雪花光咲 光花を求めて北、進む大地に六花舞う

 まるで風に舞う花びらのように、雪の欠片が軽やかに翻りて地に降る。

 今の天気は晴れなのか、それとも雪なのか? その違いにさしたる意味はない。

 地は白く染まり、木々も山肌も白く彩られ。

 天と地のいずれにあれど、雪の白さに変わりはないのだから。


 王都周辺とは明確に異なる景色と気温。

 雪に覆われた北の大地、ベルンシア。

 久しぶりの雪風に目を細めつつ、冷たく澄んだ空気を大きく吸い込んだ。



「えい!」


 方向転換のために速度を落としたイノシシの足に、みかんさんの射った矢が突き刺さる。

 バランスを崩したところに、ラシャが投げつけたナイフが刺さり、しかも爆発。


 巻きあがる雪煙の中へと踏み込み、一閃。抜き放った刀が瞬く間も与えず、イノシシを両断する。


「氷星石、入手である」


 ラシャの報告を聞きながら、もう一匹の敵にクルスさんがとどめを刺したのを確認。

 手にした剣を振って雪を払い、鞘に納める。


「公式イベントのアイテムはどこでも出るので、焦って集めずともすぐに50個くらい貯まるのでございます」

「そうですね。イベント期間は2週間近くありますし、ゆっくり集めても十分間に合うと思いますわ」


 ぼくの言葉を引き継いだのは、みかんさんへのヒーリングを終えて、穏やかにほほ笑むキタキツネさん。


「は、はい。キタキツネさんも、回復ありがとうございます!」

「いえいえ、これが私の役目ですから。みかんちゃんも、気にしないで下さいね?」


 穏やかにほほ笑む美女に、みかんさんがほわーとばかりに呆ける。


 おい、こいつ誰だよ。

 猫被りにも程があるだろう、なんで撲殺狐が憧れのお姉さんみたいな雰囲気出してるんだよ。


「ふんっ」

「いてぇ!」


 みかんさんとラシャ後輩達が目を逸らした瞬間に脇腹に拳を叩き込んでくる撲殺狐。

 まだ何も言ってないのに!


 思わずあげた声に不思議そうな顔をする仲間に苦笑で手を振りつつ。

 無言で一歩引いたクルスさんにも口元に人差し指を当て、ぼくらは薄っすらと雪の積もった街道を歩いていく。

 ベルンシア地方の平原奥地に咲く、光る花の種を求めて。




 マッチングを華麗に回避・・し、健康の授業が終わった後の火曜日の夜。

 学食で軽く食べていたのもあり、適当に買ってきたパンで夕食を済ますと、いつもよりだいぶ早い時間にブレイブクレストにインした。


 基本的に、健康の授業日は全国一律で火曜日と決まっている。

 そのため、夕方の部のある高校生と大学生にとっては、普段よりも帰りが遅くなることが多い。

 なので、学生はまだ誰も居ないだろうと思ってたら―――聞きなれた電子音が、メールの受信を知らせる。



―――――――――


From:みかん


こんばんは

もし良かったら、お祭りの準備でどこか出掛けられませんか?


―――――――――


To:みかん


こんばんはでございますよ


今日はベルンシア地方へ、光る花の種を取りに行こうと思ってるのですよ

みかん様も蟹を倒したから行けますので、ちょっと敵が強いけどご一緒にいかがでしょうか


―――――――――


From:みかん


絶対いきたいです、いきます!


連れてって下さい、せっかく時間がいっぱいあるし早く行きましょう!


―――――――――



 やたら気合の入った言葉に、拳を握って頑張る姿が脳裏に浮かんで微笑ましい。

 あと、中学生だと健康の授業には夕方の部がないので、帰りが早いのはこういう時にありがたいね。


 ひとまず空き地で合流し、他に同行してくれそうな人を探す。

 まあ、火曜日のこの時間。

 真面目?な学生なら夕方の部で忙しいはずなのだが……



―――――――――


From:ラシャ


心得た

工作員となるための一歩、是非とも参加したい


―――――――――


To:ラシャ


了解、空き地集合で


ところでラシャ、ずいぶん帰りが早いじゃないか

お前健康の夕方はどうした


―――――――――


From:ラシャ


ふっ……


おまえなんかリア充爆発しろ

マッチング弾かれた組


―――――――――


To:ラシャ


リア充じゃねーし!


アンマッチング乙

アンマッチング仲間乙


―――――――――


From:ラシャ


ブレ・・充爆発しろ


むしろ、我が爆破する


―――――――――



 明確な殺意を仄めかす犯行声明に、思わずスクリーンショットを撮影しつつ。

 他にもインしていたクルスさんを誘ってこちらもOK。

 あと一人がスタッフから見つからず、苦肉の策としてスタッフ以外のフレへと協力を要請。



―――――――――


To:キタキツネ


こんばんはでございますよ


よろしければ、ちょっと雪原への散策にお付き合いいただけませんか?

光る花の種を取りに行きたく


―――――――――


From:キタキツネ


こんばんは。いいよー


―――――――――


To:キタキツネ


軽いお返事、心強い。感謝


他のメンバーは20台2名、40台2名。回復なし

本性剥き出しで殴り掛かっても構わぬですからね?


