第08話 クラッシク畑出身のキーボード -04
「分かりましたかお嬢様!」
「え……」
私は部屋で詠美にデジカメと三脚の使い方を教えてもらい、それで取って良かったなと思う物を渡すよう説明を受けた。
「まあ、ともかくお嬢様はピアノの指使いが見えるようにこの三脚立ての位置からカメラをセットしてちゃんと撮れるように回して下さいあとは私が編集しますので!」
「わ、分かったわ……」
「じゃあ、私は仕事に向かいますね良いものが撮れたら私に下さいね~!」
詠美は ニコニコとスキップをしながら仕事に帰っていく。きっと私のために一歩全身したと心からの喜びにそれを体で表現しているのだろう。
「……」
一人取り残させた私は、さっき弟が私に悪意に満ちた嘲笑いをするのを思い出した。私のその悪意に満ちたにやつきに、心が寒くなり不安し恐怖をしてしまう。あの時の事が頭によぎって……
それは小4の時のピアノのコンクールでの出来事だ。あまり上手くないので番が早くその時も自分なりの不完全な演奏しかできなかった。
そして、哀れみのこもった拍手喝采を貰う。
両親はあたまりまえのように自分達の芸能活動を優先させてこの場にいず弟も練習でいない。そんな事は悲しみの欠片にも入らない。
そうではない。
無表情な顔をしている私のピアノの先生でもない。それは隣にいた中年のおじさんの顔だった。
その表情は完璧嘲笑うような顔であった。
そのおじさんは私を貶すようににやけながら拍手をしていた。
私はそれを見た瞬間、とても嫌な思いをした。そんな事を思っているにも関わらず小さい私は礼をする時に沢山の人を仰ぎ見てしまった。
(え……)
その仰ぎ見た大多数の人がその顔をしていた。その悪意に満ちている嘲笑った顔をしていたのだ。私はその顔たちを見たままステージをゆっくりと去った。
そしていつも通り誰とも話さず私は待合部屋のソファーに座わりに行こうとしたが私は何故か衝動的にトイレに駆け込んでしまった。
そして私は泣きもせず、ただ顔をしかめようとため息をつく。
はあ…… なんだろうこの感傷はとても嫌だ物凄く気持ちが悪い。とてもとても嫌だ。
自分が嫌になる。人が嫌になる。ピアノが嫌になる……
私はそう顔を両手で抑えながら、その感傷を少しずつたくさん吐き出していく。
不器用な自分が嫌になる。不力な自分が嫌になる。自分の音が嫌になる……
嫌になることでどんどんうめつくされて行き嫌悪感で満たされた私の頭は、ついに思ってはいけないことを思ってしまうのだった。
音楽が嫌に…… なる……
そう思った瞬間今まで能面のように無表情にしていた顔を一滴の雫が流れた。
あれ…… 私はなんでその雫を腕で払うとその雫が一滴、また一滴と沢山流れで大きさを大きくなっていった。それから私は無理をしてでも2年間ピアノと向き合ったがそれは逆に自分の音楽への心を汚していき、精神を磨り減らしていくだけなのであった。
そのザマを戒め、それを糧にして頑張った結果が中学1年の私なのだ。
それから私はあいつに遠くから間接的に干渉することで何とか頑張る事の楽しさを思い出し何とか音楽を好きであれようになった。
そして自信を取り戻せるまで回復したそれなのに……
弟の嘲け笑いにより、過去を思い出しまた酷く怯えてしまった。
「……」
私はデジカメを両手に抱え持ちながら思う。
自分の音楽を他人に聞かれのが堪らなく怖い
画面の外で嘲笑っている人たちの顔を創造すると音楽を楽しむ気持ちが消えて行きそうでとてつもなく怖い。
また涙を流し、音楽を嫌いになりそうで……
私は悩んだ。詠美の気持ちは嬉しい。
私の音楽を讃え、もっと世に知らしめようとしてくれて本当に死ぬほど嬉しかった。
でも、やはり不安になってしまう。
あんな顔を沢山の人にされるのか、沢山の人にこれから叩かれていくのだな……
そんな風に思えてきて
本当に私の音で人を喜ばせる事ができるだろうか。不快にならないだろうか。
上げだしたらキリがないくらいの不安な思いに押し潰されそうだ。
私はそんな不安で頭をいっぱいにしながら今日はピアノに休む事にし、ベッドで寝る事にした。
だが、頭であの沢山の憎らしい貶し顔たちが忘れそうとして忘れられず遅くまで眠る事ができず休んだ気がしなかった。
起きたその日は、その事が頭に残り授業が全くの上の空で先生に当てられ答えられず注意されるくらい重症であった。
「おい荻野目?聞こえるか!」
