白髪を切る

なみかわ

白髪を切る(しらがをきる)

 母が鋏の黄色い柄をこちらに向けた按配あんばいに、「白髪を切って」欲しいとの願いを受け取り僕は立つ。

 黒く艶あるしなやかなきわ美しい髪の間に、それこそ蚤をかき分けような爪先つまさきはじき選んだ白髪はくはつ、高くも安くもない刃先へと震えた指先力をこめる。

 何事何度なにごとなんども繰り返す工場人こうじょうじんの心持ち、せたかしらんと思いつつ、しかしてこの数年で合わせ断ち切る白髪しらがは増えた。

 豊かに座りこうべを垂れる母の、さて生まれに年は何時いつだったろうか、西暦昭和せいれきじょうわの年号を加減してみて考える。


 戦後の動乱静かな波に帰り立ち直り走り出し、所得の倍増三種の神器、大阪万博新幹線、そういう歴史にいきづいて、八〇円で朝の珈琲コーヒー一杯飲み干しミナミで仕事。

 一方今では僕も職人しょくじん、百二十円の缶紅茶ともにしキタで急ぐ日々。


 大量の情報流れる網目こうもくに存在一片いっぺんまぎれさせんと、衆人同一歩調を合わしてよたよた彷徨さまようこともままならん、ほんまに疲れた世の中なんやと言葉を鋏に手向けて嘆く。

 化け学科学もとどつまりいつかは世界もまた喧嘩、険悪鬼の目出んとも限らず、穏便平和も十年百年、一世紀もよう続かんなあ、母の頭はけたけた揺れる。

 頭が削げるで鋏を持ちかえ、一緒にげたげた笑ってみるが、腹の中ではどきりとうずく。


 物の値段が札束の量につられて引き上がり、石油が底打つ不安のさなかもかご提げ走って切り抜けた、それでも今日ほど毒々しげな事件風評あったかどうか。


 せめても僕らの親御の世代戦争だけには流転させるか、あと三十年ほど一息にたゆみさえせねば時もまた白髪が生えても美しく、人生謳歌し紅葉見られる、艶やかな。


 花散る時期まで笑顔満面、あなたを守ると僕は言いたく、これは口からこぼせど恥か、利き手で母の頭を撫でた。

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