雪花光咲 光る雪花の果実色、春は契りて姉となる

 ハノリエでの休憩を終え、町を出た後は街道を外れて平原を進む。


「上空3、きます」

「一匹目はぼく、二匹目はクルス様、ラシャとみかん様で三匹目を。

 無理せず、突撃を避けてから落ち着いて反撃で!」

「回復はお姉さんが受け持つから、どーんといってらっしゃい!」

「はい、お願いしますっ」

「らじゃー」


 降り始めた雪に紛れるように、空から急降下で襲ってくる白い鳥のモンスター。

 ラシャの起こした爆発にダメージを負いながらも、アイスコンドル自体は危なげなく撃退し、5人で奥地へと歩みを進める。


 やがて、星月の明かりも雲に覆われて暗かった辺りに、朝の光が混じり始めた頃。

 小さな岩山に隠された、もっと小さな泉の畔で。

 岩山の影で朝の日は届かぬ中、水面に映る花の光が幻想的な光景を描き出していた。


「うわぁ、綺麗……」

「すごい」

「これは絶景ね」


 眼前に広がる光景に声をもらす女性陣。

 おいラシャ待て、なぜそこで爆弾を取り出す?


「ベルンシア地方に咲く光る花、スノーベリーでございますよ」

「ああっ、我の爆弾が!」


 爆弾危険物を没収しつつ、水辺に咲く花の説明を始める。


 スノーベリー。ベルンシア地方雪国に咲く、果実をつける植物だ。

 育てるとカラフルな花を咲かせ、花の中央部が夜に光を灯す。

 花の付け根、茎の部分が膨らんで果実となるため、光る花自体は収穫するまでずっと楽しめるという、ちょっと不思議なファンタジー植物だ。

 味は甘味2酸味8といったところで、ジャムに向いてると思うとは調理師わきさんのお言葉。

 この花の採取が今日の遠征の目的である。


「水場に咲いている通り、栽培には大量の水が必要だそうです。

 水やりの手間を考えると、水田上にするのが一番楽だとか育成した人の情報がございました」

「なるほど……これを川に一杯咲かせて、天の川にするんですね!」

「その通りでございますよ。

 農家班は、頑張ってたくさん育てて下さいね?」

「はいっ、頑張ります!」


 実物を見てイメージが固まったのか、みかんさんが両手を上下させて頷く。

 真っ白いポンチョのせいか、普段以上に子供っぽくて可愛らしい。


 そんなみかんさんを見て微笑ましい顔をした後、キタキツネさんが感心したように言った。


「ライナジア君、いろいろと考えてるのねぇ」

「スノーベリーは、実しか知らなかった。

 そんな使い方があるなんて……」

「いえいえ、たまたまでございますよ」


 マップ埋めで隅々まで探している時に見つけたものだ。

 ここ以外にもスノーベリーの咲く場所は何か所かあるが、出現モンスターの危険性から言えば、ここが一番推奨レベルが低い。

 フリークブルグから来た場合に、一番近い場所だしね。


「それじゃ、念のためスキルのあるぼくとみかん様で、手分けして採取しましょう。

 三人は、休憩と辺りの警戒をお願いします」

「「はい!」」




 その後、咲いていたスノーベリーの7割ほどを収穫して光る花の種の採取は終わった。

 種と言ってるが、いちご状の果実ごと植えるので、実際は果実の収穫という方が近いかな?

 手伝ってくれた皆に、味見用のスノーベリーを2つずつ分けて残りは祭りの準備用ということでぼくが全てもらった。ありがとうございます。


 ギルドメンバーに呼び出されたクルスさんと、放浪の旅に出るラシャをハノリエまで送り届けてお別れ。

 残った3人で再び海底洞窟を通り、フリークブルグへと帰還する。


「今日はご協力下さり、ありがとうございましたよ。

 また機会があれば、是非に」

「ええ、私もなかなか楽しかったわ。またね」

「キタキツネさん、ありがとうございました!」


 西門で軽く挨拶をかわし、キタキツネさんとも別れる。


 最後に残ったみかんさんに、少しだけ、恐る恐るこの後の予定を話す。


「ぼくはこの後、いくつか畑を用意してスノーベリーの栽培をするつもりです。

 みかん様は、他に何かやりたいことがあれば遠慮なさらないで下さいね」

「い、一緒に、栽培したいです。

 ご迷惑じゃなければ、ちゃんと、自分で準備したいです!」


 少し困ったような、あるいは悲しそうな声。いや、怒ってるのかな?

