赤層異界 守護者は青く舞い踊り、人は赤々と吠え猛る

 ヘイトスキル開戦の狼煙を撃ち込む間もなく、魔術による爆炎が文字通りの開戦の狼煙のろしとなった。

 なるほど、あれこれと言うだけあって、魔術自体での与ダメージはレベルと比較して特に低いということは無さそうだ。

 使うシーン、使う魔術の選択、いずれも間違いだと思うけどね。


 魔術によるダメージで戦闘態勢に移行したガーディアンは、さしたる痛痒も見せずにイグニスに殴りかかる。

 位置的にどうしてもカバーできなかったのもあるが、二人で倒すと言っていたのをどうするのかと少し興味を持って見れば―――


「……は?」


 NPC産の皮鎧を装備し、両手に盾を持ったマリーンさんが、イグニスを庇って代わりに殴り飛ばされた。

 地に落ち、ざざっと地面を滑るマリーンさん。その間にイグニスは離れ、次の魔術を放とうとしている。


 マリーンさんはすぐに立ち上がると、走りながらポーションを煽り。

 魔術を放つ間に詰め寄られたイグニスを庇って、その胴体にボスの握るメイスの一撃をもらって再び跳ね飛ばされた。


「……」


 心が冷える。わずかに視界が細く、心が鋭く研ぎ澄まされる。


 遊び方は人それぞれだし、主義や価値観は人それぞれだから、基本的に他人の遊び方をとやかく言いたくない。

 それでも、言おう。これは許せない。

 ゲームを、仲間を、何だと思ってるんだ。

 ぼくの目の前で、オレの居るパーティで、こんな酷い戦い方は認めない!


 スイッチが入った自分を自覚しつつ。挑発を使いながら、ボスに駆け寄る。


「おおお!」


『怒喝撃』 ヘイト増加効果を乗せ、左手の盾を大きく振りかぶって『破撃の硬盾』

 スキルのノックバック効果で怯んだところに魔術が突き刺さり、ガーディアンの目が立ちはだかるマリーン越しにイグニスを向いた。

 ヘイトスキル2発程度で、ターゲットが変更されるような状態ではない。そんな事は分かっている。


「ははは、壁の役にも立たない、貧弱な前衛だな!

