんねーんだから」

 しかも、細くすると洗ってあるパンツはあと3着しかない。1着は今朝ハルがダメにした。俺としてはそれをハル用にしてほしいのだが。


「くそ……、まさかこんな形で母さん以外のブラを手にするなんて屈辱だ…」


 俺だって、まさか女物の下着を一人で買いに行くハメになるなんて思わなかったぜ。次からは自分で買いに行ってもらおう。だって、女なんだし。

 と、ハルがなんだかモジモジしているのに気が付いた。


「………おい、いつまで見てるんだよ」

「……あ、ああ。スマン。ただ、どうやって着けるんだろうかなって」

 やはり自分同士とは言え、着替えを見られるのは恥ずかしいらしい。俺だってハルの立場になったら嫌だと思う。なんだろう。やっぱり自分の身体をジっと見られたら相手が誰だろうとハズカシイんだろうな。


「あっち向いてろよ!絶対こっち見るなよ!!」

「わかってる。わかってるって」

「いや、絶対覗くつもりだろ!!もういい、トイレでつけてくる!!」


 そう言うと、ハルは着替える為に下着上下とワンピースを持ってトイレに籠ってしまった。やはり一心同体のようで、こちらの考えは手に取るようにわかるみたいだ。ちょっと残念だ。


 何を隠そう、実は朝から勃起しっぱなしである。あんなオッパイがデカくてそこそこカワイイ女子が、部屋であまりにも無防備な姿を晒していれば健康な男子高校生(しかも童貞)なら誰であろうが勃起するだろ?例えそれが自分自身でもだ。

 それは多分ハルも知っていて、何回か俺の股間をチラチラ見ていた。ハルの立場になると同情するね。大丈夫。流石に見る事以上をする勇気は俺にはない。

 

「おい」


 しばらくするとトイレの中から、ハルが声をかけてきた。


「なんだよ?」

「背中が、閉まらねえんだよ。サイズ、合わねえんじゃないかこれ」

「ほう、そいつは困ったな」


 俺が買ってきたのは確かF用だとか。なんとなく大きかったから、Fで足りるだろうとは思っていたが、よもやF以上だとは。中々に天晴れである。


「どうすんだ、これ」

「何回かAVで見ただろ?オッパイ大きい人は、なんかこう、手でグッ、グッってやるんだよ」

 俺の好きな女優のかなで白日さんがそうやってたから間違いない。

「なんなら手伝おうか?」

「死ね!」


 冗談の通じない俺だ。


 ●〇●


 トイレから出てきたハルを見て俺は驚いた。

 

「おおぉ…、なんと言うか、ダサいな…」

「うるせえ!!!お前のセンスだろうが!!!」


 ハルはいかにも安っぽく妙にぶりっ子したリボンがいくつも着いた、フリフリなピンクのワンピースを着てトイレから出てきた。そのワンピースのセンスは最悪で、予算はないが兎に角カワイイものを作れと言われたやる気もセンスもないデザイナーが3日でデザインしたような壊滅できなセンスだ。ピンクの生地に無駄に赤いハートがいくつもあしらわれているから、毒イチゴのようにケバい。蓮コラかよ。(良い子は検索しないようにね)


「へぇ。しかしなんだかアレだな。服はアレだけど、やっぱスカート履いてると女子って感じになるな!」

「あ、てめえ!今割とワクワクしてるだろ!!」

 実は、内心この状況がちょっと楽しい。ハルはそうじゃないだろうが、そうかバレたか。やはり俺の片割れよな。

「でも、ちょっと見て見ろよ」


 俺はハルに立鏡を見るように促した。


「これが…、俺………」


 ファッションセンスはともかく、鏡の世界にオッパイのデカい少女がうつっている。少女は、自分自身の生まれ変わった姿を見て、目をクリクリさせて、見とれているのか、驚いているのか、そんな表情をしている。そしてその少女は。鏡の世界ではかたちは逆転するが、性別の逆転した俺がその中にいると言うのは、なんだかちょっと象徴的な気もした。


「なんと言うか、ダサいな……」


 ハルは照れ臭そうに言った。 

 そして、俺はハルが鏡の中の自分を見入っている瞬間を逃さなかった!


 シュパパ!!!


 ニューロンが煌めく。世界の流れがスローモーションに変わる。

 ピンクのフリフリがフワリと宙に浮かび、健康的でムチムチとした白い太ももが見え始め、徐々に徐々に絶対領域と呼ばれる神聖な部分を明かしていく。そして更に持ち上げられたスカートから見えたのは…。

 なんの色気もない黒いボクサーパンツだった。上下の下着くらい合わせろ。


「なんだよ俺のボクサーパンツじゃねえかブシガバッッッッ!!!」

「死ね!死ね!!死ね!!!」


 顔面に鋭い膝が撃ち込まれて俺はもんどりうって倒れた。暴力である。


「自分で自分のスカートを捲るやつがどこにいる!?100回死ね!!いや、1000回死ね!!」

「ちょ、ちょっち待て!!お前も俺の立場になったらヤルだろ!?」

「それは否定しねえが!!死ね!!!!」

「バガベジッ!!」


 ハルの暴行は止まらない。その間も、連続で放たれる蹴りの合間に見える、色気のない黒いボクサーパンツの中心が、やはりまっ平らだったのを見て俺は不思議な満足感を覚えていた…。

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