「わ、わあ!」
いつもならボソボソと小さい声で答え、流しているのに、今日は大きく間抜けにビックリして生徒達の笑いを誘ってしまい私は顔をしかめた。
「フフ、荻野目、今日はなんだか調子が良くないな気分でも悪いのか?」
国語の先生の心配をさせまいとする微笑み……
そして、突然の私の奇声に仰天し笑う私の周りの生徒達……
平凡そうで明るさ滲み出るような雰囲気のクラス。誰もが見ても一番素敵で世界一平和な授業風景。
賑やかな笑いが飛び交い先生がきっちりと不安がせず怒らず穏便に振る舞う、そんな授業ですら今の私にはその笑い達が私を嘲笑うように見えてしまう。
「……はあはあ」
私はそんな幻想が見え、とてもつもない不安に押し潰されそうになり呼吸の鼓動がどんどんと早くなり汗をかく。手の震えが止まらず感情が表に出そうだったので私は手を4本指の爪で力を入れて顔を整え、唇を少し開き薄暗く笑って見せる。眼鏡の気持ち悪い笑いだと誰も思うだろう。皮肉混りのこの笑いに誰もその辛さや感情に気づくことなく日々は過ぎていく……
「いや!お嬢様詠美はなぜこうサボり癖があるのでしょう嫌になりますよ」
「そうね坂本……」
そのアンバランスな気持ちが続いて数日が過ぎ、もう木曜日の帰宅中である。坂本は車内でも相も変わらず詠美の事を愚痴っていた。
「お嬢様…… なんだが最近元気がありませんね体調は大丈夫なのですか?」
身近には元気のなさなどすぐ分かってしまうらしく、私が力のない返事をしてしまうと年長な坂本は冷や汗をだしそうな慌てた声で尋ねてきた。
「そ、そうね…… 最近暑いからさそれで夏バテぎみなの、教室エアコン効きにくいからさ…… あはは!」
私は無理矢理に明るい音色を作り、坂本に何でもないようにいや寧ろ元気だと声を張りながら笑って振る舞う。
「そ、そうですか、だったらいいのですが……」
坂本は私の空元気に少し気がついてしまったのか、口元に疑問符がついたように納得できない声を言って納得するフリをして私を家まで送る。
「あ、お帰りなさいませお嬢様!」
詠美も相も変わらず無邪気な声で出迎えの言葉をかけてくれる。
「ただいま詠美……はは」
私はそれに何げないく通りすぎようと、詠美に笑顔を向け足通りは逃げるようにどんどんと早くなっていき自分部屋へ無意識に急ごうとする。
「お待ちくださいお嬢様!!」
「何よ!」
早歩きした途端に詠美は私をゆっくりと追いかけきた。それに私は気づくともっとスピードを上げた。詠美もそれに負けじとスピードを上げてきた。
「待ってくださいよ!」
「何なのよ詠美!」
数分もしないで私は自分の部屋まで逃げ込むと、詠美に問い詰められまいと即座に部屋の鍵をしめさらに頑丈にとドアを両手で押さえる。
「お嬢様、開けて下さいよ、お嬢様、お嬢様!」
詠美は私の心を無理やりにでもこじ開けたいのか大きく両手でドアを叩いてくる。
廊下に滞りなく響く危機迫る声を私は何度も無視する。
「お嬢様……いいから、開けて、下さいよ!」
詠美はドアノブを引っ張りはじめて、更なる手段を取ってくる。
勢いよく叩かれる振動を胸で感じつつ、私は苛立ちと悲しみに際なわれる。
(詠美、しつこいよ……)
放っておいてほしい関係ないだろうと言う詠美の行動への苛立ち……
そんな詠美に対して、自分の行動に罪悪感が拭い切れないせるせない悲しみ……
それが渦のように頭に周り、私は顔を両手で伏せてその思いを塞ぎ込もうとする。
「お嬢様……」
詠美はドアを叩くのをやめると、私の名前を小さく呼んで、とても寂しそうなため息のように囁き私に問いかける。
「お嬢様、何かあったんですか?」
「……」
私はその問いかけを無視してドアに寝返り打ちながら悲しそう押さえつける。
「話たくなければいいです、でも私は心配してるんですここ数日いきなりピアノを弾かなくなってしまったから……」
ドア越しで聞こえる心配する声に、私の罪悪感は限界を越えそうでこれ以上詠美を騙し切れそうにないと思いつつも、無視を極め込み詠美に逆ギレの憤怒を演じて追い払おうとした。
「な、何でもな……」
「ああ、もうじれったいです!」
私が憤怒しようとした瞬間静かにしていた詠美がお耐えていた物が破裂するように叫びだした。
「何かあるなら話してくださいよ私は何があって笑ったりバカにしたりしません、何より私達は家族じゃないですか!」
