双眼異煌 姿は折れ言葉は散り、されば示さんこの世界

 平日と言っても、毎日朝から夕方までみっちりと授業があるわけじゃない。

 その辺は大学生の特権だよなぁ、なんてちょっと不真面目なことを考えながら、空いた時間でリアルと同じく朝のフリークブルグを歩く。


 すごく人が少ない時間だからこその、掘り出し物とかないかなーなんて考えながら市場を歩くが、そもそも露店自体が数える程。

 それでも、ちょっと珍しい携帯食料やアイスなんかを買ったりして、それなりに楽しみながら通りを過ぎた。


 初夏の頃、だが風も日差しも穏やかで、仮想のアイスもおいしい。


 さて、やることもなくなってしまった。どうしようかなぁ。

 今は目標としているボスや戦いがあるわけじゃないので、鍛錬は七夕終わるまでサボり気味でいいだろう。

 そうだ、久しぶりにゲーム外での準備や活動をしようか?

 そんなことを考えながら、なんとなく辿り着いた公園のベンチに足を向け。


 遊ぶ者もなく、小さく軋んだ音を立てるブランコ。

 そこに、一人の少女が座っているのを見つけた。



 這い上がる闇の紋が浮かぶ藍色の着物を纏い、しかしその両手は白くほっそりとした指先を空気に晒して、ブランコの鎖を弱々しく握り。。

 短く切りそろえた白い髪を垂らし、顔を地に向け俯く。

 意識して頭上に見るのは、本来は漢字二文字で表すべき、ひらがな四文字の名前。

 こんな時間にインしている数少ないフレンド。

 二字熟語メールでは時々話してたけど、実際にお会いするのは土曜の初対面以来だ。


「おや、絢鶴様。こんな時間に、奇遇でございますね」

「え……?

 あ、ライナズィア、さん……」


 覇気のない様子で、ゆっくりと顔をこちらに向け。

 嫌がってるわけじゃないんだろうけど、どこか心ここにあらずといった風に返事をかえしてくる。


 普通の言葉で。

 眼帯で覆われぬ、色違いの両の瞳をこちらに向けて。


「……大丈夫です?」

「あ、その……

 おはようございます、大丈夫ですよ」


 反射的に漏れたぼくの問いかけに、力のない笑みを浮かべる絢鶴さん。

 完全に、なんというか、疲れ果てて力尽きた顔だった。


「あー、えっと」


 困ったな、これは。

 弱りすぎて、どう見ても普通の人だ。普通の人よりも儚い、死にそうな人だ。


 素早く、絢鶴さんのレベルや装備品から戦闘力を判断する。

 これだったら……ちょっと厳しいけど、むしろそのぐらいがちょうどいいか。


「ときに、絢鶴様。

 今、お暇でしょうか?」

「え、っと……あの、えっと。今は───」

「お時間ありましたら手伝っていただきたい事があるのですが、よろしいでしょうか?」


 時間がない、とは言わせない。

 本当に時間がないんだったら仕方ないけれど、気まずいとか気が乗らないとかなら遠慮しない。

 自分勝手にお節介を焼くことを、遠慮しない。


「……はい、少しだったら」

「良かった。断られたら、寂しいとこでございましたよ」


 笑いながら、ブランコに力なく腰を下ろした絢鶴さんに手を差し伸べる。


「それじゃ、さっそく参りましょう。ちょっと大変かもしれませんが、どうぞお付き合い下さいね?」




「ここは……?」

「フリークブルグの町中にある、修練用の宝探しトレハンダンジョンでございますよ」

「あれ、それって確か、適正レベルって」



「あ、あああの、ライナズィアさん、わたっ、わたし虫だめで、だめなんでっ」

「あー、ごめんなさいね?

 クリアするまで出れないんですよねー、ここ」

「ひいいいっ!?」



「なななななんなんですかあの罠、天井が、天井がぷちって」

「面白いですよねー、古き良きダンジョンRPGって感じで」

「古くなくていい、古くなくていいですからーっ」



「宝箱こわい宝箱こわい宝箱こわい」

「いやー、酷い罠でしたねぇ。中から大量の蟻がひたすら溢れ出てくるとか」

「ひいい、蟻はいやぁぁっ」



「あ、あうあ、あー」

「絢鶴さんが壊れちゃった。糸を着けたら、操る人形になりますかね?」

「うー、うー!」

「そして虫型のボスに突撃を」

「いーやーーっ!」



「あああもう、もう全部吹き飛ばす、全部爆発しろー!」

「あはは、あーっはっは」

「ええい、一緒にライナズィアさんも吹っ飛べぇ!」

「え、ちょっ」



【ちゅどーーーん】

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