氷星甘喜 黙々と続ける日々の積み重ねの向こうに、望む世界が通じていると信じ

 溜まっていたメールは、大きく分けて3種類。

 一つ目は、恋愛ダンジョンのクリアに対しての、知人友人からのメール。いっぱい来てた。

 祝福にはお礼を、修羅場乙チョリソーとか落とし穴に落ちる瞬間の写真ラシャに対してはとても丁寧な御礼を返した。

 二つ目は、日曜に不在+広場を入場禁止にしてたことに対する質問や心配のメール。主に、あの場に居た人やイベントスタッフから。

 こちらは、不調だったということでの謝罪とお礼、改めての感謝を送っておいた。


 問題は三つ目。一番気を使ったのが、恋愛ダンジョンクリアのアナウンスを見た、知らない人達からのメールである。


 そもそも、相手の名前を知っているからと言って、それだけでメールを送ることは出来ない。

 だが、今はちょうどイベント告知などをしていたため、イベント紹介ページからメールを送ってきたようだ。

 イベントに全く関係ない連絡のために使うのは、マナー違反なんだけどなぁ。

 それでも、最低限の礼儀をわきまえてれば、ちゃんと対応はするけどね。

 流石に、ただの嫉妬の暴言やら、脅迫まがいのアイテムよこせとかに対してはねぇ。

 丁寧に、証拠を添えて運営にご報告でございます。


 VRMMOにおいて、情報は力だ。未発見のクエストやレアアイテムの情報など、うまく使えば莫大な金銭を稼ぐことができる。

 クォーツエルフィムの写真に懸賞金が掛けられてるのが、いい証拠ですね。

 で、今回戦った恋破れ紋十郎。初撃破だったんだけど、そもそも目撃情報自体がこれまでなかったらしい。


 一緒に戦ったキタキツネさんに情報公開についてメールで確認したら、情報は好きに使っていいけれど、自分が殴り巫術だったことは秘密にして欲しいと言われてしまいました。

……そうか、あの撲殺狐は、普段は猫被ってるってことなのか。

 そりゃぁリアルでもゲームでも、ストレス溜めこんでそうですなぁ……


 仕方ないので、狐なのに猫被るんですねって言っておいたら、それが賢いってことなのよ!って言われました。

 張る胸もないのに、上体を反らしてドヤ顔する姿が脳裏に浮かびました。



―――――――――


From:キタキツネ


ライナジアくん、殴るわ

今どこ?


―――――――――



 超能力かよ、エスパーこええ! 今はグリンドリルクラブと戦闘中だよ、教えないよ!