 ほらみろ、ぼくの大魔術があれば前衛なんか役立たずだ、大人しく的になっていろ!」


 すでにMPポーションを飲みながら、次の魔術を放つイグニス。

 イグニスの名前の通り、炎系の魔術しか使っていない。

 相手の身体は、真っ青だ・・・・と言うのに。




 ノルウィーア廃鉱山のボス、アクアマリン・ガーディアン。

 サイズは2メートル程度とボスにしては小柄で、巨大化したブルーパペッティアに青い全身鎧を着せたような姿をしている。

 鎧に黒い縁取りや模様はあれど、基本は全身青一色。その青く染まった姿が示す通り、炎の攻撃に対して耐性がある。

 おそらく古代遺跡のガーディアンとして作られた設定なのだろう、無生物らしく状態異常も全面的に無効化される。

 主な攻撃手段は、右手のメイスによる殴打と、無手の左手から放つ氷の魔術。あとは体力減少時のトリガー行動が2種類だ。


「ファイアボール!」


 イグニスの放つ火球が、ガーディアンの右肩に当たり爆発する。

 相変わらず、前衛のヘイトを無視した攻撃だ。

 上等だ、オレはその戦い方を認めない。気にせずに剣を振り、盾もまた振る。

 イグニスに、その線上に陣取るマリーンに向かうガーディアンを攻め立て、スキル再使用までのクールタイムが終わるたびにヘイトスキルを順に叩きこむ。


 開幕、初手の一撃には獲得ヘイトにボーナスが入るものだが、逆に言えばそれ以外の魔術スキルについてはダメージ量に応じたヘイトしかない。

 次の魔術が放たれる前に、『戦陣旗冠』の光がガーディアンの注意を引き、その顔をこちらに向かせた。


「くっ……」


 なぜか悔しそうなイグニスを背景に、彼ら―――正確にはマリーンから引き離し、斬り結ぶ。

 魔術を放とうと伸ばした左手にはみかんのスキルが突き刺さり、発動を妨害キャンセルする。

 背中の方では爆炎が上がり、懲りずに火魔術ファイアボールがその背を焼いているようだ。



 特にボス戦において、パーティには三つの役割をこなすメンバーが求められる。

 敵の攻撃を引き受ける『タンク』

 味方のHPを回復する『ヒーラー』

 敵にダメージを与える『アタッカー』だ。

 分類としては他に、敵味方に補助スキルを使う『バッファー/デバッファー』が居るが、基本的には先の三種類の人が居れば標準的な攻略が可能となる。


 タンクについては前に語った通り、敵のヘイトを稼いで狙いを自分に向けさせ、攻撃を一手に引き受ける役だ。

 重装甲で防御に偏らせた戦士系や、回避を重視した軽装の斥候系などがこの役割を担う。

 やや珍しいケースではあるが、オレもタンクの分類だ。ええDEX全振り珍しいケースですとも。


 ヒーラーは、治癒士系や一部の法術士系など、基本的に回復魔術の使い手が務める。

 極論、全ての攻撃を避けタンクが避けてしまえば不要となるが、現実的には難しい。

 安全で安定した攻略のためにも、適正パーティを考える場合には必ず一人は必要とされる役割だ。

 ちなみに、七夕祭りのスタッフ宴会勇士の中に純粋なヒーラー職は一人もいない。一応リーリーはサブヒーラーぐらいはできるかな、と言った程度だ。

 職業ごとの人口分布から考えれば、珍しいケースだろう。


 で、残るはアタッカー。

 攻撃に偏った戦士系、魔術士系、弓士系など、タンクとヒーラー、バッファー以外の全員が分類上はアタッカーとなる。



 敵にダメージを与えるのがアタッカーの役割だが、ときどき勘違いしている人がいる。

 与えたダメージ量が多いほどすごいアタッカー、という訳ではない。アタッカーとは『タンクの稼ぐヘイト量を上回らない範囲で』敵にダメージを与えるのが役割なのだ。

 パーティメンバーも状況も気にせず、ただただ攻撃スキルを連打するだけではアタッカーとしての役割は成立しない。

 味方の状況も考えずに攻撃火力をぶっ放すアタッカーは『バ火力』と呼ばれ、特に野良パーティなどでは冒険の成功率を著しく下げるものとして嫌われるのだ。



 少し考えてみて欲しい。

 ヘイトを上回らないために火力スキルの回数を減らすと、一時的に与えるダメージは下がる。

 それでも、タンクのヘイトを上回らない限り、ボスの攻撃は全てタンクが受け持つ。

 そして、攻撃されるタンクをヒーラーが回復し続ける限り、パーティが崩れることはなく、戦いを安定して継続させることが可能だ。

 若干火力を落としても、最初から最後まで安定して攻撃をし続けられれば、十分なダメージを与えることができる。


 だが、アタッカーがタンクのヘイトを上回ってしまったら?

 ボスの攻撃は、タンクではなくアタッカーに向けられる(ターゲットタゲを奪う、と言う)

 得てして、攻撃力が高いということは、引き換えにそれ以外の何かの能力―――多くの場合は防御力や生命力―――が低いということだ。

 強烈なボスの攻撃を何度か喰らえば、魔術師などの貧弱な火力職はすぐに死ぬ。下手したら一発で死ぬ。

 死なないにしても、体力の減ったアタッカーを回復するためにヒーラーの手が割かれ、タンクより被ダメージが多いからより多くの回復が必要となる。

 回復が過剰となれば、回復スキルによりヘイトも多くなり、ヒーラーの身も危険に晒す。

 さらに、アタッカーが死んで人数が減れば与えるダメージは減り、戦闘は長期化。

 死んだアタッカーを生き返らせれば貴重な蘇生スキルを使う羽目になり、加えて莫大なヘイトを稼ぎ、蘇生中は回復が途切れると悪いことづくめである。

 ようするに、バ火力は生きてても死んでも迷惑なのだ。


……なんだけど、アタッカーバ火力はタンクのヘイトを上回ることが強さの証明と考えており、躍起になって火力スキルを全力でぶっ放す。

 酷い場合は、理解してか理解せずかは分からぬが、開幕の一撃を撃ち込んでヘイトボーナスまで稼ぐ。

 そうやって攻撃されて壊滅しようとも、やれタンクのヘイトが弱いせいだのヒーラーが自分を回復しないのが悪いだのわめくのだ。

 うん、そこのバ火力のことです。

 検証好きな人達の実験結果として、同レベル・同程度の装備の場合、盾タンクのヘイトスキルよりアタッカーのダメージヘイトの方がはっきりと高く設定されていると判明している。つまり、アタッカーが全力を出せば、ボスのタゲを奪うのが普通なのだ。


 通常、最適なパーティ編成というものは、敵の強さや数、使ってくるスキルによって変動する。とは言え、標準的な戦いであれば、タンク1、ヒーラー1、残りはアタッカーという構成が最適とされる場合が多い。

