双眼異煌 姿飾れと叫ぶ故、其は信条を通すべし

「う、うええ、ひどい目に、ひどい目にあいました……」

「あはは、ぼくも爆破されたので、おあいこですよね」

「絶対違う、絶対違うぅぅ! わたしの方がひどい目にあいました!」

「あっはっは」

「笑いごとじゃないですよおっ!」


「でも、楽しかったですよね?」


 煤けた顔で笑いながら言うぼくに、むぐぐとばかりに言葉を詰まらせ。


「ライナズィアさん、やっぱり、性格悪いです……」


 どこか諦めた表情でためいきをつくと、絢鶴さんはようやく生きて帰れたフリークブルグの町中で、大きく身体を伸ばした。

 ぼくもダンジョンのクリア時に手に入れた宝石をしまいつつ、ウインドウ操作で爆破時についた煤を綺麗に落とし、戦闘用の装備から和服に切り替える。


「やだなぁ。自分で自分のこと、いい人とか善人だとか思ったことは一度もございませんよ」

「前に露店に来た時だって、後で考えてみたら、すっごい値切られてましたよねわたし?」

「そこは否定しませんけど。

 でも、絢鶴様との会話は、心から楽しかった……面白かったのですよ」


 絢鶴さんから買った浴衣を、示すように摘んで見せ。

 先導するように、町の通りを歩きだす。


「う……あの、そう言ってもらえるとうれし―――


 あれ、ちょっと待ってください?

 そこをわざわざ言い直すって、わたしの相手は楽しいんじゃなくて発言が面白かったってことですか、ことですよね!?

 やっぱりわたし……変、ですよね」

「あはは。変わってるのは確かでしょうね」


 先ほどまでの興奮した様子から一転、落ち込んだ風の絢鶴さん。

 その呟きを否定せず、あえて笑い飛ばした。


「でも、変わってるのはぼくだって同じですよ。

 でなきゃ、わざわざこんな世界でお祭りしようなんて言い出しませんから」

「それは……確かに、そうですけど……」


 歩いて向かった先は、なんてことはない、つい先ほど絢鶴さんとお会いした公園。

 ブランコではなくベンチに、並んで腰を下ろす。


「いいじゃないですか、世間と比べて変わっていたって。

 ぼくはあなたのロールプレイ、好きですよ」

「ぇえっ!?」

「この世界は『果てなき世界で、自分だけの何かを見つけよう』でございますよ。

 生き方、過ごし方、その全てが自分の想いのままでございます」


 ブレイブクレストのキャッチコピー。

 わりと、ぼくの好きな言葉だ。

 言葉というか、この世界の在り方や考え方が好きなんだろうな。


「筋金入りで自分を貫き、自分の在り方を楽しむ。そういう人が、ぼくは好きなんですよ」


 せっかく自由で広い世界なんだから、狭く小さくまとまってちゃつまらない。

 いろんな可能性があっていいし、いろんなものを見てみたい。


「ぼく一人で出来ることなんて、たかが知れてますから。

 だから、他の人と仲良くなって、広がる世界で、楽しんで過ごしたいんですよ」

「……なんだか、難しいというか、不思議です」

「ははは。ぼくは、変わり者ですからね

 だから、変わり者とか、こだわりの強い人が好きだってだけでございます」


 荷物からプレイヤー産のクッキーと紅茶、テーブルを取り出す。

 絢鶴さんに先日いただいた手ぬぐいをナプキン代わりにして、即席のお茶会セットだ。


「……わたし、その、ああいうロールプレイをしていたじゃないですか」

「厨二全開、眼帯二字熟語和装商人プレイですね?」

「うっ……そ、そおですけど、わざわざ口に出さなくていいです!」


 怒られてしまいました。笑う。


「それで、ですね。

 あの恰好や発言を、クラスの人に知られて、笑われて……」

「……なるほど」

「昨日、健康の授業日だったじゃないですか。

 知られたのは日曜日みたいなんですけど、よりによって午後の部のグループ活動の時にそれをわざわざネタにされて、夕方の部でマッチングした人にも初対面なのにその事聞かれて……」


……ん?

 あれ、夕方の部があるってことは、絢鶴さんって高校生だったの?