 なんだかよく分からなかった。


 その言葉に込められた感情はよく分からないけれど、準備したいというのはきっと本当なんだろう。

 分からないけど、そうだって信じたい。


「分かりました。それでは、空き地に戻りましょう」

「はいっ」



 空き地に戻り、そこで先に集まって祭りの準備(主に裁縫、一部木工)していた人たちと合流する。

 リーリーさんも加えて、農家班で空けておいた畑の一角にスノーベリーの種を植えた。


「食べずに果物ごと植えるんだねー。おいしそうなのに、なんかもったいないなぁ」

「種が小さいし、ある程度まとめて植えた方がよいらしいので。

 作業が終わったら、後で味見用に差し上げますよ」

「やった! ライナさん、話せるー!」


 栽培方法は植える畑を変えて三種類。

 普通の畑、池のすぐ真横に作った畑、池の中だ。


 自然での生育場所から考えれば池のすぐ真横が本命だけど、情報としては普通の畑でも池の中でも育成は出来たらしい。

 当日は池の上に光を灯したいし、何がどう影響するか分からないので、自分でもいろいろ試してみよう。


 今回畑の横に用意した池は、水を溜めるだけの溜め池のようなもので、川などとは繋がっていない。

 土魔法と水魔法を使って、はるまきさんが予め作っておいてくれました。


「ライナ。当然、みんなの分あるのよね?」

「もちろんでございますよ。多めに取ってきてますし、味見は大事ですかと」


 天然物の果実なので、味は中級品レベル。それでも、現実になく食べたことのない果実なので、話の種にはなるだろう。

 光る花の種なだけに。


……こほん。

 誰にも聞こえない呟きを、誰にも聞こえない咳払いで誤魔化しつつ。

 全ての果実を植え終わり、水もやって農業は一段落。

 道具を片付け、備え付けの水道で手を洗ってから全員に味見用としてスノーベリーを配っていく。


「ありがと、ライナ。

 見ての通り、裁縫で両手が塞がってるから食べさせてくれるかしら?」


 座布団を縫っていたはるまきさん。

 裁縫の手は止めたが、針と布から手は離さずじっとこちらを見つめる。


 何となく周囲を見回すと、なぜかみんなしてこちらを見ていた。

 きっと配布されるスノーベリーを待ってるんだろう、そうに違いない。


 特に、取ってきた木材を加工しているチョリソーと、へたれるかなへたれるかなって嬉しそうに呟くリーリーさんには微妙に表へ出ていただこうか。誰がへたれだコラ。


 その向こうでは、みかんさんもこちらを見つめていたが、目が合うと顔ごと背けられてしまった。

 何とも言えない気持ちになる。


「みかんちゃん、栽培終わったんでしょ? すごい待ったよ。

 さあ行こう、昨日約束した通り今日はベルンシア地方へ行こう。しっかり稼がないとね」


 そんなみかんさんに声と手を掛けるやつがいる。

 いや、一応スタッフだし、イグニスさんだが。空き地に戻ってから見た範囲では、何一つ作業をしていなかったが。一応、名前はスタッフとして記されている。

 ちなみに一緒に居るマリーンさんは、木工班の手伝いをしてくれていた。意外と手先が器用でありがたい。


「……分かりました、あまり時間はないですけど」

「大丈夫、町からは近いんだ。さあ、すぐに行こう」


 目の前、いや遠くで交わされるそんな会話に、意識が引かれる。

 それに割り込んで引っ張り返すように、はるまきさんの目がじっとこちらを見つめていた。


 嫉妬や怒りではなく、その目にあるのは変わらぬ心配の色。


……ありがとうございます。

 うん、落ち着こう。落ち着ける、大丈夫です。


「いたずらは駄目でございますよ、はるまき様。

 そもそも味はご存じですから味見は不要かと思いますが、ここに置いておきますね」

「わかったわ。へたれライナ」

「誰がへたれでございますかコラ」

「つーん」


 ハンカチの上にスノーベリーを置くぼくに、顔を背けたまま裁縫を再開するはるまきさん。

 努めて表情を変えないようにしつつ、残りも配っていく。


 その途中、スノーベリーを受け取る事もなく、みかんさんは退席の挨拶をしながらイグニスさんに手を引っ張られて出て行った。

 少し遅れて、作業を切り上げてスノーベリーを受け取ったマリーンさんも頭を下げて空き地を出て行く。


「……ライナさん。みっちゃんの事、あれでいいの?」

