赤層異界 進みた道もいつかは終わる、戦の後の帰り方

 地下6階。

 ゾンビマイナーの出現しない坑道を、剣と松明を手に静かに歩いて行く。

 出現するモンスターは、テトラバットこうもりバレットフロッグに加え、地下6階のみに生息するブルーパペッティアだ。

 一度に現れる敵の数も大抵は3匹以上でやや大変になってきたが、今のところは討ち漏らしなく進んでいる。

 ゾンビマイナーが出現しなくなったため、みかんさんがちゃんと戦えるように戻ったおかげですな。


「このブルーパペッティアという敵は、何だかこれまでと雰囲気が違いますね」


 みかんさんの言う通り、ブルーパペッティアはこれまでのモンスターとは全く毛色が違う。

 ブルーパペッティア青人形の名の通り、全身青一色で、デッサン用の人形のような外見をしている。

 サイズはぼくの腰から胸程度で人間の子供ぐらい。大きさや太さ等の個体差はあるが、モンスターとしてはひとくくりでブルーパペッティアとなる。

 パペッティアシリーズは他にもグリーンとブラウンが発見されており、グリーンは人型、ブラウンは四足の獣型だった。


 最初から出現するテトラバットこうもりバレットフロッグは、洞窟に住み着いた自然のモンスター。

 地下5階のゾンビマイナーは、鉱山で働いていた人達のなれの果て。

 6階にしか出ないブルーパペッティアは、鉱山で掘り当てた古代遺跡に生息していたモンスター、まあ遺跡を守るガーディアンではないかと言われている。

 公式に名言されたわけではないが、ダンジョンとしてのここの由来を考えれば妥当な所だろう。

 別に、間違ってても特に問題ないしな。


「なるほどぉ……子供を模した人形って感じなんですね」


 自分より背の低い人形に矢でとどめを刺しながら、みかんさんが感心したように呟いた。

 こちらももう一体の人形を断ち斬り、破片を払って剣を鞘に納める。


「しゃべりながら戦うのも、すっかり慣れましたね。良い事でございます」

「えへへ、ありがとうございます!

 ライナズィアさんとおしゃべりするの、楽しいし面白いからです」


 もっといっぱいお話ししたいですから!と笑顔で言われると、嬉しいけどちょっと言葉に詰まるね。

 極力なんともない振りをしつつ、人形の残骸に『解体』を使ってドロップ品の青い金属片を回収した。

 この先いつまでも、仲良く話していられるといいのにな。



 地下6階の探索を続ける。

 宝箱も一つ発見したが、中身は二人して少額の金銭だった。

 システム上、お金は重さがゼロとして扱われるので、長時間の探索の場合は荷物が圧迫されないから悪くないんだけどねぇ。でももうちょっとたくさん入ってて欲しかったところです。


 みかんさんの経験値も順調に増え、レベルアップまで残り2~3割ぐらい。

 ここの広さを考えれば、地下6階のマップも7割方は埋まってると見ていいだろう。


「でも、この後はどうするかなぁ」

「ライナズィアさん、どうしたんですか?」

「ああ、レベル上げが終わった後のことをちょっと考えておりまして」

「?」


 ぼくの言葉に、きょとんとして首を傾げるみかんさん。

 可愛らしいのだが、現実は現実なので怖がらせることも言わなければならない。


「徒歩で帰るには、地下5階で昇り階段を見つけなければならないのでございますよ」

「地下5か……ひぃっ」


 可愛らしい顔に恐怖を浮かべて息を飲む姿に、申し訳なさを感じる。

 だから、悩んでるんだよねぇ。


「ちゃんとご説明しましょうかね。

 帰り道の選択肢は、五つくらいございます」

「ゾンビ以外で、ゾンビ以外でお願いしますぅぅ!」


 お、おう……


 途端に怯えた様子でしがみついてくるみかんさん。

 可愛そうに……誰だこんなに怖がらせたのは。でも可愛いので頭撫でちゃう。

 あと見下ろす山と谷の眺めがとても素晴らしくて、わざとじゃないんだけど怖がらせてごめんね。


 少し頭を撫でてると、強張った表情と身体からちょっとずつ力が抜けてくる。

 さらに撫で続ければ、その手をもっとねだるように抱き着いて頭を差し出された。


 え、えっと……嬉しいんだけど、その、ちょっと困ると言うか。でも柔らかくて嬉しい。けど落ち着かない。あと不安。

 いや、信頼してくれてるんだし幻滅されたくないし、でも嬉しいし、とりあえず意識しすぎないようにしよう。


「こほん。一つは、このまま最深部まで進み、二人でボスを倒すこと。

 異界ダンジョンですので、ボスを倒せば入口へのワープが出現しますが、二人きりで倒すのは非常に厳しいと思います」


 異界ダンジョンの長所の一つ、ボスさえ倒せばすぐさま帰れるということ。

 これを利用するなら、このフロアの残りを探索するだけでOKだ。


 メリットは、地下6階だけ探索すれば良く、さらにボスの報酬が得られること。

 もちろんそれは、勝てればという条件付きです。制限解除も使えないので、二人きりで勝つのは結構厳しい。

 ぼくが前衛で、相手の攻撃をノーミス完封しないとならないだろうな。


「二つ目は、ダンジョンの再生成までここで過ごすこと。

 まあでも、一日単位の時間を必要とします」


 暇な平日の夜ならまだしも、今は日曜の午前中、しかも祭りの準備も進めなければならない。

 今日を丸ごと潰すのはさすがに時間が惜しいので、ぼくとしては避けたい選択肢だ。


「三つ目は死に戻り。ボスでもなんでもいいので、戦闘でやられて街へ強制送還」


 あまりぼくの好みじゃないんだけど、ゾンビが怖くて仕方ないならこの手もありだろう。

 デスペナについては、レベルアップ直後ならほぼゼロなので大丈夫でございます。


「四つ目は、帰還アイテムを使用すること。ランダムダンジョン用の備えでございます」


 帰還アイテムのお値段?

