第05話 先輩に優しいあの子と俺に優しくしてくれるあの子 -09 


今日は朝から山下さんと超人対自転車のチキンレースとなり追いまわされ、疲れ果てながらも、無事に葛城さん達とは何気ない挨拶をしてその場を納め、学校へは登校できたがしかし……


「はあ……」


波のように登校してくる生徒達に追い越され、俺は大きなため息をつきながら自転車を引く。朝からのレースが堪えたか……

山下さんが自転車のスタンドを踏み倒してきた時はどうなるかと思った。

手に汗握る経験をした事を思い出し、疲れは胸から頭にくる。しかも、スマホで今日の一限目を何気に確認すると体育でありつい口が滑る。


「こんな朝明けに体育かよ!」


虚しい一人突っ込みをしながら、教室へと向って教室に着くと、疲れに耐えながら素早く体操服に着替える。


「よっしゃ、体育!体育!」


「ああ、めんど……」


疲れに耐えるも、走ってきた生徒の後者のような声が多く聞こえる。そんな言葉に同感しながら、俺は誰にも関わらないように廊下のなるべく隅っこを歩いた。


「ビュ~ン!」


隅っこを暗くボッチオーラ丸出しで歩いていると、朝死闘を繰り広げた小さい悪魔の元気で走り回っている声がした。


「宮、朝からあんなに走ったのに元気だね……」


「フフ、あんなの序の口だよ普段の運動と兄弟の面倒を見るのに比べたら~」


声のする方を見ると、吉田さんと山下さんがいた。俺は山下さんを恐れ、自分の口を反射的にそっと塞いだ。


「……」(……少し急ぐか)


ぐずぐずしていると、また山下さんに追い回されそうな気がしたので俺は気配消して忍者の走り去りグランドへと向かった。

移動教室の生徒達の目を掻い潜りグランドへと着くと、体育恒例行事のグランド三周を済ませる。三周を走りきると、10分もしない間に先生が来て集合をかけられた。


「よしじゃあ、今日もはハードル走だ……」


2日ぶりに見る体育教師の石田、相変わらずの体育教師とは思えない熱さの見えない気のない説明、石田はやる気のあるものしか力は注がない主義だ。ちなみに、種目は中間テストが終わったのを境に変わったばかりである。


「いいか…… なるべくペースを崩さずテンポよく飛べ、マラソンと一緒だ……」


ハードル走の練習練習が終わって、石田が毎回のポイントアドバイスすると自由にハードル走をする時間が始まった。


「次…… 次……」


石田はゴールでボードとタイマーを持ち、淡々と名前と記録を言いながら、気のない表情で立っている。石田は最初からあまりにやる気はないが、記録書きや、片付けなどめんどくさい事はあまり生徒に任せずやってくれている。それは石田なりの優しさなのだろうか……


「次奥谷……」


石田に少し感謝の気持ちを抱こうとすると、俺番を言う石田の声がした。その声を聞き、俺は白いスタートラインの上に立った。


「……はい」


少し顔が青くなりながらも、俺は呼吸を整える。ハードル走の練習の時から、チキンレースの疲労が溜まりに溜まりにきっていたので、練習はパスし体の回復に勤めようしたのだが石田が俺が練習放棄したことにいち早く気付くとすぐに走らせきた。その後は……


「あ!」


「え?」


「もやしく~ん」


俺は小さいチキンレースの悪魔に捕まり6回くらい練習に並ばされ……


「う……」


「ほらほらもやしくんテンポ落としちゃダメだよ!もっと早く早く!」


「ひ、ひー」


何故か、知らないのだが山下さんと走りながらハードル走のコーチをしてきた。

突拍子もなく絡んで来て、訳を訪ねる暇もなく走らされ、並んでいるときでも……


「いい、だからねえ走ってきたらこうバーンてピューで」


「はい……」


彼女の主語も述語もない擬音だからけのトンチンカンなアドバイスを聞かされた。


「……」


それで今、俺は頭も体もボロボロな状態でこの白い線の上に立っているのだ。足もひどく縺れそうで、ロクに頭も働かない。


「もやしく~んファイトだよ!ファイト!」


辛い状態の俺に山下さんはお構い無しに、大声で応援をしてきた。


「お、何だ何だ?」


「あいつ凄いのかな?」


「そういや、なんか無茶苦茶気合い入った練習わよね今日」


山下さんの大きな応援の声は周りの関心が高まり、沢山の視線が俺の方へ集まる。


「……」


(ざわざわ……)


「ワクワク、ワクワク」


今、俺は沢山の視線を見て思った。こんなに多く期待の目を向けられているのだと……

大会に3年間出たがこんな期待な視線を向けられる事はなかった。

2軍として個人で100メートル走とハードル走で3年間大会に出てどれも下から数えた方が早いような順位で、誇ってのいいような成績は出せなかった。

なので、客席までは知らないが、他の陸上部員達からは2軍などどうでもいい話にならないという風に視線にすら入っていない。サッカー部か野球部の方が早いだろうと言うくらいの実力で見向きもされなく、リレーの選抜メンバーや実力派で期待させれる部員達を羨ましく思うばかりだった。

そんな部活でも日常でも見向きもされない俺が……今……

皆から期待されている。中にはとりあえず寂しいのでテレビをつけるくらいの感覚で見ているだけかも知れない。少しの勘違いなのかも分からないが、妙に凄く嬉しく感じた。


「フ……」


俺はそう感じると内から自然に笑みが、一筋の細い風が通るように俺を横切った。


「おい奥谷、走らないのか?」


「は、はい!」


一筋の笑みは、疲れなど忘れさせてそれどころか物凄く調子が上がってくる感じがした。

顔を色もだんだんと明るくなり、いつも以上に最高の気分だ。


「よし、いくぞ奥谷」


そんな気分のまま、先生が笛を吹く構えをすると俺は走りを構え、笛の音を待った。

俺の構えが終わるとすぐに、笛の音が鳴り響き、それと共に沢山の視線もさらに俺を集中して見る。


「く……」


さらに集中される視線、集中される期待に応えるため、思い切り走り込み、目の前のハードルへと一直線に目指す。

俺は歯を食い縛り、走る辛さや疲れの辛さなど今ある全ての辛さを耐え、向けられた視線を自分の走る力に変えながら一つ目の70メートルハードルを思い切り飛ぼうと空高くジャンプした。俺は疲れや辛さなどもうなくなったと思っていたがそれは勘違いも甚だしかった。


「ク……」


疲れも感じることなく難なくジャンプし、俺は空中に舞い上がる。そんな瞬間……

空中で足を縦に広げた瞬間だった。


「……うん」(え、ヤバいてこれ……)


俺は力が突然抜けた。力が向けたが俺はこんな所で止まる負けには行かず一つ目のハードルを越え、次のハードルへとジャンプする心と体の準備をした時だった。


「ああ!」


俺は着地した瞬間、足を滑べらせて体のバランスを前に崩して勢い変に勢いがついて、頭突きするようにハードルへと激突した。

激突した衝撃でハードルも俺も地面へ倒れる。


「が……」


「も、もやしくん」


俺は物凄く衝撃で前頭部を打ち、さらに追い討ちをかけるかのように地面で後頭部を打ちその場でぐったりと倒れた。


「お、おい奥谷大丈夫か!」


心配する沢山の声がもうろうとする意識のせいで段々と小さくなっていき、俺はそのまま目を閉じる。





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