黒春宵花 混じらぬ異色の差し色に、彩りはなお惑いて貫く

 死人に口なし、とは世の真理の一つであろう。

 戦闘不能者死者はしゃべることができず、戦闘中はメールを送信することもできない。

 戦闘が終わればメールは送信可能になるが、速達料金は生きてる時の三倍です。窮地に付け込む運営の集金戦略が半端ない、恐るべし。


 そんな冗談はさておき、ボス戦終盤は二人きりで静かだったが、戦闘後は戦闘不能者も全員HP1で復活した。


 討伐報酬は、生者と死者の別なく全員に配られ、出来る限り後味の悪さを残さないようシステム的な配慮がなされている。

 だが、戦闘結果による差別はなくとも、確率による個々人の運という格差が生じるのが宝箱というもの。

 一番ハズレを引いたイグニスが騒ぎ、みかん様が取り成して、最終的にぼくが交換してやるという決着を見た。

 もはや何も語るまい……みかんさんの初ボス記念を守れたので、タンクとしては良しとする。

 ぼくがもらったのは、さほど珍しくもない換金アイテムだったからな。


 その後も当然のようにみかんさんを誘う様子にため息をついていると、想いもよらない話になった。


「今日は、これからイベントの準備をするので、出かけられません」

「じゃあ準備が終わればいいんだな、ぼくが特別に手伝ってあげるよ」

「本当ですか? ありがとうございます!」


 協力者が増えて良かったですねと笑うみかん様に、気の利いた返事も出来ず。気の利いてない言葉さえ、返す事ができず。

 四人でパーティを組んだまま、言葉少なにフリークブルグへの帰途についたのだった。




 門を潜って広場に着けば、今日も街は人で賑わっていた。

 現実時間では日曜の昼前、ゲーム時間でも朝から昼の間。休日ということで遅く起きたプレイヤーからすれば、今がまさに冒険の幕開けの時間だ。

 そんな楽しげな人々で溢れる大通りを抜け、そろそろ『いつもの場所』と呼ぶのがふさわしくなったレンタル空き地へと帰還する。


「おかえり、ライナ。また新しいお仲間?」

「出先で同行し、みかん様がお誘いした方々でございます。

 とりあえず準備の手伝い―――」

「おおお、これはなんと美しい!」


 紡織の手を止めずに出迎えるはるまきさんを見て、イグニスが歓喜する。

 今ここにいるのは、卓を囲んで紡織をするはるまきさんとリーリーさん、ラシャ。それと空き地の奥でクルスさんが染色を担当している。


 街中での作業だからか、今日のはるまきさんは上質な黒のワンピースにいぶし銀のベルトとネックレスを身に着けていた。

 私服であっても黒ずくめブラック魔術師マジシャンらしい装いに、地元に帰ってきたような安心感。

 ネックレスに限って言えば、身に着けているというよりもほとんど胸の上に乗っかってるような状況ですけど……それもそれで、はるまきさんらしさだと思うんだ。


「ぼくはイグニスと言います。優雅で美しい姫君、お名前は?」

「……なるほど、大体把握したわ」


 わざわざ説明するまでもなく、現状を雄弁に語るイグニスの一言。それだけで、はるまきさんは少し呆れたように呟いた。

 ぼくとの会話の途中、一度たりともイグニスの方に顔を向けない姿勢は見事としか言いようがない。

 その一瞥さえせぬ凛とした姿に、何と言うか格の違いを見せつけているようでちょっとだけ気分が良かった。


 片や、魔術師として一流の腕前と、贔屓目抜きに十人が通れば十五人ぐらい振り返るような美貌&スタイルのはるまきさん。大学院生、立派な大人。

 片や、魔術師として三流、外面は贔屓目に見てやや成金気味ながらイケメン風のイグニス。ただし高校生程度、まだ若造。

 やはり、器が違う。


―――改めて事実を確認して少し安心し喜んでしまった自分が、はるまきさんと違って器が小さいなとちょっと凹んだ。

 ぼくの様子には気づかずに、手元の糸に目線を落とすとはるまきさんは再び紡織へと没頭していく。


「みかんとライナに、教育が必要ね」


 いつもより少しだけ低い―――怒りのこもった小声に、ぼくの背筋がちょっと冷えた気がした。



 その後、みかんさんとリーリーさん―――口数か目元か、クルスさんはイグニス的に対象外らしい―――を侍らせ、紡織スキルを取ってきた新人二名。

 作業は非常に遅く無気力ながらも、全くしてないわけではない。というかマリーンさんは真面目に無言で作業をこなす。

 陽気で不快な声と、応じるリーリーさんの笑い声が響く中で。まとわりつく重たい空気にじっと耐えるように、ぼくもまた作業に取り掛かった。


―――とても、非常に、もやもやする。


 個人の楽しみ方は自由で、あれこれと口を出す権利も資格もない。

 多少の思惑は各自にあれど、基本的に七夕祭りイベントはぼくのわがままであり、だから協力は皆の善意によるものだ。

 ならばこそ、強制も無理強いも出来ず、これ以上何かを求めることもできず。



 15分程経った頃か。イグニスが、準備を手伝ったから出かけようと言い出した。