 アタッカーは複数人居るので、一人一人が敵に与えるダメージ量なんて普通は意識されない。

 なので、弱いアタッカーが混ざっていても目立たないし、実は手を抜いてても分からない。

 さらに、火力が弱いからと言って、それで直接的に人が死んだりボスに負けることもない。

 負けが決まる時というのは、理由は何であれ、タンクかヒーラーのどちらかが死んだ時なのだ。


 まあ……これ以上は愚痴だな。

 ともあれ、目立たず直接の影響を与えないからこそ、タンクやヒーラー以上にプレイヤーの質の差が酷い・・。それがアタッカーと言うものだ。

 タンクやヒーラーの場合、できない人は最初からできない・やらないからな。



 今のパーティだって、タンクとバ火力アタッカーとは9レベルもの大差がある。普通であれば、如何にスキルを駆使しようとも、手加減無しのアタッカーのヘイトをタンクが上回ることは非常に厳しい。

 だが、ボスに火耐性があるおかげで、ダメージヘイトがあまり伸びず、結果としてオレの方がヘイトを稼げているのだ。

 油断はできないけどな。


 そうこうするうちにHPが50%を切ったようで、一度目のトリガー行動に入った。

 ガーディアンがメイスを地面に突き立て、両手でバンザイしたのだ。


「攻撃中止、壁際へ走れ!」


 手を伸ばして退避位置を指しながら、ガーディアンの左側に回り込む。

 攻撃よりもこちらの指示を優先し、手を止めてみかんがオレの指した場所へ走って行く。パーティでのまともなボス戦経験は少ないはずだが、とても良い反応だ。花丸。

 対して、我々より高レベルな二人組は、ガーディアンの向こう側で攻撃スキルを撃ち続けていて移動する気配がない。


「今は無敵中だ、壁際まで下がれ!」


 無駄かなーと思いつつ声を掛け、自分の準備をする。

 こちらの声を無視して、MPポーションを飲みながら火魔術を撃ち込むイグニス……うん、思ったとおり無駄でした。


 ガーディアンには、グリンドリルクラブのようなヘイトリセットや無敵なのにヘイトのみ蓄積と言った特殊能力はない。なので、消耗したところでヘイトを稼がれるわけでもなくポーションがもったいないだけだ。存分に自己責任で消耗してもらいましょう。

 ただ、両手に盾を持ったマリーンは、壁際とまでは言わなくとも、イグニスの位置ぐらいまでは下がる。それだけでも声を掛けた意味はあったろう。

 なんせ、ダメージ量はガーディアンからの距離に依存するのだから。


「何を下がっているんだ、俺の前で盾になれ!」


「……はい」


 アホがいる……

 渋々前へ―――それでも最初よりは後ろの位置へ立つマリーン。関係性は知らないが、やはり従わざるを得ないのか、可愛そうに。

 まあいい、レベルも高いし魔術があれば十分耐えられるはずだ。


「マリーン様の前にファイアウォール―――」

「うるさいっ、雑魚がぼくに指図するな!」


 ああ……駄目だこれは。わめきながら、なおも火魔術を使い続けてら。

 あっちは諦めて、ただのダメージ発生装置ステージギミックだと思おう。

 オレの精神衛生的にも、その方が良さそうだ。


 高く掲げた両手のそれぞれに、ガーディアンの魔力が集中して青く輝き出す。

 魔力の光は薄暗い部屋を青く染め上げ、なおも高まりを見せた。


 対抗するように、こちらも破術刃の掛かった白く光る剣を握り、タイミングを見計らう。


 やがて溜まり切ったガーディアンの青い魔力が灯台のように輝き、その両手を振り下ろす―――寸前に斬る!


 青く輝く右手の平に叩きつけるように、白く光る魔術刃の一撃を叩きこむ。

 斬られた魔力が破裂するように消滅し、ガーディアンが一度体勢を崩した。

 その隙に、急いでみかんの下へ走る!


「来ます!」


 オレの後方、ガーディアンを指差して声をあげるみかん。

 振り向かずとも、立て直したガーディアンがもう片手の光をメイスの柄に叩きつけているのは分かる。

 発動まであと1秒、ガーディアンとみかんの線上を走りながら最後に振り向いて盾スキルを放つ。


「断熱の空盾!」


 盾から白い光が円盤状に広がり、スキルの使用者とその後方を守るバリアとなる。

 直後、メイスから迸る青い光が、敵対する全ての人間を襲わんと部屋中を駆け抜けた。

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