 とまぁ、そんなやりとりもありまして。

 恋愛ダンジョンの情報を求める人達には『マッチングで組んだ人と潜った』『道中一度も死ななかった』事を回答。

 イベントの宣伝を交換条件に、『恋ダン番長』ことゼクーシンさんに掲示板等への公表を許可し、一段落。

 マッチングでしか遭遇できないんだとしたら、他にもソロの挑戦者が居ないと成り立たないからなぁ。

 恋ダン番長さんから情報が広まれば、きっと恋愛ダンジョンのマッチングも賑わうことでしょう。


 そんな感じで、溜まっていたメールの処理も完了。蟹も倒したので、探索も切り上げた。

 洞窟を出た後は、もう1パーティにメールしつつ、こちらは現地解散だ。


「我はこのまま探索していくのである。また明日」

「おつかれー」


 手を上げて歩き去るラシャを見送り、そちらはどうするのかとみかんさんを見つめる。


「ライナさん、あの……」

「50個まであと半分だ、行こうみかんちゃん!」


 躊躇いがちに口を開いたみかんさんの顔が、割り込んだ背中に遮られる。

 思わず眉間に皺が寄るのを自覚しつつも、まあ今日は公式イベントのための休日みたいなもんだ。

 あちこちで遊ぶのも、悪いことじゃなかろうと無理に自分を納得させた。


「ら、ライナさんは、今日の予定はどうですか?」

「メールの処理とか、祭りの開催に向けた雑用を片付ける予定でございますよ」


 割り込んだ背中越しの声に、できるだけ気楽な声で作業予定を答える。

 まあ、メール処理教えた内容は今日の予定であって、全て完了済みなのですがね。嘘はついてません。


「あ、あの……」

「今日のところは準備や作業を気にしなくていいですから、たまには羽根を伸ばし楽しんできてくださいね」


 昨日もほとんど作業をしなかったけど、それも気にしなくていいだろう。

 ほら、はるまきさんのおかげで、最低限必要な量の座布団はすでに出来てるし。出来ちゃったし。


「とは言え、きちんとログアウト時間は守って下さいね。50個集め終わるまで継続とかせずに、夜更かしは厳禁でございますよ?」

「ちっ。

 ではぼくらはこれで! 装備のお金も稼がないといけないし、さあ行こう!」

「お、押さないで下さい、い、いってきます!」


 忠告を無視したイグニスに、背を押されてみかんさんの声が遠ざかる。

 少しだけ、もやっとした息を吐き出し。


「さて、一人だし走って帰るとしますか」


 今のステータスなら、割と本気で走ればフリークブルグまで5分を切る。

 イベントアイテム集めのために街周辺のフィールドにたくさん居る初心者を跳ねないように気を付けつつ、馬車の倍ぐらいのスピードで平原を駆け抜ける。


 途中、森の入口で死にそうになっている初心者二人を救助したりしつつ。

 それ以外は足を止めることもせず、さくっとフリークブルグへと帰り着いた。



 農作業を済ませ、収穫した布素材を素材用の箱に放り込む。

 ぼくらの栽培レベルも大分上がってきたし、座布団も無理に頑張らずとも大丈夫なだけは用意出来た。

 そろそろ、次の光る花の栽培に進む頃か。


「明日あたり、人を集めて光る花の種だなぁ」


 行く先はベルンシア地方。クエスト進行上は全員行けるようになったけれど、敵はだいぶ強いし環境もこの辺とは大きく異なる。結構過酷な道中だ。

……それでも、初めてだし行ってみたい人も居るかな?

 希望が全員叶えられるかは分からないけれど、一応聞いてみよう。


「あとは、とりあえず短冊でも作るかぁ」


 紙を用意して切るだけで短冊はできるけれど、大量に作るとなると流石に単純作業が面倒。

 今回は書記スキルの用紙作成を工夫し、白い模造紙から色のついた短冊を大量に作り出す。

 枚数は……とりあえず、千用意しとけば足りなくなることはないだろう。

 ピンクに水色、黄色に黄緑。それに薄紫と白。淡色系の短冊を山ほど作り、こちらはイベント当日用の箱に放り込んだ。


 道具を放り込むための箱は出かける前にチョリソーからもらって設置済み。

 箱は4種類。素材用、座布団専用、当日用と、探索時の道具(つるはしや料理、薬など)に分けた。

 利用権限も、この広場に入れる人は全員出し入れ自由。

 道具ではなく家具自体の設置や持ち出しは、はるまきさんとラシャ&チョリソーリアル友人ずに限ってるけどね。


 そんなわけで、淡々と短冊を量産しつつ、傍らに取り出すのは自分用の作業メモ。現在の進捗状況にあわせ、片手間で修正していく。



―――――――――


『作業メモ ライナズィア用』


済 ゲーム内で、行政区にイベント申請

済 素材、完成品、道具などを分けて入れる箱


・ 屋台の出店者を募集

 ・ 掲示板

  反応なし

 ・ 露店で人柄や雰囲気を見て直接交渉

  裏通りに居た胡散臭い人達とか狙い目? 対人スキルに難あり?


・ ステージの出演者を募集

 ツテなし。公式でイベント告知してる人宛てに、直接メールなどで交渉か?

 七夕までの期間中に開催するイベントがあれば、乗り込んで名刺交換も手

 ・ ステージの演目に割く時間は、15~20分くらいが目安


・ 花火師の捜索

 取引掲示板に掲示済み。反応なし


・ 試作品の作成 提灯


・ 光る花の種の採取

 6/26(火)予定


・ 衣装の用意

 絢鶴さんに依頼済み


・ 打ち上げの手配

 備忘録。忘れずに。

 イメージを実現できる職人の捜索が必要。



● 全体活動に関するメモ


・ 竹

 大きくならない。困った


・ 会場の下見

 6/24(日)の夜に、中央広場でイベント開催あり。会場の下見を兼ねて皆で見学も○

 → 忘れてた。翌週のイベントを確認


・ 七夕のシンボルのデザイン

 絵を描ける人が居るといいなぁ


・ テルテル坊主

 暇なら。前日くらい?


―――――――――



 あー、皆で会場の下見とか完全に忘れてたなぁ。土日がぐだぐだ過ぎた……反省。

 予定より順調なのは、座布団くらいか。

 明日は光る花の種として、竹と、屋台とステージ出演者。この辺が全然計画立ってないから、何とかしないとなぁ。


 特に重要なのが、竹だ。

 今育っている竹は、高さが精々2メートル強しかない。これでは、イベントとして短冊を吊るすには非常にしょぼい。


 栽培で、素材として使える『竹』に育った後。畑に植えておけばもっと大きくなるかと思ってそのままにしてたんだけど、大きくならなかった。

 生産素材としては完成しているんだし、生育に必要な時間の10倍以上放置しても変化がないから、これ以上伸びることはないだろう。

 身長よりちょっと高い程度の竹。祭り会場への通り沿いに並べるならいいけど、ステージ横に飾るには余りにも小さくて物足りない。絵的に全然映えない。

 地面に植えるんじゃなく、鉢植えみたいにして台や櫓の上に設置して大きく見せる?

 うーん、どうすればいいかなぁ。悩ましい。



 そんな事を考えながら、ひたすら短冊を作成。

 途中、戻ってきたはるまきさんが座布団を縫い続ける横で。

 二人で黙々と準備作業をして、今日の日は暮れていくのだった。

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