赤層異界 旅路の終わりを試練が締める、人と魔物とどちらがか
古来より、冒険の締めくくりと言えばボス敵との戦闘と相場が決まっている。
時にダンジョンの奥深くで宝物を守るドラゴン。
時に美少女を誘拐した盗賊団の秘密兵器。
時には女性と
そんな悪の花形であるボスモンスター。姿形や立場、戦う理由はその時々で様々だが、多くの場合に共通する事柄が一つある。
それは、周辺に登場する雑魚モンスターよりも、明らかに強いと言うことだ。
その強さの度合いはゲームやボスによってまちまちで、ブレイブクレストについてもボスごとにばらつきが大きいのが実態だ。
例えばベルンシア地方への門番、この前倒したグリンドリルクラブ。
ダンジョン探索の適正は20レベル数名だが、ボスの適正パーティは25レベルの戦闘職5名(含む魔法火力職)
恋愛ダンジョンの
最低限、ボスの特殊行動や弱点等の知識と、必要な役割分担が出来ているパーティ。これを用意した上で、安定して勝つための目安が適正パーティだ。
適正未満で勝てないというわけじゃないけど、初挑戦の人が居る場合、このくらいあると安心という意味での安全基準。
公式が発表しているものではなく、プレイヤー達の経験や集まった攻略情報から決定された数値なので、その時々の情勢や実態を加味しつつ設定された値となっている。
まあぼくの場合はほぼ全てのボスを適正未満で撃破してますが、その辺はゲーム慣れによるところ。ぼくから見ても、適正パーティはなかなか信頼性のある値だと思ってます。
ところで、ダンジョンの最奥に居を構えるボスの場合、必ずボスの出現する場所の前にモンスターの出現しない部屋が存在している。
準備部屋と呼ばれ、減ったHPMPの回復やボス戦に備えた腹ごしらえ、接続時間によってはログアウトしてのリアル休憩等のために使って下さいと公式が明言しているものだ。
絶対に敵が出ず、ボス部屋とともに必ず配置される場所のため、ボス戦で全滅したパーティの死体配送先としての側面もあったりする。
ノルウィーア廃鉱山の準備部屋は、鉱夫の休憩所のような見た目で、砕いた岩石や折れたツルハシが転がっている。
壁際にはテーブルと椅子が置かれ、卓上には鈍い光を揺らめかせる煤けたランプ。
壁際には箱やらロープやら積んであるが、全て持出は不可能だ。
そんな部屋に足を踏み入れたぼくに対し、先に部屋に居た男はこちらを一瞥し、目を反らしつつも小さく落胆して見せた。
多少の不快感はあるが、所詮は関わりのない他人。何を考えているかは知らないが、気にする程の事はない。
「失礼しますね」
同室時のマナーとして一声掛けて会釈、両手の剣と松明を鞘とインベントリにしまう。
それに対し、椅子に座った男はやはり返事もなく何の反応もなかったが、後ろに立っていた女性が小さく頭を下げた。
二人とも、年齢は高校生くらいだと思う。ちょうど呼び方に迷う年代だな。
青年と呼ぶにはやや幼く、少年と呼ぶにはやや老け。というか現実に青年って年齢区分は分け難いよね、大学生くらいを指すかと思うけど。
対する女性は、年下であれば少女と呼べばだいたいオッケーだと思われるので、少女という年齢区分のなんと万能なことよ。
男の方は術士系のようで、20レベル装備の赤ローブに身を包んでいるが、武器の類は見える範囲に持っていない。
長めの金髪に碧眼、やや怜悧な表情に縁の細い眼鏡。目つきはやや険しいが、世間的にはイケメンの部類なんじゃないかと言えなくもない、と思う。
首元には見慣れないスカーフ、耳にはピアスと、見た目や配色バランスはともかくとして、それなりに装備にお金を掛けている様子。
椅子に座った男とは対照的に、後ろに立つ少女はNPC売りの質素な茶色い皮鎧を着て、手を前で重ねて立っていた。
ブーツと手袋も皮鎧と同色の地味なNPC品で、同じく武器の類は手元にないので、休憩のためにインベントリにしまっているのだろう。
少し暗い目線をテーブルに落とし、何か小声で座った男に話しかけている。
さておき、表示される名前とレベルは、男がイグニスで29、少女がマリーンで26。もちろん二人とも、
テーブルを陣取る男と同席するつもりはなく、反対の壁際に向かう。
「失礼します」
先程の緊張感からか、やや距離を開けてみかんさんが後に続く。
その声にみかんさんを見た男は、一瞬表情に喜色を浮かべ、全身を見回してから口を開いた。
「いらっしゃい、お嬢さん」
「あ、こんにちは。お邪魔します」
男の背後で無言で頭を下げる少女が、一瞬ため息をついたように見えたが。
すぐにその姿は立ち上がった男によって見えなくなり、みかんさんのそばまで歩いた男は跪いてから無遠慮にその手を取った。
ささやかに、でも自覚できる程度に。いらっとする。
「ようこそボス部屋へ。君はとても運が良い」
「え、え?」
「今からこのぼくがここのボスを倒してみせますよ。後ろで見ているだけで良いですから、君も一緒にパーティに入るといい!」
ひざまずいた状態でみかんさんの手を両手で包み、さするようにしながら。
当然の如く、こちらには一瞥もせずに言う男。
「ら、ライナズィアさん、どうしましょうか?」
「おや、お連れの方だったのですか。このような……意外ですね」
立ち上がってこちらを見て、小さく笑うように鼻を鳴らした。
ちなみに、背は少しぼくの方が高い。だからどうというわけじゃないけれど。
「20レベルでは、ここへ来るだけでも大変だったでしょう。