演じようとしていた偽りの憤怒は口元で止まり、私は詠美のその何気ない一言の叫びに静止した。
「お嬢様!」
真っ直ぐに叫んだ詠美の声に私は口元を押さえ涙しそうになる。
「たとえ世界中が敵に回って私はお嬢様の味方です、仲間です、友人です、家族です!」
「詠美……」
詠美は一つ一つ言葉を噛みしめながら私への思いを言う。その言葉が私の心にグサリと刺さって抑えていた涙が溢れだす。
私はそのままドアを開けて、まだ幼い幼子のように詠美に泣きながら抱きつき出迎えた。
「ごめん、ごめんね詠美」
「構いませんお嬢様……ヨシヨシ……」
詠美は私の頭を優しく撫でてくれた。
その包み込んだ腕に暖かさを感じ、私は子供の頃も辛いときや泣きたい時に詠美に沢山こうやってして貰った事を思い出す。
庭で転んで坂本に手当てをされつつ、よしよし抱きしめられた。コンクールで上手い結果が残せなかった時、涙を拭きながら笑って励ましてくれた。そうだ……あの時だって……
「詠美……」
「うん、何ですか?」
そうあの嘲笑われた時の事……
あの時もこんな風に私が閉じ籠ってしまって詠美が大慌てしながら私を励ましてくれた。
「うんうん、何でもない」
それを思い出すと、自分の成長のなさを実感し少し情けなく恥らいが生まれて自分へ明るい嘲笑をこぼした。
「ぎゅう」
「きゃっ……」
その明るい笑みが自分への嘲笑だと詠美は気付いたのか私を力強く胸元で抱きしめてきた。
「ダメですよお嬢様、もっと自分に自信を持ってください」
私は詠美の胸の落ち着いた鼓動ともに優しく宥める説教が聞こえてくる。
「ごめんなさい……」
「そういう時はありがとうです、それはお嬢様の悪い癖ですよ」
優しい説教に私を包み込むような胸で怯えながら謝罪するし詠美からさらに注意をされる。その注意に妙に悔しくなってか私は顔を膨らませて不機嫌な声を出す。
「うう……謝ってるから許してよ」
「そういうことじゃありません」
「じゃあどういう事なのよ」
「そんなの簡単な事ですよ」
「え?」
その問いに優しい胸下からこそこそと顔をだし不思議そうな顔をすると、詠美は瞬くように笑って答える。
「ニッコリ微笑んでありがとうです」
「うう痛い……」
瞬くように笑うと詠美は、躾かふざけてか私の口角を無理やり上げて笑顔をつくらされる。
「も、もうやめてよ」
「ほらほらお嬢様笑って下さい」
私は嫌そうに詠美を睨んでやると詠美はそんな嫌そうな顔は嬉しい顔にしてやると言わんばかりに顔を触ってきた。
「私は赤ちゃんじゃないわよ……」
「フフ、いいえお嬢様はまだまだ赤子同然です」
詠美の嬉しそうな顔が少し憎らしく思えた私は反発しようと脹れ顔で睨み詠美の顔へと手を伸ばす。が、しかし私の攻撃は詠美には何の効果もあらず逆に私は腕を捕まれてさらに窮地に追い込まれてしまう。
「ほらほらそういう所がまだ赤子なのですよ~」
「むっ、むきー」
しばしの間、私が詠美に反撃したりそれを防がれ返り討ちにされる昔の人形劇みたいな可愛いイタチごっこを続ける。
そんなはたらから見ればおかしな喜劇を繰り返していく内に私は少しずつ元気を取り戻していく。
「ごめん許して~」
「だったらお嬢様、早速ピアノを弾いて動画を撮りましょう!」
じゃれ合う内に私は床に抑えつけられ両足に関節をきめられそうになり、詠美に嬉しいようで悔しい脅迫をされた。
脅迫が強制でないのは、詠美がじゃれ合っているにんまりとしている顔で分かるがその軽い言葉は私の頭を改めて深く悩ませた。体が変に硬直して腕から動かなくなる。
「……お嬢様?」
じっと動かなくなり力が入らない弱る私を見て詠美は関節を決めるのをやめ私から体を離す。と、思ったら詠美はなんと大胆に真正面から抱きついてきた。
「て、わあ……」
抱きついてき伸ばされた両手はゆっくりと私の背中に触れらる。
「私はお嬢様のピアノが大好きです」
「へえ?」
詠美はぎゅっと抱きながら耳元でそっと語りながら囁いてきた。
「だから私は一人でも多くの人にお嬢様の音楽聞いて貰いたいのです」
私は詠美の素直な気持ち直接聞く。
「お嬢様も自分の歌を一人にでも届けたいそして認めてもらいそう思ってるのでしょ」
そして気持ちの言葉と共に私の本当の思いを引き出そうとしてきた。
「え……」
「お嬢様❗」
「わ、私は……」
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