 もちろん、言われた相手はみかんさんとリーリーさんだ。はるまきさんに声を掛けるのは早々と諦めたらしい。

 みかんさんに手を出すのはロリコン犯罪だと思うんだが……リーリーさんは高校生くらい、多分年齢は同じくらいなんだろう。

 そんなことを考えてしまう思考を打ち消して、できる限り無心で作業に没頭しよう。


「20レベルから行けるおいしいクエストとダンジョンがあるんだよ。

 ぼくならボスもばっちり倒せるし、宝箱も出るし、何とケージも手に入るんだ。

 ケージって分かる? ケージがあれば、なんとモンスターをペットにして連れて歩けるようになるんだ」


『牛魔人の洞くつ』

 推奨レベル20の異界ダンジョンで、低級ケージの手に入るクエストの舞台だ。


 今朝、みかんさんのレベル上げ後に、皆で行こうと言っていた場所。


「ペットかぁ。欲しいよね、ルナイラみたいな子」

「り、リーリーちゃん、あれはその、別のにしましょう、他のほら、犬とか!」

「みかんちゃんは犬が欲しいのかい?

 じゃあ犬を捕まえるためにもケージを取りに行こう、ぼくが案内してあげるよ」


 無心で。

 無心で、作業を行う。

 湧き上がる感情を押し込め、手元の布を睨むように、手を動かして―――


 そんなぼくの無駄な努力をあざ笑うように。

 あるいは、まるで無理に押し込めた感情が破裂したかの如く。


 広場に、爆音が轟いた。


「きゃぁぁ」

「うわっ」

「ひあゃっ」


 驚き慄くもの、道具を取り落とすもの、頭を抱えるもの、武器を構えるもの、姿を消すもの……

 そんな中で、緩慢に顔を上げるものぼく


 爆音の源に向けた視線の先には、上空に魔術を放ち、その後は何事もなかったように紡織を続けるはるまきさんが座っている。


「ここはイベントの準備をする場所で、今は作業をする時間よ。

 作業をしないなら去りなさい。リー、あなたもよ」


 ぴしゃりと言い放つはるまきさんの言葉に、場が沈黙に包まれ、動きが止まる。

 しんと静まった広場は、まるではるまきさんの気高さにひれ伏すようで―――


「ありがとう、はるまき様。でも、それではいけませぬよ」


 ぼくは深い感謝をもって立ち上がると、はるまきさんが作ってくれたその静けさを、自ら打ち壊した。



「準備は強制するものじゃないし、『お時間があれば手を貸して下さい』という基本スタンスを曲げる事はございません。

 今日に限らず、今後協力していただけるなら、フレ登録をもってこの空き地場所への出入りは自由といたしますよ」


 イベントの主催者は、ぼくだ。

 準備のためにこの場所を契約したのもぼくだし、ルールを定めるのもぼくだ。だから、それによって不満や問題が生じるなら、それは全てぼくが負うものだ。


 はるまきさんに甘えたり、少しでも責を負わせてはいけない。

 ぼくのやりたい事のせいで、ぼく以外の誰かが疎まれたり仲が悪くなるのは認めない。

 ぼくはそれを、けしてぼく自身に許さない。何があろうとも、嫌われるのはぼく一人でいい。そのために、慣れているのだから。


 イグニスとマリーンさんにフレンド申請を投げつつ、誰にも有無を言わさずに続ける。


「この空気ですから、今日はここまでとして作業を終わりにしましょう。

 すみませんが、この時間は皆さま、これで解散でお願い致します」


 一方的な解散通知に、それぞれが様々な表情を浮かべる。

 それらを一つずつ記憶に刻み付け、ぼくは契約エリア空き地の入場許可を、ギルドメンバー、フレンド問わず、全員禁止に切り替えた。


「流石にかなりの長丁場になりましたので―――」


 視界の隅で瞬いた、メール到着を告げる表示。

 だがそれも無視して、何事もなかったように言葉を続ける。


「―――ぼくも一旦、落ちて休憩致しますね」


 そう言えば、昨夜はダンジョンクリア後にメールが大量過ぎて、着信の効果音を消してたんだったな。

 そんなどうでもいいことを考えながら、ウインドウを操作し。


「ライナ、待っ―――」


 はるまきさんの言葉を待たず、ブレイブクレストからログアウトした。




「ふう……うまく、いかないね」


 一人の部屋で。

 VRシステムを外し、横になって天井を見上げたまま、静かに息を吐いた。


「おかしいなぁ……なんでこうなるんだろうか」


 朝のひと時を。

 一緒に話した時間を。

 必死で駆け付けた気持ちを。


 先程までの時間を振り返り、やっぱりため息が出た。


「まあ、女々しいね。愛想も尽かされるわけだ」


 きっと、いつだって。

 自分の不完全さが、弱さが、皆の期待を裏切り、人が離れている原因なんだろう。

 逃げてしまったぼくに、今更何かを言う資格はないけれど―――


 VRシステムが告げる、着信の報せ。

 その音を切って傍らに投げ出し、ぼくは目を閉じた。

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