≪はじめてのおつかい≫【SIDE♀】
時刻は12時である。
俺2は脱水まで行った洗濯機からさっきまで俺が履いてたグレーのスウェットを取り出し、外に干している。
ちなみに、床の始末はせめてもの償いにと俺2がやった。そんくらいで償えると思ってんのか?俺だから本当に思ってるんだろうな畜生。
先程の失禁事件の後、俺2とは口を聞いていない。17にもなってお漏らしする羽目になった原因はあいつにある。俺じゃなかったら蹴り殺している。
だが、このままお互い言葉を交わさないままでは何も進まない。色々考えなけりゃならない事はたくさんあるのに。
例えば学校。今日はいいが、明日からどうすりゃいい?
「おはようございます!なんかしらないけど分裂してしかも女になっちゃった!みんなよろしくね!アッハッハッハッハ!」なんて言いながら登校しろってか? 無理にきまってる!
ていうか戸籍!俺は、恐らく無戸籍ってやつだ。客観的に見たら、住所不定名称未定性別不明の神天晴を名乗る謎の女でしかない。住所不定名称未定性別不明の神天晴を名乗るの謎の女を学校は「そうかそうか。分裂してしかも片っ方は女になってしまったのか。じゃあ、生徒が増えるねウレピー!」などと言って受け入れるだろうか?答えはNOだ!
それだけじゃない。アパート。このアパートって、確か一人で暮らす約束で入ったはず。二人で住めるのか?というか、俺2が、俺の事を厄介払いするって事もあり得るか?それはないか。俺に、そういう非情になれる度胸はない。
最悪、オヤジに泣きつく…?
イヤ、それだけはしたくない。
そんな事を考えていたら、腹が減ってきた。俺2も減っているはずだ。昨日はカップ麺しか食ってないからな。
つーか、俺2ってのはいくらなんでも呼びにくい。つーか、一度もお互いの事を呼んでない。互いにどうやって呼べばいいのかわからないからだ。まあいい。こっちからきっかけをつくってやるか…。
「腹、減ったな。なんか、ないっけ?っつーか、俺、俺2のことなんて呼んだらいい?」
俺2は脱水されたトランクスを物干し座をに干し終わったところでこっちに向きなおった。いいかげん、俺2というのは色々ややこしくなって良い事が一つもなさそうだ。
「アマハルでいいだろ。で、そっちはハルってのはどうだ?」
やっぱ、俺なんだな。そう言うだろうなって、予想通りの返事が返ってきたし、俺が決める事になってもそうするつもりだった。
「俺もそう考えてた。それでいい」
やはり、自分同士、考えは一致する。なるほど。俺はハルか。ハル。俺の小学生時代のあだ名だ。小学3年までは可愛い系で通ってたからな。もしかして、俺が本当に女のまま生まれてたらずっとハルのままだったかもしれない。中学入って、声変わりして髭が生えたりチンゲが生えるようになってから普通にアマハルになったんだ。今は股間に別の毛が生えている。
「アマハル」
「ハル」
呼ぶ声が重なった。
俺たちはお互い一瞬キョトンとして、なんだか妙にこそばゆい感じがしたのか互いに笑ってしまった。
さて、昼飯である。食材はまだない。
本当にないのだ。冷蔵庫の中は見事に空だった。アマハルはわかっているのに、冷蔵庫かた戸棚まで確認している。
「カップヌードルは昨日食っちまったよ。買ってくるよ。この身体で歩くの、慣れたほうがいいかもだし」
今のところ、身体にさして異常はないが、一般的に女のほうが体力がないと聞いている。もしかしたら、明日の朝には元の一人に戻ってるかもしれないが、そうならないなら女の身体に慣れるしかない。
「あ、ついでに」
「牛乳だろ?わかってるって。………っと。靴がデケエし服もブカブカだ。まあいいや。誰も見ないだろ」
俺は慣れない足取りで外へと出て行った。
牛乳ならついでにチョコクッキーも買っておくか。食い合わせがいいからな。
〇●〇
靴がでかい。デカいせいか足の皮膚が当たって痛い。こんなんじゃ、靴擦れして10分も歩けない。皮膚が弱くなっている感じがする。サンダルで来たほうが、まだマシだった。
電柱を何本か通り過ぎ、車が何台か流れてくところで俺はだんだんと身体の変化が解ってきた。男の時に比べて何もかもが弱くなっている。まあ、別に弱くなったところで何かと戦うわけではないからいいのだけど。なんとなく心細い。
それよりも、気になるのはさっきからすれ違う人が俺の方を見ている気がする。特に男が俺のほうをジロジロ見ている。嫌だな。俺はほんとうに一時期だが引きこもりだったんだ。あの時の、皆が俺を見ている感覚を思い出しちまう。
コンビニに着いても、妙な視線はつきまとってきた。男だけじゃない。女まで見てる。しかも、俺に聞こえないようにクスクス笑ってやがる。なんだよちくしょう。
店員もだ。
「え~~~っす、お会計、982円え~~~~っす」
声はやる気ねえのに、こっちの、特に胸のあたりをチラチラと見てきやがる。なんだこいつ。そのブタのトン吉みたいな鼻にレシートねじこんでやりたくなるぞ!
「ありあとあ~~~~~~~っす」
腹の立つ店員から雑に受け取った小銭をジーパンの尻ポケットにつっこんで、イライラしながら家に帰ろうと店を出る時に、ガラスに移った自分の姿を客観視して俺は視線の正体に気づいた。
痴女がいる。そしてその痴女は他ならぬ俺自身だった。
ぶかぶかのTシャツからだいぶ際どく胸が見えそうになってるし、そうでなくても歩くたびに胸がタプタプ揺れている。そりゃ、見るよ。俺だって見るよ!!だって、オッパイがそこにあるんだもん!!
俺は靴擦れを気にして走る事もできなかったので、なるべく俯き他人と視線を合わせぬようにして家路を急いだ。ちくしょう、ちくしょう。
女の身体って、不便なことばかりだな。なんだか俺は先の事を考えると死にたくなってきた。
ようやく、俺の住んでいるアパートが見えてきた。
ダンダンダンダン……。ガチャッ……!
部屋に帰ると、アマハルは鼻くそをほじりながら何か悩んでいるようだった。
この野郎…!なんて間抜けな面してやがる!!人の恥ずかしさもしらないで…!
なんで俺は考えが纏まらなくとなると鼻をほじる癖があるんだ!!そんなんだから未だに童貞なんだよクソ!!
アマハルの、俺自身の間抜け顔に腹が立ってついつい大声が出た。
「服!!!服を買ってくれ!!!」
俺はバイト先の給料日がまだ遠い事を思い出して、少し頭が痛くなった。
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