第08話 クラシック畑出身のキーボード -01
この世界はなぜ、私を置き去りにするのだろう。
授業中、休み時間中、行間中、昼休み中……
聴覚で聞こえる音と視界に見える映像は、人々の声は全く届かず、見えている物は色がなくなったように見える。
きっと聞こえてくる重要な事と、自分に危機の迫った事以外で反応をしないからだろう。
私は教室でも物静かで常に空気な存在。
ついでに、目立ちたくなく中2くらいの時から目が悪くもないのに淵が大きめな似合わない眼鏡をかけている。
そんな私でも生きがいがある。
それはピアノ……
家に真っ直ぐ帰りに大きな豪邸の我が家に入り鞄や制服を放り出す勢いである部屋に向かう。その部屋は16畳くらいの広さで赤いカーペットが敷いてあるピアノの部屋。
そこで私は軽快なリズム感でモーツァルトのピアノソナタ第8の第1~3楽章を弾く。
ベートーベン、ショパン、シューベルト……
クラック以外にも流行り歌やカラオケソングも時たま奏ている。唯一この時だけ私は全ての物や音に色がついて見える。
この色は自分色で他の人の誰色でもない自分色な音で誰の音でもないそんな音と色がこの掃除が大変そうな広い部屋の隅まで響き渡り、自分色が溢れる五線譜の音符が空を飛ぶ。
ピアノを弾いている時だけは、そんな気分なのだ。
「うわ、なんだよこの第8のソナタ……」
しかしそんな気分をぶち壊すかのように弟の意地悪で尖った声が私の音を突き抜けて耳に刺さる。
「相変わらず幼稚園児レベルの抑揚、ちゃんと楽譜通りに弾けよ……」
弟はわざと毎日のようにこの部屋の前に来ては私の演奏に聞こえるように被せてケチをつけられる。
そんな生意気な弟だが、私は文句を言えない。なぜなら彼はとても優秀なピアニストだからである。私より2個下の中2であるながら参加コンクールでは小3から何度も全国優勝。
それに比べて私は小1~6で銀賞や銅賞を数えるほどしかない……
本当は私は彼のケチ=ダメ出しに感謝を覚えて必死にそれと向き合うべきであるのだ。
でも今の私はコンクールなど気にもせず、ただこのピアノという音を奏でるおもちゃで遊んでいるだけ。だからケチをつける弟の言葉など私の耳には何も響かない。なので私はひたすら自分なりの音を耳で聞いて鳴らして演奏をする。弟は私の演奏を苦痛に感じたのか小さいため息をついて何処かへ消えていく。
私も自分の演奏に疲れ、ピアノに寝そべると昔の事を目を閉じて思い出す。
幼稚園の頃はよく勝手に鍵盤の椅子に乗っては習いたてのクラックやよく皆で歌った合唱曲を奏でたものだ。
「ふ、フーン♪」
「美穂ちゃんピアノ上手!!」
「ねえねえもっと弾いて弾いて!!」
あの頃はよく周りの子達から弾くことをせがまれたものだ。
そしたら沢山の園児達が私の周りに集まってきて……
時には先生に変わってピアノを演奏させてもらうこともあった。
しかし、小学生なり学年が上がるにつれ周りの皆は私に興味を示さなくなっていった。
幸いいくらか話したり、遊んだりする子も一応はいたが中学に上がり皆がその空気に馴染んでいく頃にはもうその娘たちに私の存在はなかった。
それに加えてコンクールでもあまり芳しくない結果しか残せなかったので、出来ない自分との戦いの葛藤に破れ音楽を嫌いになり自暴自棄になっていた。その頃はテレビで流れてきたcmや番組のbgmで自分の弾いた事がある曲を聞くだけで嫌悪感を覚えるほどだった。だから、中学に入ってからは厳しいピアノ稽古辞めてコンクールに出るのも当然のように辞めた。ともかくその時は音楽から身を引きたかった。
部活はというとその時の私の心理状況からするに吹奏楽部に入る訳もなく、何も考えず周りに流されるように人が多い陸上部に所属した。
陸上部は人は多いし知ってる人もいた。
大会でいい結果など残せなくても気の合う仲間の一人や二人で遊んだり喋ったして賑やかに暮らせればいいそう思った。
しかし、部活に入って1ヵ月もしない内に知り合いの人達は私から手のひらを返すように違う友達を作り私から去っていった。
悲しくはない。昔から仲のいい人はいても友達と呼べる人はいないから何も寂しくない。ただ私には特質した物はない何も価値のない人間で音楽は力量も才能も私にはなかったから……
だから仕方ない。皆と喋っている時も目立ちたくないから周りに出来るだけ意見を合わせるだけでそうしないと置いてきぼりになりそうで怖かったから……
なので仕方ない。私はただ言われた事に従うだけのとてもつまらない人間できっと私の事を鬱陶しく思い早く消えて欲しかったに違いない……
一人になった事を後悔はしてない。
何故なら、一人になり周りに意見を合わせる事をしなくて良くなり自由になったからだ。
でも、一人になった分苦しい事もある。
それは孤独との戦い。しかし、それも意見を合わす事を天秤に掛ければ容易い事であった。
「はああ、疲れたな……」
半強制で組まされたいつも嫌な顔をされるバディーとのストレッチが終わり、その後決められたメニューをこなして走り込みして私の1日は終わる。