―――――――――


From:キタキツネ


優しいキタキツネお姉さんは、モンスターを素手で殴るとかできません


―――――――――



 ありえない内容で返されたメール文面に、こいつ偽物だと突っ込んだとか何とか。

 ともあれ、そんな経緯で本日の遠征メンバーは集結。

 いつもより早い時間にフリークブルグを西門から出て、ベルンシア地方へと向かった。


 乗合馬車に乗り、途中の停留所で下車。すぐそばにある洞窟入り口でチェックを受け、続く海底洞窟を徒歩で抜ける。

 やって来ましたベルンシア地方、みかんさんとラシャには初上陸―――


「さっ……寒いです、ライナさん寒いです!」

「ぬう、一面の雪とな。これはかまくらと落とし穴を作るしかない!」


 寒さに縮こまるみかんさんと、いきなりスコップを取り出すラシャ。

 そんな新人達の反応をちょっと笑いつつ、町で急いで用意してきた二人のための防寒具を渡す。

 ベージュの生地に真っ白いファーと刺繍が可愛らしいみかんさんのポンチョと、雪上迷彩コートのラシャ。


「うむ、よく似合ってございますよ」

「えへへ……ありがとうございます!」

「感謝」


 無言でラシャからトレードされた代金フルンを、必要経費だからと手を振って断り。

 ぼくら3人も、自前の防寒具を着込む。

 ぼくのは耐寒用の紺のロングジャケット、クルスさんは黒いコート。

 キタキツネさんは、動物の毛皮と思しき狐色のコートだった。


「リアルきつね」

「うふふ。名は体を表す、と申しますものね」

「体が名を表してるのである」


 そんなやりとりを挟みつつ。

 襲い来る雪の魔物を斬り払いながら、真っ白い雪の上を進んでいった。



 フリークブルグ周辺と違い、ベルンシア地方では街道を歩いていても時々魔物が出る。

 とは言え、はぐれものが迷い込んだ程度で、出現数は少ないし頻度も稀。

 少数のスノーウルフやフロストボアーを倒しながら20分くらい道沿いに進むと、ベルンシア地方の玄関口、ハノリエに辿り着く。


 雪原の入り口、毛織物と木材の町ハノリエ。

 木こりや大工のランクアップクエストがあり、またNPC販売の防寒具はこの町が初出だ。


 特に重要なのが防寒具。

 ベルンシア地方が解放された当初、プレイヤーには寒さに備えて防寒具を着るという考えがなかった。


 海底洞窟からここまでの道では、時々雪がうっすらと降り、寒さを感じるぐらいの気温。

 それは、ゲーム的なマイルド表現により『肌寒いかな?』で済むレベルであり、直接的な数値影響はない。

 だが、ここから先は違う。都市としてのベルンシアに近づくほど気温は下がり、一定値を下回ると寒さによる数値的な弊害が発生するのだ。


 手足が冷え切って動かしづらくなり、行動速度が落ち、しまいには体力が低下して意識が朦朧としてくる。

 街道沿いならそこまで気温は低下しないが、森の奥地や洞窟へ侵入したり、山に登るなどするともう致命的。

 初めてこっちに来て『体温低下中』の警告を見た人は、さぞ驚いたことだろう。


 ぼく?

 残念ながら、前情報で寒さによりデバフ状態になるって聞いちゃってたんだよね。

 そうでなくとも、ブレイブクレストの過去作でも寒冷地で体温低下の状態異常はあったから、気づいたとは思うんだけど。

 ネタバレは、出来るだけ無しで遊びたいものでございますよ。



 ネタバレ反対派ではあるが、今回はイベント準備のための採取。

 採取を手伝わせるのに、何も教えず雪国の洗礼でみかんさんを凍えさせるのも忍びないし、死に戻り冷凍みかんとかさせる気もない。

 パーティに本職の治療士もいないので、今回はこちらで防寒具を用意したわけです。


 なんて説明を、ハノリエの酒場でホットレモン味のないお湯を啜りながらラシャに教える。

 出発が少し慌ただしかったのもあり、ここでゲームとリアル双方の小休止だ。


「なるほど。

 さすれば、熱帯地方に向かえば高温注意?」

「可能性は高いね」


 答えと一緒に、味付け用に市場で買ったレモンを渡す。

 他の女性陣はリアル休憩のため、まだ今はオフライン中だ。


「南の大陸に大きい火山があるんだが、まだ火山の中の洞窟とか、発見されてないんだよな。

 火山洞窟に入れば、おそらく高温注意になると思う」

「なるほど。

 寒ければ着込めば済むが、暑いとどうなるのであろうか」

「とりあえず、溶岩迷彩服は存在しないと思うぞ」

「努力が足りぬ……!」


 何に対する努力なのかは知らないが、基本は工作員的に迷彩服の多いラシャ。

 自分で作ればいいと思うけど、錬金爆弾の方が優先だろうし。


「なら、迷彩服で耐熱装備を作ってくれる職人でも探すんだな」

「うむ。

 防寒具はもらってしまったので、次は自分で用意するのである」

「はっはっは。

 祭りの準備で一緒に火山に行くときは、また(こき使うために)用意してやるぞ?」

「のー! ぶらっく、のー!」


 スタッフ歴が長く、たびたびぼくにこき使われるラシャが頭を抱えるのを笑いつつ。

 その後は互いの大学生活の近況なんかを話し、皆が集まるのを待った。

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