「みかん様が楽しまれてるなら、良いのですよ。

 祭りは、ぼくがぼくの意思で始めた事ですから」


 言葉の内に、強がりがゼロではなかったと思う。


 だけど、経緯はどうあれ、祭りをぼくの意思で始めた事は確かだ。

 自分で決めて、自分で始めたんだから。何があっても、最後までやりきらなくちゃいけない。


 自分で、自分に納得するために。

 自分で、自分に胸を張るために。


「なんか、ちょっと違うんだけど。

 はあ……ライナさんも、なんか、ちゃんと人間なんだねぇ」

「どういう意味でございますか、リーリー様」

「べーつにー。

 あたしも行きたいって言ってたのに、ベルンシア地方に連れてってもらえなかったから拗ねたりしてるだけですしー」

「う。そこはすみません」

「つーん」


 はるまきさんの真似をして顔を背けるリーリーさんに、一応深々と頭を下げて再度謝り。

 配り終わって残ったスノーベリーを、素材用の箱に片付けた。




 その後、残ってくれてる人たちで、提灯の試作品作りに取り組んだ。

 軽食とジュースを片手に、みんなであーでもないこーでもないと言いながら工作をするのは楽しい。

 どうにか形になり、いくつかの提灯にはスポンサーっぽく出店者(今はわきさんとひげさんの2名)の店名を入れてもらったりする。


 そんな作業中、隣に座って提灯の作り方を学んでいたリーリーさんが、唐突に言った。


「ライナさんって、なんかお兄ちゃんっぽいよね」

「……はい?」

「なんか、しっかりしてるけど抜けてるって言うか、頼れるし詳しいんだけどちょっとだらしないって言うか」

「どういう評価ですか、それは」


 良い評価というよりも、なんだか含みのある言い方に呆れた声を出す。

 まあでも、ちょっと嬉しいのは内緒だ。


「リー、ライナをお兄ちゃんと呼ぶのは認めないわ」

「え? 何でですか、はるまきさん?」


 そんなリーリーさんの良く分からない評価に異を唱えたのは、はるまきさん。


「オタクは、お兄ちゃんと呼ばれるのに弱いからよ」

「ちょっと待てでございますか」


 いや、オタクだけど、オタクだけれども!

 弱い、そんなことは、そんな……ことは、多分ない、きっとないはず。嬉しかったけど。


「どうして認めてくれないの、はるまきお姉ちゃん!」

「ついでに言うと、私はお姉ちゃんと呼ばれるのに弱くないし、リーのお姉ちゃんじゃないわ」


 椅子から立ち、その非常に大きな胸を張って力強い笑みで否定するはるまきさん。

 その自信の漲る艶姿と揺れる胸の迫力に一歩怯んだリーリーさんだったが、上目遣いで伺うように、はるまきさんに問い返す。


「でもね、お姉ちゃん」

「お姉ちゃんじゃないけれど、何かしら、リー」


「お兄ちゃんとはるまきさんが結婚したら、はるまきお姉ちゃんよね?」


「ぶふっ!」

「!!」


 リーリーさんの言葉に噴き出すぼくと、愕然とした表情を浮かべるはるまきさん。

 しかしはるまきさんは、持ち前の冷静さですぐにその衝撃から立ち直ると、リーリーさんの目の前まで来てがっちりと両肩を掴んだ。


「リー」

「ふぁっ、ふぁいっ、何でしょうかっ」

「今から私があなたの姉よ。

 旦那ともども、よろしくお願いするわ」

「あ、どうも、ありがとうございます……お姉ちゃん?」

「ええ、お姉ちゃんよ。

 うふふ……分かってるじゃないの。いい子ね」

「ふ、ふわぁ」


 豊かな胸に即席の妹リーリーさんを抱き寄せて頭を撫でるはるまきさん。

 幸せそうに緩んだ表情で頭を撫でる様は、普段の様子とかなり違ってて可愛いんだが───


「うふ。優しい兄と姉として、頑張りましょうね、ライナ?」


 すっかり話をすり替えられてやがる……


 胸に抱かれて幸せそうなリーリーさんと、その髪を撫でるはるまきさん。

 完全にリーリーさんに乗せられてるような気がしないでもないが、嬉しそうな笑みに余計な事を口に出すのは憚られ。



「プゲラ。酒買ってくるチョ」

「チョリソー、てめーは許さん」

「チョわっ、何をする、やめるんだうぎゃぁー!」


 とりあえずぼくは、チョリソーを天誅してもやもやした気持ちを晴らすのでした。

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