どうです? 人数に余裕はありますから、今ならお二人パーティに入ってもまあ構いませんよ」
一瞥したあとはみかんさんに目線を戻し、やや見下ろす角度で言う男。
その目線が、みかんさんのどこを向いているのかは……まあ、男としては自然だろうが。非常に不快なことに変わりはないな。
なるほど、傍から見るとこいつがみかんさんのどこを見ているのかよく分かる。
みかんさんとか、はるまきさんとか、魅力的な女性が多いのでぼくも気を付けます……
「入ってもとおっしゃいますが、そもそもお二人だけでボスに勝てるものなのでしょうか?」
とりあえず諸々は置いといて、今の会話でおかしい点を尋ねてみる。
先程適正レベルの話をしたけれど、ノルウィーア廃鉱山のボスの適性パーティは20~25レベルで4~5名。だいたい合計100レベルが目安と言われている。
我々抜きの二人なら、あわせて55レベル。そこに我々を加えて95レベルだ。
別に二人で全く勝てないという相手じゃないが、よほどうまくやれないとかなり厳しいだろう。
「それに、ボスを倒せば報酬も得られますし、すぐにダンジョンを出ることもできますよ。
ここから歩いて帰るには、距離もあるしゾンビも出るからねぇ。
面倒だよね、ゾンビ。あれと何度も何度も戦うのは、汚いし臭いのでぼくも避けたいよ」
こちらを完全に無視した男の言葉に、みかんさんが身をこわばらせる。
偶然か、あるいは狙ってかは分からぬが、ゾンビの存在はみかんさんの弱点の一つだ。
嫌なところを突いてくる……
「大丈夫、あなた方お二人では難しくとも、ぼくならばボスなど余裕ですよ!
今なら特等席でぼくの大魔術をご覧に入れましょう」
「ら、ライナズィアさぁん……」
手を握られたまま、怯えた表情でこちらを伺うみかんさん。
色々と言いたいこともあるが、その怯えようを考えれば、ここでボスを倒さず帰還というのもかわいそうだろう……が。
それでも、あまり同行はしたくないので、やんわりと別の手段を示す。
「接続時間もございますし、帰還アイテムもありますから安全に帰れますよ」
「帰還アイテム!
ははは、これはなんと臆病な!」
これまではずっと無視していたぼくの言葉に、初めて反応した男。
ただしその内容は、とてもじゃないが好意的と言えるものではなかった。
「ぼくがボスを倒せるというのに、戦うこともせずに逃げ帰るなんて、はははは、これはおかしい。
ゲームをしておきながら、ダンジョンでボスと戦わず怯えて帰るなんて!
いいじゃないか、なら一人で帰ってもらえばいい、さあ一緒に行こう」
男が笑うが、その程度は気にも留めない。この二人だけで、ボスに勝てるとは全く思えないから。
確かに、ぼくだってノリで突っ込んで玉砕する時もあるけれど、これは全く違う。
自分の失敗や死ぬことを全然考えてない他人に巻き込まれる必要はない。
と、ぼくは思うんだけど。手を握られているみかんさんは、そうではなかったらしい。
「ライナズィアさん!」
「……どうなさいましたか?」
「ご一緒して、ボス戦に行きましょう! 四人でボスに行きたいです!」
こちらを向いたみかんさんの言葉に、気づかれぬよう憎々しげに顔を歪める男。
うん、嫌な顔をするなら、ぼくに対しても隠してくれ。ぼくだって、隠してるんだから。
「まあ、どうせ後ろで見てるだけだから、臆病者など居ても居なくても一緒だな。
いいだろう、二人ともパーティに入るがいい」
「わかりました、構いませんよ」
こちらも男は無視して、みかんさんに答える。
今のパーティリーダーはみかんさんのため、
これで、突発的ながら四人パーティの結成である。
「戦士か、ならばボスに突っ込んで囮になりたまえ。
その間にぼくが魔術でボスを倒してやろう」
パーティ構成は、戦士と獣士のぼくらに、魔術師と斥候だ。
もし本当に二人で倒すなら、斥候が前衛で全回避くらいしてみせる必要があるだろう。それでもヘイトスキルが十分でないと、戦闘はかなりの長丁場になるはずだ。
「あっ、あの、私たちは見てるんじゃなかったんですか?
まだ20レベルなんですけど……」
「戦士なんだから役割を与えてやろうかと思ったんだが、寄生したいならそれでもいいさ。
ああ、みかんちゃんは前衛職じゃないし、危ないからぼくの側で見ているといいよ」
獣士は万能型なので、キャラクターの作りによっては前衛職の場合もある。
とは言え、もう色々面倒なので、さっさと終わらせて解散するに限るね。
戦闘開始すれば、流石に握ったみかんさんの手を離すだろうし。
「さあさあ、ボス戦に行くぞ!」
でも、みかんさんの方も、自分から手を離してないんだよな。
年若いとは言え女の子だし、やっぱりイケメンの方がいいんだろうなぁ。
「すみません……よろしくお願いします」
「こちらこそ、短い間
みかんさんの手を掴んだままドアを開ける男―――イグニスをちらりと見つつ。一言もしゃべっていなかった女性、マリーンさんが小声ですまなそうに頭を下げる。
こちらも、短時間だから我慢しますよという意味で頭を下げた。
多分正確に伝わっているんだろう、彼女は小さくため息をついてイグニスの後を追った。
まあ、たった一戦。早く終わるように我慢しましょうかね。
あ、背後から誤射されないように、気を付けようっと。
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