 え、うそ。身長低いし、中学生だと思ってた。

 心の中でごめんなさいしとこう。


「ん、ん。

 面白がって、他人の情報を暴露したがる奴はいますよね」

「……はい。

 その、それで……今日は学校、休んじゃって」


 最初に会った時よりはだいぶマシになったとは言え、それでもまだ少し暗い様子で。

 おそらく、休んでしまったことを悔いて、自分を責めている。


「で、ぼくに捕まったというわけですか」

「……そうですね。

 ライナズィアさんに捕まって、ダンジョン暗がりに無理やり連れ込まれて、嫌がる私を力づくで……!」

「ははは、すみません。

 絢鶴様の反応がとても面白いので、つい」

「つい、じゃないですよお!」


 悪びれないぼくに、ちょっと膨れてこちらを見上げる。

 その瞳は、左右で色違い。

 眼帯で覆われない瞳をのぞき込むと、慌てたように顔をそらされた。


「……わたしの目、色違い、なんです。

 普段は眼帯つけているのも、それを隠すためで」

「そうなのですね。

 すごく綺麗なのに、もったいない」

「え?」


 こちらを向いた、黒と緑の、色の違う双瞳。

 作り物とは思えないリアルな煌めき。その美しさに、引き込まれるように見つめる。


「とても綺麗だと思いますよ。

 確かに、学校だといじめられたり、色々あるだろうとは思いますけれど。

 それでも、綺麗だってことは、誇っていいことだと思うのですよ」

「そう……ですか?」

「ええ。

 誰も、そう言いませんでした? 親とか友達とか」

「……確かに、親や親戚は、小さい頃にはよく綺麗な目って言ってくれましたけど。

 学校に入ってからは、変だとか気持ち悪いって言われるばかりでした」

「子供には、その美しさが分からないんですよ。

 審美眼のない奴は笑い飛ばして気にしなければいいのでございます」

「審美眼、なんて……」


 ちょっと大げさな言葉に、両の目を細めてくすりと笑う絢鶴さん。


 不覚にも、ちょっと可愛いと思ってしまった。

 ロリコンは犯罪です。いやでも、高校生はセーフか?


「まあ、すぐには切り替えられないかもしれないですけれど。

 少なくともぼくは、絢鶴様のロールプレイが好きだし、絢鶴様と話してておもしろ───楽しいと思ってございますからね?」

「あー、また面白いって!」

「はっはっは」


 わざとらしく、笑って誤魔化す。

 そんなぼくにジト目を向けつつも、紅茶を一息に飲み干して、絢鶴さんも笑った。


「人の目なんて気にせず、やりたいように楽しめ。

 やりたいことを出来る自分に、胸を張れ。

 自分のやりたいことも出来ないで他人を笑う奴なんて、こっちが笑い飛ばしてやれ。

―――ぼくから贈る言葉は、そんなところでございますね」

「……はい!

 じゃなかった、肯定、是非!」


 よくできました、とばかりに。

 その短い白髪を軽く撫でて、ぼくも紅茶を飲み干す。


「今日は付き合って下さって、ありがとうございましたよ」

「いいえ、私の―――」

「二字熟語」


 絢鶴さんの返事を笑いながら遮り、ロールプレイを要求する。

 一瞬言葉に詰まった後、絢鶴さんはちょっと得意げに微笑んで。


「否定、我方、多謝。今日、出会、感謝。

 時間、平気?」


 最後だけ、二字熟語というよりも、それまでの普通な雰囲気で。

 ちょっと小首を傾げながら問う姿に、意識しないようにしていた時計を確認する。


 うん、やばい。知ってた。


「ぼくはこれから大学でございますよ。なので、申し訳ないですがここで失礼いたしますね。

 良かったら、また夜にでも」

「多重、感謝。是非、再会、是非」

「うんうん。

 やっぱり絢鶴様は、頑張って二字熟語でないとね。

 あ、右腕・・の封印は解けちゃってるけど、今日は大丈夫なんですか?」

「!!

 あ、えっと、封印、その、そう、友人、思遣、我力!

 貴殿、親切、救済、我腕」

「えっと、友人ぼくの思い遣りが力になって、親切に腕が助けられたからとりあえずオッケーなので細かいところは突っ込むな、という意味でしょうか?」


―――完璧な翻訳なのに、わきばらぐりぐりされた。解せぬ。


「それでは、名残惜しいがこの辺で。

 良い一日を、良い日々をお過ごしくださいね」

「多謝。

……いってらっしゃい。ライナズィアさん、またね」


 笑顔で手を振る絢鶴さんに、軽く手を挙げて。


「まあ前回封印されていたのは左腕・・でしたから、右腕の封印なんて最初からなかったんですけどねー?」


 自分でも分かるくらい、にやにやと笑いながら捨て台詞を残し。


 フリークブルグから現実に帰ったぼくは、あと一分で開始する講義に出席するために大慌てで大学へとインするのだった。






―――――――――


From:あやづる


友人、感謝、海深


贈呈、貴名『雷那』



貴話、貴心、好思



追伸

右腕、左腕、無差。我身、是全、封印

灼怒


追伸 其二

浴衣、納品。随時、連絡


―――――――――



          □ □ □ □ 



「ライナズィアさん、ありがとう。すごく、すごく感謝してます。


 あなたの名前、これからは雷那って呼ばせてください。

 あなたが楽しんでくれた二字熟語ロールプレイで、もっとあなたと話したいから。



 でも、前回左腕だって分かってて右腕の封印って言うとか、わざわざ引っ掛けなんて性格悪いです!

 いいんです、我が身の全てが封印ですから、右か左かなんて関係ないんです!

 闇の炎で灼き尽くしてくれようぞ!



 だから、これからも、よろしくお願いしますね」

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