健常心徒 導きの灯はなく、されど人の心に明かりは灯る

『健康・夕方の部』


 正式には『午後の部 後半』なのだが、分かりやすいということで大体みんな夕方の部と呼んでいる。

 さっきまでの午後の部 前半ぽよぽよバレーとはかなり内容が異なるからな。


 午後の部 前半が交流を目的としたグループ活動であるのに対し、後半はもっとその範囲を狭め。

 グループの中の誰かと、一対一での交流を目的とする。

 ようするに、デートの授業、ということでございます。


 双方に意思があればということで、必ずしも希望の相手と交流デートできるわけではないのだけれど。

 それでも、政策のマッチングシステムとしては幅広い交流を推奨しているし、この時間が週に一度の天の助けと泣いている奴もいる。


……高校時代、本当にそういう奴もいたんです。流石にそこまでいくと少数派。

 オオクニヌシ様が、彼に良い人見つけてくれてるといいんだがねぇ。


 こほん。そういうわけで、夕方の部に対する希望票に、いつもと同じ内容の回答を記入して提出完了。

 結果通知はもちろん待たず、待機所に寄ることもなく大学を後にした。



 希望票の内容?

 注意事項とか色々あるけど、要約するとこんな感じのアンケートになってます。


① 特定の相手と交流希望 → 希望する相手を記名

② グループ内で交流希望 → 同グループの誰かと交流、希望順は出せる

③ 相手を問わず交流希望 → グループに限らず、誰かしらと交流


 アンケートの回答として①を選び、かつ記名した相手が他の人との交流を希望してる場合等、マッチングができないときに限り夕方の部は成立しなくなる。

 そうなると、他の人よりも早く帰れるわけで。

 成立しないマッチング希望を記し、今日は夕方の部をパスしました!



 夕方と呼ぶにはまだ少しだけ早い時間。

 ところどころで気の早いカップルが交流いちゃいちゃしているのを見ないようにしつつ、構内を歩く。

 あ、せっかくだし学食で少し食べてくか。

 中には学食デートをしている人とかも居て、時折気まずいけれど、周りの目を気にしてちゃオタクなんて出来ませんってもんですよ。


 一人で食堂にたどり着き。

 偶然目撃した交流中のチョのだらしない雄姿を写真に収めてから、サンドイッチと紅茶など頼みつつ。

 窓際の席に一人で着き、紅茶を飲んで一息。


「ふう……」


「お疲れかしら?」

「んー。まあ、やっぱり一日外出すると疲れますな。ゲーマーだし」


 トレイも持たず、隣の席に座った人物の質問に、窓の外を眺めたまま答える。


「今日の健康の授業は、つまらなかったの?」

「いや、つまらなかったわけじゃないですよ。

 いい運動になったと思うし、それなりに楽しかったと思います」

「そ。全然説得力のない言葉ね」


 呆れたような声。あるいは、どうでもいいただの挨拶だったからか、興味のない声。


 横から伸びた手が、皿の上のサンドイッチを一つ奪っていく。


「窃盗罪なわけだけれど、どの辺が説得力ないですかね?」

「慰謝料というのよ、これは。

 せっかく希望を出してあげたのに、マッチングを弾かれたから、深く傷ついてるの」


 うっすらと、声に笑いを含めながら。

 先ほどサンドイッチを奪い去った指先が、今度はぼくの頬をつまみぃてててて


「おい、何するデコ」

「ふん、だ。

 もやしが誰とマッチング希望を出したのか突き止めてやろうと思ったら、よりにもよってお独り様だとか。

 むかつきもするってのよ」

「……あー、まさか個別で希望出してくれてる人がいるとは思わなかった。ぶっちゃけ意外」

「意外とは何よ、意外とは」

「意外。考えている状態と違っていたこと。想定外」

「言葉の意味なんか、聞いて、な・い・の!」

「いでぇっ」


 強く引っ張られた頬を、軽くさすりつつ。

 視線を窓の外から、奪った紅茶を啜る小金井へと向ける。


「あんたの名前で交流希望出したの。悪い?」

「悪くないです。

 あと、窃盗罪その2」

「慰謝料その2よ。ふん」


 ご機嫌斜めな小金井さんが、もう一切れサンドイッチを奪うのを諦めの境地で見やりつつ。

 返された紅茶を一口啜る。


「で、あんたもマッチング弾かれたようだけど、誰を書いたの?」

「黙秘します」


 少し冷たい目で。多分、これって睨まれてるよな?


「言いたくないならいいけど。暇なら、ちょっと付き合いなさいよ」

「暇じゃないんだけどなぁ」

「お願いします付き合って下さい」

「棒読み率358%を突破」

「恥ずかしいの、察しなさいよね」


 いや、察しろとか言われても。

 そんな赤い顔で目を反らすとかしないでください、反応に困るんです。


「仕方ない。紅茶でいい?」

「甘いものもよろしく」

VRあっちの学食と違って、こっちで食べると太ぶぐふぁっ」

「ふん、だ。ばーか」


 さすがにフォークで目つぶしとかはしてこないが、手にしたお皿を容赦なく口に突っ込まれて悶絶する。

 いや、まあ今のはぼくが悪かったかもしれんが。でも、リアルで太るぞ(小声)




「青春は、順調?」

「……ん?」


(ぼくが)買ってきたケーキをつつきながら、小金井が小首を傾げて聞いてくる。


「この前、VRあっちの食堂でいろいろ書いてたじゃない。あれ」

「ああ、あれか」


 入力デバイスで資料作ってたの、見られてたもんな。

 七夕の予定ってことは話した気がする。


「うーん、進捗はまちまちかなぁ。

 計画以上に順調な部分もあるけど、一部は目途も立たずといったとこ」

「ふーん。結構大変そうね」

「手を広げすぎた、とも言うんだけどな」

「そうなんだ」


 興味があるのかないのか、髪をいじりつつ曖昧な様子で相槌を打つ小金井。

 残り少ない紅茶を飲み干すと、ソーサー(さっき口に突っ込まれたやつ)の上にカップを置いた。


 その後は、高校時代のことなんかを少し話して。

 30分くらいだべって、小金井と解散。


 帰り際に言われた、高校時代の感謝が何ともむずがゆかった。


……今更、そんな感謝なんて気にしなくていいだろ? 前にもお礼言われてるんだし。

 まったく。変なとこで遠慮するんだからなぁ。


 そう想いつつも、一人で食堂に来た時よりは悪くない気分で。

 今日も頑張ろうと思いながら、大学を後にした。

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