帰る頃にはだいたい5時30くらい。
おまけに、バディーとのストレッチが終わるとずっとほぼ単独行動。
たまに先生を手伝ったり、目付きの悪い嫌な女子にお金持ちというだけで変に絡まれたりする。それに追い討ちをかけるように顧問から手厚いダメ出しや指導。
私は1日を振り返り、ヘトヘトになりながらベッドの上で眠りにつく。そんな日々を繰り返していく中私は自分の中で転機な出会いをした。
その日はいつものようにストレッチを終えると、私は一人10キロの学校周辺走り込みコースを寂しく走っていた。
私は体力があまりなく足も遅いので、いつも前に人がいない。そして、後ろにも人がいない。
そう今まではいつも思っていたのだが、実はまだ後ろに人がいた事にこの日気づいた。
「ぐ……うう……はあはあ……」
その人は男子で凄く咳き込みながら辛そうに足をひきつらせながら走っている。
「う……は、はあはあ……」
その男子は街路樹に今にも倒れそうでヘナヘナなホームで走っていて本当に陸上部かと疑いたくなる様子であった。
私は後ろでへばっていく男子と一緒にゴールするのは、個人のプライド的に凄く嫌悪感と侮蔑的な感情を抱いたのでその変なプライドの底力を出し、なるべくこいつより早くゴールしようと走るペースを上げる。
(グ、何で私こんな変なプライド張っちゃってるんだろ)
そう思ってどんどん走るペースを上げる自分に内心呆れながらも私は走る。
これも一人なったせいだろうか、それとも音楽を辞めて掛けるプライドがなくなったので今こんなどうでもいいような事に掛かってしまったか。そんな重要そうでそうでない疑問より先に私はひたすら速度を上げ人を一人また一人と抜いていった。
気づけばいつもよりも2分くらい早くこの走り込みを完了してしまった。ちなみにベスト記録を更新した。
この後、私はいつも以上に異常なほど息切れをしてその息切れように周囲の部員達は男女問わずだらしない私に引いているのか皆嫌そうに目を細め歪んだ視線を向けてくる。
「は、はあはあ」(死にそう……)
私は全力を出して走った疲れでその精神攻撃など気にする余裕もなく、しばらく動けなくなりベンチに横になった。その様子をみかねた保険の先生が氷まで持ってきてくれる始末であった。親切な先生にもがきながら感謝してゆっくり青く濁った空を見上げながら休む事にした。
(全く、何やってんだろ)
酷い顔の空とにらめっこする事約5分、ぜいぜいと機関車の蒸気音かというくらいの息切れを起こす声がこちらに近づいてきた。
その声に察しがつき、どうでもよく気にならないのだがその声の方を見てしまった。
「が……うう……」
案の定、私の察し通りで私に小さい負けず嫌いのプライドを持たせてベスト記録を更新させてくれたそいつであった。
そいつは走り終わった瞬間、ゆっくりと止まって地面に座り膝をついている。
(あの子大丈夫かしら……)
あまりのバテ様に思わず心配し、そいつに声をかけようと思ったが。
「あ、あの……」
「……」
私の萎れた声に気づかなかったのか気づいたのか、そいつは光の速さで練習へ戻った。
(はあ?何よあの子……)
ダルマか起き上がりコブシなのかと思うくらいの立ち上がりの速さに、驚いて立ち上がる。しばらくして、そいつを追いかけるように私も練習へと駆け出していく。
(あ……なんかあいつには負けたくない!!)
私は心の中にある自分の底辺ながらのプライドを心で叫んで全力で練習に挑んでしまった。結果、私は死ぬほど息を切らした。
普段はやる気なくサボっている体なのでいきなり激しく動かすなど、ほぼ自殺行為であったようだ。しまいには……
「あの大丈夫ですか?」
練習が終わり端でバテていると、男女の同じ群れのはぐれ鳥同士だったのか必然的にこいつが心配してきたのだ。そいつは汗ビッショリになり困り顔をしながら手を差し出してきた。
「……う」
そいつは女子が得意ではないのか、手が小刻みに震えていた。
「ほ、保険室行きますか……」
(うう……)
私も男子はあまり得意ではなかったが仕方なくプルプルと震える手を握ってそいつの肩に体を預けた。
それからの記憶はあまり無い……
目を覚ますと、いつもの迎えの執事のじいの坂本が私の前にいた。
その時、私は体の心配よりも校舎の中に生徒があまりいなかった事で自分が目立たなかった事にほっとした。私は身分で人に意張り散らすような事はあまりしたくないなぜなら、母がそういう典型的な悪党令嬢という奴でそんな人間にはなりたくないからだ。だから普段も学校から少し離れた所に止めてもらい登校し、またそこから下校している。
「大丈夫ですかお嬢様?」
「はい大丈夫です坂本……」
坂本はあいつと同様に心配してきたが、体は自由に動くのでただの瞬間的な過度疲労だと軽く思い外の車に乗って家に帰った。
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