≪はじめてのおつかい≫【SIDE♂】
時刻は12時である。
俺2は失禁したスウェットをジーパンに着替えて、どうするでもなくソファに膝を抱えて座っている。
(ちなみに、床の始末はせめてもの償いに俺がやった)
先程の失禁事件の後、俺2とは口を聞いていない。そりゃ、17にもなってお漏らしなんて相当のショックだろう。俺は我が事のように胸が痛くなった。というより、我が事か?
ともかく、このまま気まずいままというのは実際疲れる。きっと、俺2もそう思っているはずだ。
つーか、俺2っていくらなんでも呼びにくい。つーか、一度もお互いの事を呼んでない。互いにどうやって呼べばいいのかわからないからだ。
「腹、減ったな。なんか、ないっけ?っつーか、俺、俺2のことなんて呼んだらいい?」
多分、気まずさに負けたのだろう。女のほうの俺が口を開いた。つーか、向こうも俺の事を俺2と認識してたのか…。
「アマハルでいいだろ。で、そっちはハルってのはどうだ?」
「俺もそう考えてた。それでいい」
やはり、自分同士、考えは一致する。なるほど。あいつはハルか。ハル。俺の小学生時代のあだ名だ。小学3年までは可愛い系で通ってたからな。中学入って、声変わりして髭が生えたりチンゲが生えるようになってから普通にアマハルになったんだ。俺はアマハル。あいつはハル。なるほどだ。
「ハル」
「アマハル」
呼ぶ声が重なった。
俺たちはお互い一瞬キョトンとして、なんだか気恥ずかしくなったのか互いに笑ってしまった。
さて、昼飯である。食材はまだない。
本当にないのだ。冷蔵庫の中は見事に空だった。戸棚のカップヌードルはどこへ行った?
「カップヌードルは昨日食っちまったよ」
と、ハル。そう言えばそうだった。ていうか、俺の心を読むな。
「買ってくるよ。この身体で歩くの、慣れたほうがいいかもだし」
「あ、ついでに」
「牛乳だろ?わかってるって。………っと。靴がデケエし服もブカブカだ。まあいいや。誰も見ないだろ」
ハルは慣れない足取りで外へと出て行った。
それにしてもさすが俺。欲しいものは全部わかってるってわけか。ついでに言えば、あいつはきっと牛乳の他にチョコクッキーも買ってくるだろう。
■
さて、これからどうする。
実際、この状況はただ事じゃない。
ハルは事の重大さに気が付いているのだろうか?
ハルには、戸籍がない。
戸籍がないとどうなる?
まず、学校に行けない。バイトも出来なけりゃ、お金も入らない。そのうえ、何か病気しても国民健康保険すら使えないし、家を借りるなんてもってのほか。
つまり現状、ハルは俺がいないと生きられない上に、社会的な活動が何もできない厄介者だ。それこそ、身体でも売らなければやっていけないだろう。
それに、このアパートを契約してもらう時、一人暮らしでという条件でお願いしていた気がする。
かとって追い出すわけにもいかない。究極、そういう状況になったとしても俺がそこで決断を下せる自信はまったくないし。できればそれをしたくない。
もしかしたら、今日寝て明日の朝には元通りになっているかもしれないが、戻らない可能性のほうが高い気がする。
何度か、スマホに「自分が二人に」「女体化」「分裂」「女になっていた」などと打ち込んで、同じような現象が過去にないか検索してみたが、出てくるのはオカルト系の話題や、そういう性癖がある方たちのエロ漫画ばかりだった。
俺もいっぱしの童貞健全オタク少年だから、そういうジャンルのエロがあるとは知っていたが、実際に起きると、割と深刻にならざるを得ない。
医者に行くか?馬鹿な。
警察に相談?馬鹿が。
いや、そんなに深刻になる必要もないかもしれない。
実はハルは双子の妹だった事にして、なんとか戸籍を取るという方法で行けないか?そして、同じ学校の同じクラスで授業を受けるという学園ライトノベルみたいな展開。題して、俺のクラスに俺がいる……。
いやいやいや。アホか。もっと現実的に考えよう。
ハルは記憶喪失で、出自の記憶が一切ないという事にして…。
役所で、戸籍を申請できる?
調べてみないとわからん。
ハルは今、存在していない人間になってしまっている。
あいつは、今限りなく身寄りがない。
ダンダンダンダン……。ガチャッ……!
考えが煮詰まっていたところに、やや足早な様子でハルは帰ってきた。やはり、カップヌードル2つと牛乳とチョコクッキーを買って戻って来たが…、どことなく様子がおかしい。顔が赤くなってるし、なにかあったのか?つーか、よく見たらお前の恰好そうとうヤバいぞ。痴女じゃねえか。そんなオッパイタプタプ揺らして街を歩いてたらそりゃもうジロジロ見られて視姦されること間違いなしだぞ。俺でもジロジロ見る。
あ、なるほど。ハルは次にこう言うな。
服を買ってくれ!!!
「服!!!服を買ってくれ!!!」
俺はバイトの給料日がまだ遠い事を思い出して、頭が痛くなった。
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