 みかんさんには教えない方が良いんじゃないかな。普通は死に戻りや再生成でも済ませられるので、ブルジョワ用だからねぇ。


「あとは、ぞっ、ぞん……歩いて帰る、ですか?」

「最後の選択肢は、助っ人を呼んで一緒にボスと戦ってもらう、ですね」


 身体をこわばらせ、ぎゅっと抱き着いて、もはや名前を口にする事にさえ怯えた様子のみかんさん。

 本来の選択肢は『徒歩で帰る』でしたが、その様子を前にしては除外にせざるを得ない。


 インしてるフレンドは何人かいる。その人たちが暇かどうかは分からないが、二人きりでなければボス戦の勝率はぐんと上がるだろう。

 掲示板等で、救助隊と呼ばれるやり方だ。

 どうしても死ぬのが怖いとか、死んだら失敗になるクエの途中だとか、帰還アイテム禁止だとか。

 理由は色々あるが、待ち時間やらお礼の報酬やら費やしてでも生還したければ、そういう手段もあるということです。


「ただ、どれを選ぶにせよ、みかんさんを20レベルに上げてからになりますし、その課程でボスまでの道や宝箱も見つかるかもしれません。

 なので、今のところは探索を続けると致しましょう」

「わ、わかりまし……はうっ」


 抱き着いたままぼんやり頷こうとしたみかんさんが、奇声と共にがばっと離れる。

 どうやら、恐怖で色々気付いてなかったようだ。


 ものすごい勢いで飛び退かれたなぁ。

『うわキモ』とか思われてたら泣いてしまうかもしれない……


「すすすっ、すみませんしがみついてて」

「いえいえ、怖い時は仕方ないですよね。ぼくなんかでも良いなら、お気軽にご利用下さいませ」


 キモいと思われてるかもしれないけれど、できるだけ平坦に、極力無感情に告げる。

 今はみかんさんも、不安の後だしゾンビの後だし、怖くて色々平静じゃないのだろうから。


……全然、人の事言えないよな。

 ぼくだって、今朝からずっと、ものすごく不安定な自覚はあるよ。


 どうしても駄目なんだ、あの夢を見てしまうと。

 辛くて人恋しくて。だけど、不安で怖くて。

 それでも誰かと居たくて好かれたくて、やっぱり嫌われるのが怖くて遠ざけたくて。

 矛盾した行動と言動。些細な事にも強い期待と喜び、不安と落ち込む。普段以上に、平静では居られない。


 ぼくもまた、内心の不安を押し込めつつ、インベントリにしまっていた剣と松明を出しながら努めて平静に答える。


「それじゃ、探索を続けましょう」


 それでも、普段どおりに振舞えているか、自信はなかったから。

 通路の先を見据え、表情を隠したままで先へ進むことを告げた。




 その後、戦うことしばらく。

 通路の角で遭遇した3匹のブルーパペッティア青人形を倒したところで、みかんさんが歓声をあげた。


「やりましたぁ! 20レベル、なりましたよ!」

「おめでとうございますよ。これで、レベルの上でも脱・初心者ですね」


 喜びが迸るのか、ぴょんぴょん飛び跳ねるにあわせて髪が揺れ踊り、さらに大きな胸がばいんばいんと……いかん、なんという視線の吸引力だ。

 不埒にならぬよう、必死にみかんさんの顔を見つめ、ぱちぱちと手を叩いた。


 職業の見習い脱出を別として、ブレイブクレストでは一般的に20になれば脱初心者として扱われる。

 低級ケージの取得を始め、いくつかのクエの開放、いくつかのスキルの解禁。カニを倒せば新しくベルンシア地方に行くこともできるようになる。

 装備も20レベルで一新できるし、色々とやれることが増えてくる頃なのだ。

 ある意味、ゲームとして一番面白くなってくる頃ということでございます。


「あとはボスを見つけて、それからどうするか決めましょう」

「分かりまし……た、はい、あの……行きましょう」


 飛び跳ねるみかんさんの顔をじっと見つめていたためか、ぼくの視線に気づいて恥ずかしそうに両手で口元を隠し顔を伏せるみかんさん。

 赤くなって恥ずかしそうな様子もまた可愛く、こちらも少し恥ずかしくなりつつ目を反らして探索を再開する。

 その後ろを、数歩離れてみかんさんの足音がついてきた。



 一度開いた微妙な距離。

 戦闘がないためその距離感を保ったまま、すぐに坑道は終点に辿り着いた。

 すなわち―――ダンジョンの、ボスの居場所ということである。


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